純朴ヤンキーちゃんと小悪魔委員長

杜社

第1話 溜息


黒板の前に立って、日高修也ひだかしゅうやという名前だけの自己紹介を済ませた僕は、たった二十数人しかいない教室を見渡した。

……眺めは悪くない。

決してオシャレとは言えない制服だが、今まで通っていた都会の学校よりも女子のスカートはかなり短めだ。

先生がクラスの委員長を紹介し、立ち上がった女子が「何でも訊いてね」と馴れ馴れしく言う。

ルックスはAランクで、スカートは一際ひときわ短い。

正直、ど田舎の学校なんて山猿みたいな野性児の巣窟そうくつかと思っていたが、そうでもないようだ。

だが、別に彼らと馴れ合うつもりは無い。

高三の春、四月半ばという中途半端な時期に、都会から田舎の学校への転校。

恐らく顔馴染みばかりの小さなコミュニティだろうし、どうせ僕は東京の大学へ進学するのだから、一年弱の間、無難に過ごせればそれでいい。

「じゃあお前の席は、あの金髪の生徒、村崎むらさきの隣な」

……は?

窓際の最後尾、先程から視野の隅にはとらえていたが、山猿のボスかと思って出来るだけ見ないようにしていた、その金髪の隣だと?

しかも金髪の方はずっと窓の外を見ていて、こっちには全く興味が無さそうだ。

僕はヤンキーが好きではない。

陽キャのギャルよりマシかも知れないが、人種が違うと思ってしまう。

いや、露出が多くて股の緩そうな女子なら、ギャルだろうがヤンキーだろうが構わない。

所謂いわゆるゆるキャラというヤツだ。

ゆるキャラなら目を楽しませてくれる。

だが、見たところ彼女は硬派なヤンキーっぽい。

まあ向こうも僕のことなど相手にしないだろうし、あまり会話もせずにやり過ごすのが良さそうだ。

「日高修也です。よろしく」

軽く挨拶をして隣に座ると、案の定、こちらに興味は無いようで、「ん」という気の無い返事が返ってきた。

ただ、窓の外に何かあるのか、と思えるほど、彼女は窓の外ばかりを見ていた。


最初の授業はいきなり小テストで、初っぱなからツイてないなと思わされる。

所詮は田舎の学校、なんて考えていたし、都会の進学校から来た僕にしてみれば余裕だろうと思っていたが、テストの方は案に相違して難しい。

「はぁ……」

隣の席のヤンキーが溜め息をいた。

テストをすると言う先生の発言を聞いて一回、内容を見て一回という具合に繰り返し、これで五回目だったりする。

そっと隣をうかがうと、そのヤンキーはテストのプリントではなく、また窓の外に顔を向けていた。

澄み渡った空と春の眩しい陽射しを見れば、こんなテストを放り出して外へ出たくなる気持ちも解る。

が、

「あのさぁ」

僕は前の学校でも目立たない存在だった。

いわゆる陰キャというものに属するのだろうが、ただの陰キャと一緒にしてもらっては困る。

いやまあ、陰キャだろうが陽キャだろうが、みんな自分は他とは違うと思っているのかも知れないけれど、僕は物申す陰キャだ。

言うべきことはちゃんと言う。

「あ?」

ヤンキーが僕を見た。

挨拶のときもろくにこちらを見ていなかったが、真正面から視線を向けられると凄味がある。

凄味があるほど……綺麗だった。

「いや、溜め息ばっかり吐くなよ。こっちの気が滅入めいる」

……言った。

言ってしまった!

物申すとはいっても、女子と話すことなんて滅多に無いし、ヤンキーなんて異世界人、となればヤンキーで女子なんて異次元人に等しい。

果たして意思の疎通は可能なのか。

「……わりぃ」

……謝られた!

ちょ、やば、恋に落ちそうだ。

ただでさえ女子に対する免疫が獲得出来ていないのに、美人のヤンキーさんが長い睫毛まつげを伏せて謝ってきたら胸もときめこうというものだ。

「いや、まあ、なんか悩みでもあるのか?」

……やった!

やっちまった!

調子に乗って悩みなんて訊いたところでウザがられるだけなのに!

これは、後で呼び出しをくらうかも知れん。

「ん……テストむずいな……って」

……は?

かわヨ?

テストなんか適当にやり過ごしそうなのに、割と真剣に頭を悩ませて溜め息とか?

だらしなく頬杖ほおづえついてシャーペンくるくる回す仕草が妙に愛らしかったり?

……トゥンク。

あれ? 胸がドキドキしてる?

いやいや、金髪なんて下品でケバいだろ。

でも、目鼻立ちのはっきりした顔と真っ白な肌に、その金髪は似合っているのではあるまいか。

だがピアスはイカン。

親から貰った身体に傷付けるのはけしからん。

けしからんはずなのに……時おり髪の間からチラリと覗く、割とおとなしめなピアスが可愛らしく見えるのは何故だ?

「あのさ」

彼女はまた窓の外に顔を向けていたが、僕は構わず話しかけた。

彼女はこっちを向かなかったが、その細い指でそっと髪をかきあげ、右の耳をあらわにした。

小さな、貝殻みたいな耳だ。

「……空、綺麗だな」

僕がそう言うと、彼女はちょっと驚いたような顔をして振り向き、そして何故か少しだけ笑った。

……トゥンク、か。

本当は彼女の横顔を綺麗だと思ったのだが、物申す陰キャである僕にも、そんなことは言えなかったのだ。

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