第27話 微睡み

座薬。

坐薬とも書く。

普通の錠剤やカプセル錠とは違い紡錘ぼうすい形をしている。

なるほど、穴にぷすっと入り込みやすそうな形状で、尚且なおかつ抜けにくそうである。

どんなものにもその役割を果たすための形というものがあり、そこには創意工夫があり、だからこそ機能美という言葉があるのだろう。

……つつじが、その座薬を手にしてじっと見つめている。

美少女と座薬。

その取り合わせは、機能美とは違ったシュールな美しさがあった。

「えっと……」

いぶかしげな表情から戸惑いの表情へ。

それは、決して座薬を知らないわけではなく、僕の枕元に置いたあったことの意味を探り、その答を導き出したことによって生じたものだろう。

え? なにこれ?

……座薬!?

なんでこんなところに?

なんでって、病人が使うためだよな?

つまり……れる?

挿れるの!?

肛門に!?

誰が? 自分で?

いや、置いてあったってことは、手伝えってことか?

誰が?

……あたしが!?

という、つつじの心の中の自問自答が聞こえてくるようだ。

「……ゴム手袋はあるか?」

どうやらつつじの中で覚悟が決まったらしい。

「って違うわ!」

「素手がいいのか?」

「そういう意味じゃない!」

「恥ずかしがる気持ちは判るけどさ、熱、高いんだろ?」

朝一番に計ったときは三十七度八分だったが、委員長のせいで三十八度は余裕で超えていそうだ。

「熱はともかく、それは委員長が持ってきてくれたものだ」

どういうわけか、つつじがそれをゴミ箱に投げ入れた。

「おい」

「え?」

「使う予定も無いけど捨てることもないだろう?」

「あれ? いや、違う! 別に対抗意識を燃やしたわけじゃなくて、あたしが作ってきたおかゆを食べた方がいいかなとか……」

だから別に捨てなくてもいいのでは?

「まあいい。ふーふーあーんの方が重要だ」

「ふーふーあーん?」

「つつじがふーふーして僕にあーんって食べさせてくれるんだろ?」

「お、お尻が火傷しないか?」

「お粥をお尻に突っ込む気か!?」

「ご、ごめん、何か混乱してた」

「つつじ」

「な、何だ?」

「もしかして緊張してるのか?」

「緊張? ま、まさか。初めて男子の部屋に入ったらこんな感じかな、って程度だよ」

まさに初めて男子の部屋に入った緊張感を味わっているようだ。

「家に二人きりとか、これっぽっちも意識してねーし」

もじもじそわそわ。

……めっちゃ意識してるっぽい。

「つつじ、安心しろ。僕も似たようなものだ」

「似たようなもの?」

「初めて自分の部屋に女の子を入れたら、やっぱり少しは緊張する」

「そ、そっか。だよな! 何だよ、初めてかよ、ダセーな」

「……まあ、さっき委員長が」

「……へ?」

「つつじは時間差で二番目の女の子だから、似たようなものだと」

「……薬の受け渡しは玄関じゃなかったのかよ」

割と悲壮感漂う顔で、薬の受け渡し、などと言われるとヤバい取引みたいに思えてくる。

「ザ、ヤクの受け渡し、なーんて座薬だけに──ふごっ!」

病人を殴った!?

