第2話 恋バナ

一週間もあれば、転校生である僕の立ち位置も定まってくる。

転校生など滅多にいない田舎であるから、最初の二日ほどは色んなヤツが僕のところに来たが、あまりに素っ気ない対応に愛想を尽かしたのか誰も寄り付かなくなった。

……ま、中学デビューも高校デビューも出来なかったヤツが、転校デビューや田舎デビュー出来るはずも無いし、そもそもする気も無い。

それに、田舎というところは昔からの幼馴染的な集団が出来上がっており、今さら余所よそ者である僕が入り込むのもメンドクサイ。

そう思って冷めた目でクラスメート達を眺めていたのだが、僕以外にももう一人、そんな風に傍観者のような目をしている子がいた。

隣のヤンキーちゃんだ。

村崎という名前らしいが、その名を呼んだのは教師と委員長以外に見たことが無い。

山猿のボスどころか、彼女は孤高の山猿だった。

いや、山猿と言うには綺麗過ぎるが。

どういう経緯で彼女がヤンキーになり、ぼっちになったのかは知らないが、のんびりした雰囲気の子が多い中で、彼女だけが異色で近寄りがたい空気をまとっていた。

そんな傍観者である彼女が、窓際で恋愛話に花を咲かせる女子達に一瞬だけ焦がれるような視線を向ける。

「……あのさぁ」

同類意識といったものがあるのかどうか判らないが、何故か彼女には興味を引かれる。

「んー?」

この一週間の間、僕は一日に一度はこんな風にヤンキーちゃんに話しかけていたが、話が盛り上がるわけでもなく、かといって無視されるわけでもなく、適当ではあるけれど、彼女は律儀に相槌あいづちを打ってくれたり返事をしてくれたりした。

「小学校のときに、何人かの女子を好きになったんだが」

恋愛話に焦がれるなら、恋愛話をすればいい。

ヤンキーちゃんも興味を示したのか、その綺麗な顔をこちらに向けた。

「見た目のタイプはみんなバラバラだったのに、それらの女子には一つの共通点があることに気付いたんだ」

「どんな?」

おー、相槌ではなく質問が返ってきた!

やはりヤンキーちゃんも恋に焦がれる乙女なのだろう。

「全員、パンチラの頻度が高かった」

「……は?」

理解が追い付かずにキョトンとする顔が可愛らしい。

「つまりは、パンツが見たいがために、スカートが短かったり無防備だったりする子を、つい目で追うようになる。要は意識するようになるわけだ」

視線が冷たくなった気がするが気にしない。

「恋愛のきっかけなんて意識することだから、最初はパンツが目的でも、見ているうちにその子の言動が気になりだし、やがては恋に落ちる」

「それって、エロ目的を恋と勘違いしてるだけなんじゃねーか?」

口調も冷たい気がするが気にしない。

「そこだよ」

「どこだよ」

「結局、恋だの愛だの綺麗事で包んだところで、生物としての最終目標は繁殖なんだ」

「あ?」

「だからさ、好きって気持ちは、エロい気持ちの誤魔化しに過ぎないんだ」

「お前、さっきは小学校のときって言ったよな? 中学以降はどうなんだよ」

単純に嫌悪するわけでもなく、ちゃんと話を聞いた上で疑問を挟むとは好ましい。

「制服のスカートは長かったし、女子の警戒心も芽生えてパンチラは激減した」

「じゃあ誰も好きになれなかったのか?」

「いや、好きな子はいたよ」

「だったら、さっきの話と矛盾するじゃねーか」

うん、そうなるよね。

ヤンキーちゃんの疑問はもっともだ。

「なんだろうな」

「は?」

「好きな子のエロいことを想像したりするのに罪悪感を覚えたり、それどころか神聖視したりして、自分の汚さと葛藤するようになる」

とは言っても、優しかったその子が、陰で僕の悪口を言っていたのを知ったときには女性不信になったが。

いや、そいつのせいにしちゃダメだな。

他にも要因はあるし。

「まあ……お前の言うことも解るけど……」

「え? 女子もエロい自分に対する罪悪感にさいなまれたりするの?」

「ちげーよ! ……ただ、まあ、自分を卑下する気持ちっていうか、あたしなんか劣等感の塊だし……」

「大丈夫だ」

「あ? なんでお前にそんなことが言い切れるんだよ?」

「君がパンツを見せれば男なんてすぐに落ちる」

「は?」 

「自分の劣等感なんて、布切れ一枚より小さなものだったんだって気付くさ」

「……頭痛くなってきた」

「割と真理を突いてると思うんだけどな」

「お前だけだよ!」

「そっか。じゃあ僕を落とすときにはパンツを見せるといい」

「イスから落としてやるよ!」

イスに蹴りが入る。

その勢いで少しだけスカートがめくれるが、ヤンキーちゃんは他の子より長めのスカートだから、膝の辺りがチラッと見える程度だ。

でも、可愛らしい膝頭だな、なんて思う。

「なあ」

「なんだよ」

「イスじゃなくて直接蹴ってくれないか」

怒りか羞恥か知らないが、ヤンキーちゃんは顔を真っ赤にする。

「死ね!」

それでもちゃんと律儀に蹴ってくれるあたり、意外と優しい子なのかも知れない。

まあ、割とマジで痛かったけれど。

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