第26話 ちょっと違う
部屋の中は、
いや、セミの声は聞こえるし、どこか遠くからトラクターか何かの音もしている。
「……やっぱり、判ってたんだ?」
委員長は特に動揺した様子は無かったが、さっきまでと同じ体育座りなのに、寄る辺なく膝を抱えて座る子供みたいに見えた。
「つつじと親しくなって、委員長とも親しくなるほど、違和感が膨らんでいった」
「読み誤ったなぁ」
自嘲的な笑みを浮かべるけど、どこかさばさばしているようにも見える。
「僕がつつじと、こんなに仲良くなるとは思わなかった?」
「うん、そうだね」
「仲良くなる前に引き裂いておこうと思った?」
「うん、そう」
「それはつまり……」
「以前、修也君が言った通り。私はつつじが好きでつつじが嫌い」
「誰よりも自分が一番でありたくて、誰からも好かれていたつつじが憎くて、でも、友達としてつつじのことは好きだった?」
「大体、合ってる」
「噂の発端は大人達で、委員長はそれが子供達にも広がるのを傍観し、時には加担した?」
「……合ってる……けど」
「けど?」
「積極的に噂を広めたって思われても仕方ないのに、優しい見方をしてくれるんだね」
ちょっと痛そうにも見える笑顔だ。
僕もどこかが
「……僕に噂を話したのは、孤立したつつじに味方が出来るのを阻止しようと?」
委員長と親しくなるなればなるほど、あんな噂を僕に聞かせたことに矛盾を感じていた。
つつじが好きで、つつじのお母さんをサツキちゃんと呼び、つつじとの昔話に目を輝かせる。
そんな委員長が、あんな噂を
だからこそ、そこには悪意があったと見るべきなのか。
「それは、ちょっと違う」
「違う?」
「味方が出来るのを阻止しようとしたわけじゃなくて、つつじが私以外の、それも転校してきたばかりのつまんない男と仲良くするのが嫌だったから」
……つまんない男、だよなぁ。
つつじが普通の女の子をしていたら、僕なんかは隣にいるのも
「委員長のそれは、恋愛感情に近い独占欲なのか?」
「判んないけど……ちゃんと男の子も好きになるし」
「だったら普通につつじと仲良くすればいいじゃないか。つつじは君のことを悪く思ってないんだから」
「嫉妬と羨望、罪悪感と後悔、開き直りと自暴自棄、好きと嫌い。なんかもうグッチャグチャなんだ」
グッチャグチャなんて言ってはいても、たぶん、罪悪感が一番の理由なんだろう。
噂の根源は大人達だとしても、委員長はそれに便乗した上で自分から距離を作った。
今さら、つつじの優しさに触れることは痛みを伴う。
「ただね」
「うん」
「今の自分は嫌い」
いや、既に痛いのだろう。
以前、目を輝かせて昔話をしたのは、ただ当時を懐かしんでいただけじゃなくて、きっと昔の自分に焦がれるような思いを抱いていて、その上で、もう戻れないと思っているからだ。
「委員長」
「なに?」
「もう僕に関わる必要も無い」
「どうして?」
「君の誘惑や懐柔策に僕は引っ掛からないし、君とつつじの関係も二人の問題だ。僕は邪魔するつもりも無い」
「それも、ちょっと違う」
「何が違うんだ?」
「最初は、つつじから引き離すつもりだったけど、修也君のことが割と好きって言ったのはホント」
「単体では、だろ? つつじと仲良くしてる以上、僕は君にとって嫌いかもな存在だ」
「最近、どっちに嫉妬してるのか判らなくなっちゃって」
「は?」
「つつじと仲良くしている修也君に嫉妬してるのか、修也君と仲良くしているつつじに嫉妬してるのか」
「どうしてそうなる?」
「割と好きって言ったけど、かなり好き……かも……とか」
「はあ!?」
「別に、そんな
演技かどうかはともかく、今まで恥ずかしがる委員長は何度か見てきた。
でも、顔を赤くして
「僕が好かれる要素は見当たらないんだが?」
友達としてなら解らなくはない。
面白かったり話が合ったりすれば、取り敢えずその関係は成り立つ。
特につつじなんかは、友達が全くいないから、僕みたいな変わり者を受け入れてくれた。
だが委員長は違う。
クラスの人気者だし男子にもモテる。
かなり好きとか言われても、何かの罠としか思えない。
「私が修也君につつじの噂を話したこと、つつじに話してないよね」
「当たり前だろ」
「どうして?」
「話したところで誰も得しない」
「うん、それが一つ」
一つ? 何が?
「それと関連して、噂話や人の視線を気にせずつつじと仲良くしてるところ」
もしかして、好きになる要素の話をしてるんだろうか。
「あと、これがいちばん大きいかもだけど、私が嫌な女だって判ってるのに、私のいいところを見つけてくれるところ」
「いや、委員長のいいところなんて他のヤツも知ってるだろ」
「男子は、いい子で可愛いを演じる私しか見てないし、女子はそんな私を嫌いつつ、男子の手前、仲良くしてるって感じかな」
「……」
「おまけでもう一つ。修也君ってえっちなことばっかり言ってるのに、他の男子ほどえっちな目で見てこないこと」
「君の目は節穴か!? 委員長が帰ったら熱があることも
「そうやって、正直なとこも……好き」
「そうだろう、キモいだろう──って、ええっ!?」
「パンツを見るために後ろを歩くみたいなこと言ってたのに、結局そんなことしなかったし、巨乳は邪魔だって言い切ったし、興味無いのかな、って」
「そんなわけあるかっ!」
「だったら……なんか、ちょっと……嬉しいかも」
コイツはもうダメだ。
壊れている。
そして僕も、熱が更に上がった気がする。
「あ、ごめん! こんな時に面倒な話をしちゃって」
「いや、それはいいけど」
「もうすぐお昼だから、私、そろそろ帰るね」
「え?」
「看病は得意なんて言ったけど、料理は得意じゃないんだ。そこはほら、弟君の面倒を見てきたつつじの出番」
「つつじに、連絡したのか?」
「お互いスマホを持つようになった頃には疎遠になってた。でも、家の電話番号をまだ憶えてた」
「……」
「来るかどうかは判んないよ? ここに来る前に一方的に伝えて切っちゃったから」
「それは別にいいよ。特に腹も減ってないし」
「結局、看病なんて出来なかったけど、座薬だけは置いていくね」
「いらんわ!」
委員長が笑う。
やっぱりこの子は、笑ってる顔が一番だなと思う。
「修也君」
「ん?」
委員長が枕元に顔を寄せる。
「ありがと」
どうしてお礼を言われるのか解らず戸惑う僕に、委員長は更に付け足した。
「明日は、スカートでお見舞いに来るね」
……。
僕は熱で
……やっぱり恐ろしい女だ。
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