第9話 女心?

「日高君、ちょっといいかな?」

ゴールデンウィーク明けの登校早々、委員長が声をかけてくる。

人懐っこくて可愛らしくて、愛嬌と優しさと気遣いを滲ませた胡散うさん臭い笑みだ。

「村崎さん、ちょっと行ってきていいっすか?」

「勝手に行けよ! なんでいきなり舎弟みたいになってんだよ!」

つつじと朝一番の元気なやり取りを済ませ、僕は委員長の後に付いて廊下に出る。

相変わらずスカートが短く、その後ろ姿は蠱惑こわく的だ。

廊下の端まで行くと、くるっと振り返り、安心させるような、そのくせからめとるような笑顔を浮かべる。

小首をかしげながらという、あざとい仕草付きだ。

「つつ──村崎さんのことなんだけど」

「あー、彼女はいい子だよね。転校生の僕の面倒も見てくれるし、取っ付きにくそうだけど意外と優しいし」

どうせ良くないことを聞かされるのだろうから、機先を制しておく。

「あ、そ、そうなんだ。だったらいいんだけど、良くない噂も聞くから……その、気を付けてね」

コイツ、表情で語るのが凄く上手いな。

彼女のことは悪く言うつもりは無いけれど、あなたのことが心配だから、って言葉が聞こえてくるようだ。

「噂って?」

ついでに腹の底の考えも透けて見える。

食い付いた、と目が語っている。

「私は信じてないんだけど、その、男をたぶらかしているとか……売女ばいただとか……」

売女とは古い表現だな。

「アイツ、処女だぞ」

「へ?」

「コンビニでコンドームを突きつけたらあたふたしてたしな」

「んなことされたら誰だって戸惑うでしょうが!」

「え?」

「あ、いえ、それだけじゃ何とも言えないけど、ただ、彼女だけじゃなくクラスのみんなとも打ち解けてほしいなって」

ごめんね、余計なお世話だよね、お節介だよね、でもあなたのこと心配してるんだよ、と顔が語りかけてくる。

もはや顔芸だ。

「ま、心に留めておくよ」

「うん、高校生活最後の一年なんだから、楽しくしようね。じゃ」

委員長は短いスカートをふわっとひるがえし、後ろ姿が見られていることを意識した歩き方で教室に戻る。

……白か。

あざといな。


僕が教室に戻ると、ヤンキーちゃんは窓の外を見ていた。

ちょっと不貞腐ふてくされているようにも見える。

意味も無くシャーペンをカチカチしてるので、何かイラついているようにも見える。

「気になるのか?」

「あ? 何がだよ」

「案ずるな。彼女は白だ」

「シロ? アイツに何か疑いでも……ってパンツの色かよ!」

「そうだが?」

「ナチュラルに答えてんじゃねーよ! てめぇはパンツだったら誰でもいいのか!」

「失敬な。人をパンツ大好き星人みたいに」

「大好きだよな!?」

「シュレーディンガーの猫を知っているか?」

「あ? 観測されるまでは箱の中の猫の生死は決定されないとかなんとかだろ?」

「そうだ。スカートの中も同じことだよ」

「は?」

「観測されるまでは、パンツが何色かは判らない。僕は学術的探求心から観測者として委員長の──ひぎっ!」

「やかましいわっ!」

かかとで足を踏んづけるとは、何だかいつもより荒ぶってらっしゃる。

「ところでさ」

「何だよ」

「委員長と何か確執でもあるのか?」

「……別にねーけど、ただまあ昔は仲良かったかな」

「幼馴染みか?」

「まあそんな感じ。面倒見が良くて、優しくて、誰からも好かれるけど……ちょっとプライドは高くて負けず嫌い、かな」

「やっぱりそのタイプか!」

「どのタイプだよ」

「僕が中学のときに好きになった子に似てるんだ」

「てことは、好みってことかよ」

「可愛くて人当たりが良くて優しい子が好みじゃない、なんてヤツは滅多にいない」

「そりゃ……そうかもだけど……」

「だけど、中学のときのその子は、表面上は可愛く優しく人懐っこく振る舞っておきながら、陰では僕のことをセクハラ大王だの変態仮面だのパンツ星人だの言ってたんだ」

「全部当たってるじゃねーか!」

「そういう問題じゃない!」

「どういう問題だよ?」

「ヤダぁ、もォ、とか言ってノリノリで会話してたのに、だ!」

本当は、神聖視してたし下ネタなんて話せなかった。

でも、彼女は他の男子とそういうノリで会話をしていたし、それでいて、僕への陰口はもっと辛辣しんらつだった。

「まあ……どんな時も可愛さをつらぬこうとする女子っているけどさ」

「貫くとかカッコ良さげに言うなよ。あれは詐欺だ」

「とは言っても、あからさまにキモがるわけにもいかねーだろ」

「こっちはあからさまに性癖をさらしてるんだぞ!」

君には、だけど。

「キメェよ!」

「君は正直だな」

何故か嬉しくなる。

「いや、お前ほどじゃない」

「因みにちゅちゅじちゃん」

「何だよ」

「今日は、いつもよりスカート短くないか?」

「……んなわけねーだろ」

「いや、ウエストのところを一折り、三センチくらい短いと思うが」

「は、はあ? あ、頭湧いてんじゃねーのか?」

「僕がパンチラを排除した君が憎いとか言ってしまったから、それが最大限の譲歩なんだな」

「ちげーよ! その、あ、暑いから!」

一度否定したならそれを通せばいいのに、ヤンキーちゃんは甘いなぁ。

「いいと思う」

「そ、そうかよ」

「脚が綺麗なのに隠すのは勿体無いしね」

「はいはい、ありがと」

「でも、バイクに乗るときはジャージ履けよ」

「何だよ、言ってることが違うじゃねーか」

「いや、万が一転けたりしたら、肌の露出は少ない方がいいし」

「……」

「ちゅちゅじ?」

「うっせーな、わーったよ! そういうとこずりぃんだよ、お前は!」

「?」

「……いいから前向けよ。もうすぐ授業始まるぞ」

「え? あ、うん」

人に前を向けとか言っておきながら、またヤンキーちゃんは窓の外を見ていた。

その日のヤンキーちゃんは、機嫌がいいのか悪いのか解らなくて、怒ってるのかと思えば妙に優しかったりした。

どちらも可愛いけれど、やっぱり笑ってくれた方がいいなぁ。



*いつもありがとうございます。

この小説をアップする前、現在のタイトルと、「純朴ヤンキーちゃんと小悪魔委員長」というタイトルと、どちらにするか迷いました。

今後もこの委員長はちょくちょく出てきますが、あくまでメインはヤンキーちゃんなので現在のタイトルにしました。

とはいえ、あまり人目を引かないというか、興味をそそられない気もして、改題しようかとも考えています。

ご意見があれば、コメントで書いていただけると嬉しいです。

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