「別に順番なんてどうでもいいけど二番かよ……」

めっちゃどうでもよくなさそうだ。

ちょっとねたような表情と、何故か正座で座る姿。

つつじはジーパンで、バイクに乗るからか上も長袖のことが多い。

露出の少ないつつじを見てると安心する。

いや、そんな理由じゃなくて、つつじがそばにいると安心する。

「あたしに構わず寝ろよ?」

「いや、大丈夫だ」

安心すると、確かに眠くなってくるけれど。

「お前の大丈夫は信用出来ねー」

「僕は嘘が嫌いな正直者だが」

つつじは何も言わない。

ただ、柔らかな笑顔があって、柱に掛かる時計の音が聞こえてきて、静かで、ただそれだけで満たされた。

「寝ろ」

つつじが手を伸ばして、僕の頭を優しく撫でた。

どこか懐かしいような、縁遠くなってしまっていた温かさに包まれる。

微睡まどろみの中で僕は、「ごめん」と言った気がするけど、何に対して謝ったのか自分でもよく解らなかった。


目を覚ますと、つつじが僕の顔を覗き込むように見下ろしていた。

身体はだるく熱が下がった様子は無いけれど、悪くない目覚めだと思う。

「嫌な夢でも見てたのか?」

「いや……どうして?」

声がかすれていた。

「なんていうか、その、何度かごめんって謝ってたからさ」

「……そうか。最近、つつじにボッコボコにされる夢をよく──いてっ!」

指で僕の鼻を軽く弾く。

「お前、嘘が多いな」

嘘かどうかは判らない。

自分でもよく憶えてないのだ。

「お前が寝ている間にお祖母さんが帰ってきたぞ」

僕の部屋は二階にあるが、確かに一階から物音がする。

「お前のために栄養のつきそうなものをいっぱい買ってきてた」

「……話したのか?」

「ああ。なんかやっぱり、少しお前に似てるな」

「どういうところが?」

「最初あたしを見て驚いたようだったけど、金髪に対する偏見も、非難めいた視線も無かくて……いや、そんなところじゃ無いな」

「?」

「とにかく、なんか、優しかった」

「僕が優しいかどうかはともかく……色々あって、ばあちゃんは偏見とか嫌いなんだよ」

「誰でも、色々あった上での今の姿が、その人の人となりなんじゃねーのか」

なるほど、つつじは鋭いことを言う。

でも、酷い人間が辛い経験を経て優しくなったとして、それは優しい人なのだろうか。

「お粥、温めてこようか?」

つつじはきっと、最初から優しい方の人間なのだと思う。

「つつじ」

「ん?」

「二人ともずぶ濡れにになったのに、どうして僕だけ熱を出したんだろう?」

「……そりゃ、都会のもやしっ子だからだろ」

「君は笑うかも知れないけれど、僕はばちが当たったんじゃないかと思うんだ」

「お前、何かやったのか?」

「事情も知らずにさげすむようなことを言ってしまった」

「は? 小麦アレルギーのヤツのこと言ってんのか!?」

「いや、他にも色々あるかも知れない」

「んなもんで罰を当てるほど神様も暇じゃねーっつーの!」

「そうかなぁ……」

「熱を出してるから、気持ちも弱くなってんだよ」

そうかも知れない。

「食えば元気になるから待ってろ」

そうなのだろうか。

食べて元気になるよりも、つつじが一階へ降りてしまうことが寂しい。

そんな風に思う自分が不思議だった。


ふーふーはしてくれないし、あーんとも言ってくれないけれど、つつじはレンゲですくったお粥を口元まで運んではくれる。

僕は何かに甘えたくて仕方なくて、目の前にはつつじがいて、そして柔らかな笑みをたたえている。

正直、熱のせいか味は判らないけれど、口の中に広がる熱さと、お腹が満たされていく感覚に、元気が戻ってくるような気はする。

「食べ終わったら、お薬の時間だからな」

……え?

つつじの手には、何故かゴミ箱に捨てられたはずの座薬が握られていた。

優しかった笑みが、いつの間にか不敵なものに変わっている。

「あの、つつじさん?」

熱から来るものではない寒気が、僕の背筋に走った。

「はい、あーん」

つつじはそう言って、最後のひとくちを僕に差し出した。



※近況ノートでもお知らせしましたが、新型コロナに感染したため、この数日間、ずっと臥せっておりました。

幸い、比較的軽い症状で推移し、現在は快方に向かっています。

ご心配下さった方々には、改めてお礼申し上げます。

今回のお話は、感染前にほぼ書き上げていたものですが、次回分が全く手つかずです。

まだ完調とは言い難く、また更新にお時間を頂くかと思いますが、よろしくお願いします。

というか、咳をした拍子にギックリ腰になって二重の責苦を味わってます。

日高君みたいに看病してくれる子なんていないしほんとツライ…。

みなさんも、どうかお気を付け下さい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

純朴ヤンキーちゃんと小悪魔委員長 杜社 @yasirohiroki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