第8話 デートっぽい何か

「どこへ向かってるんだ?」

二人でバイクに股がり、知らない道をどんどん進む。

というか、林道みたいな道を、どんどん山奥へと入っていく。

「ま、黙って付いてこいよ」

付いていくも何も、僕は後ろに座っているだけなのだが。

「そういや、お前は東京に詳しいのか?」

クラスメートには東京について訊かれたことはある。

例によって素っ気なく答えたから今は誰も訊いてこないが、ヤンキーちゃんがそういったことを口にしたのは初めてだ。

「そりゃ、東京生まれ東京育ちだしな」

ふ、やはりヤンキーちゃんも田舎者、東京への憧れは隠し切れなくなったのだろう。

「じゃあ訊きたいんだけどさ」

さあ、何でも訊くがいい!

キサマの住む狭い世界など、遥かに超越した都会の深淵しんえんを覗かせてやろう!

「東京二十三区の面積は?」

「知らねーよ!」

ふざけんなよ、明後日の方向に関心を向けてんじゃねーよ。

「いや、あたしらの町も面積だけは広いからさ」

あ、そういうこと?

確かに、田舎と一括ひとくくりにしてるけど、僕の知らないような場所が沢山あるのだろう。

「今から行く場所は、余所者が知らないような穴場なんだ」

道が悪くなってきて、バイクがガタガタ揺れる。

ヤンキーちゃんの肩を持つ僕の手も、自ずと力が入ってしまう。

「まあ東京もんは、こんな田舎に興味ねーだろうけどさ」

「田舎にレジャーに行く都会人は山ほどいるだろ」

「いや、実際、国道を走ってても、東京ナンバーの車なんか見たことも無いしな」

「……ちゅちゅじ」

「なんだよ?」

「東京には東京ナンバーなんてものは無いんだ」

「へ?」

「足立とか練馬とか品川だとかだ」

「……詐欺かよ」

負け惜しみかよ。

「しっかしダメだなぁ」

「何がだ?」

「あたし、ずっと田舎が嫌いだったんだよ」

それは、いつも一人でいることと関係しているのだろうか。

「まあ……道を歩いていてもジジババばっかりでパンチラは少ないしな」

「そこじゃねーよ! お前の性癖と一緒にすんなよ!」

「けっ、君の性癖なんて、どうせイチャイチャ甘々ラブラブとかを夢想する程度のものだろう」

「……」

図星かよ。

「……それはともかく、高校を卒業したら東京へ出てやろうとか考えてたけど、東京のことは全然知らないし、田舎が嫌いだなんて言いつつ、こうやって地元の好きな場所を案内してるしさぁ」

嫌いといっても全てが嫌いなわけじゃないだろうし、好きだからこそ憎く思うこともあるだろう。

「僕も同じだよ」

「同じ?」

「君といると楽しいと思いつつ、ジャージだとかジーパンだとか、パンチラの可能性をことごとく排除した君を憎く思うこともある」

「だから一緒にすんなよ! つーか憎いほどかよ!?」

「いや、結局のところ、全てを好きになることも、全てを嫌いになることも難しいって言いたかったんだ」

「お前の例えはおかしいんだよ! ……まあ、いま言ったことは当たってるけど」

「全てのパンチラが好きなわけじゃない。中には気に入らないものもあるけど、でも、人を憎んでパンツを憎まずってな」

「……」

蹴りでも入れたいところだろうが、運転中なのでそれも出来ないようだ。

「……さ、参考までに、ダメなパンチラってどんな?」

あれ? 怒ってない?

「そりゃあパンツそのものからシチュエーション、履いてる女性のレベルなど、色んな要素が複雑に絡み合って一言では言えん」

「そ、そうか」

あきれているわけでも無さそうだし、もしかしたらクッソダサいパンツを履いていて気に病んでいるのかも知れない。

バカだなぁ、女が思うオシャレなパンツより、ダサいパンツの方が男心をくすぐるものなのに。

「ま、気にするな」

「してねーよ!」

やっぱり怒っているのか?

女心とパンツの色は読めないなぁ……。


「さ、着いたぞ」

かなり奥深く、標高の高いところまで登ってきた気がする。

バイクのエンジンを切ると、辺りは鳥の囀りと柔らかな風の音だけになり、心なしか空気がひんやりする。

「ちょうど良かった」

つつじの視線を追って斜面を見上げると、ヤマザクラが満開だった。

その先にそびえる岩壁を、競うようにミツバツツジが彩っている。

「わあ」

僕は思わず声を上げた。

それを聞いて、つつじが嬉しそうな顔をするのが嬉しかった。

「ここに来るまでの道中、ヤマツツジが咲いていたけど」

「よく知ってるな」

「君はヤマツツジよりミツバツツジって感じだな」

ミツバツツジの方が、華奢で可憐なイメージだ。

「そ、そうか?」

つつじが頬を桜色に染める。

「まあパンツの色は、桜色の方がいいけどな」

つつじが頬を赤くさせる。

「てめぇは……」

「ん?」

「パンツのことしか頭にねーのか!」

「ぐはっ!」

鋭い蹴りが入って、僕は地面に膝をついた。

顔を赤くしたのは怒りのせいだったようだけど、桜色の頬も、怒りで赤く染まった頬も、どちらも可愛らしいと思ってしまった。

不思議なものだ。

こんなにも綺麗だと景色を眺めて思う。

なのに僕は、ヤマザクラよりもミツバツツジよりも、隣で微笑むつつじに見とれていた。

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