第7話 つつじ
ヤンキーちゃんは安全運転だ。
くねくね曲がる峠道も、
「なあ村崎」
農家のお婆ちゃんが運転するバイクが、僕達を追い越していく。
「ん?」
風の匂いと、微かに混じるヤンキーちゃんの甘い匂い。
「下の名前はなんていうんだ?」
どうしてだか、知りたくなった。
「……つつじ」
少し言いにくそうに口にする。
ちょうど道路沿いに、ヤマツツジの花が咲いていた。
甘い匂いは、もしかしたらヤマツツジのものかも知れない。
「あまり好きな名前じゃないのか?」
言い淀んだのは、名前が気に入らないのか、それとも嫌な思い出でもあるのか。
「そういうわけじゃねーけど、子供の頃、つつじが上手く言えなくて、いっつもちゅちゅじって言ってたのが恥ずかしいっつーか」
……可愛いの不意打ちを食らってしまう。
だが僕は冷静に対処した。
バイクの音で、よく聞き取れなかったふりをしたのだ。
「子供の頃はなんて言ってたって?」
「……ちゅちゅじ」
かーわーいー!
村崎ちゅちゅじちゃん。
「なあ、ちゅちゅじ」
「うっせーな!」
「いい名前だな」
「あ? あ、いや、ありがと」
「僕は花の名前が好きなんだよ」
「……なんか理由あんのか?」
「植物は裏切らないからな」
「……そっか」
つつじは何か言いたげだったけど、それ以上は
「なあ、ちゅちゅじ」
「ん?」
今度は怒らない。
でも僕は、言うべきかどうか迷った。
迷いつつ、その言葉を口にする。
「……ツツジの花言葉は、節度、慎みだゾ」
「うっせーよ!」
……やっぱり怒られてしまった。
遠路はるばるコンビニまで来たものの、特に買いたい物があったわけではない。
だが、ある商品が目に留まって、
……意外と高いんだな。
「日高もお茶でいいか?」
僕の方がコンビニに連れてきてもらった立場なのに、つつじはさっさと僕の分まで買おうとする。
気立てのいいパツキンねーちゃんは、将来、立派なヤンママになるのだろうか。
うむ、やはり目の前の商品は僕が買うべきなのだろうな。
「日高、なに見て──なっ!?」
「人というのは、罪深く欲深いものだな」
僕は、絶句しているつつじをよそに、無駄に散っていった
「ちょ、おま、それ」
つつじはまるで眩しいものでも見たかのように、手のひらで視界を
だが、罪から目を逸らすことも、また罪なのだ。
「繁殖のための崇高な行為を、自らの手で快楽のための行為へと
僕はその小さな箱を、つつじに向かって突き出した。
「な、なに言ってんだよ、早く棚に戻せよ!」
あたふた、あわあわ、おたおたする。
十字架を突き付けられたドラキュラのようだ。
天使みたいに可愛いけど。
「我々は、下らぬ欲のために作り上げたこのゴムのせいで、少子化という衰退への道を歩んでいるのかも知れ──ぶへっ!」
「さっさと戻せって言ってるだろ!」
……殴られてしまった。
親父には何度も殴られているが、女子に殴られるのは初めてだ。
まあヘナチョコ猫パンチだし、僕も悪ふざけが過ぎた。
おとなしく高価なゴム商品を売り場に戻す。
「……お前、そういうの、その、使ったりすんのかよ」
まだ怒っているのか、口を
「バカにするな! 無駄撃ちは毎日のようにしてるが、こんな道具のお世話になったことは無い!」
「そ、そうか。よく解んねーけど、都会って……そういうの進んでるって、よく聞くし」
娯楽の少ない田舎の方が進んでいる、という逆の説も耳にするが、少なくともヤンキーちゃんには当てはまらないようだ。
「何に使うかは知っているんだな」
「あ、当たり前だろ。バカにすんな」
……かわヨ。
口を尖らせたまま、目は逸らすように伏せる。
睫毛が長いな。
意外と背が低くて、つむじも見える。
……つむじを可愛いと思ったのは初めてだ。
「なあ、ちゅちゅじ」
「なんだよ?」
「……何でもない」
「何なんだよ!」
本当はつつじと呼んでみたかったのだが、からかいで誤魔化すように、ちゅちゅじとしか呼べなくて戸惑う。
「つつじのつむじ」
「そんなことが言いたかったのかよ!」
どうも調子が狂う。
「も、もう用が無いなら行くぞ。ひ……目高」
先に立って歩き出す。
小さな身体に大きな歩幅。
いつも虚勢を張ってるようにも見えるけれど、もしかしたらつつじも、僕と同じ戸惑いを抱いたのだろうか。
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