第22話 夜の散歩

夜の散歩に出る。

蛍を見に行ったときは、すぐそばにいるつつじの表情すら見えないほどの暗さだったのに、今夜は小説が読めそうなほど明るい。

満月だろうか。

都会にいると気付かないけれど、煌々こうこうと輝くという表現がぴったりの月に、僕はしばし見入ってしまう。

「あ、やっほー」

月明かりをまとったスイートデビル!

コイツは夜の散歩ですらびた服装をせずにはいられないのだろうか。

ホットパンツから伸びる生脚が輝くようだ。

「修也君も散歩?」

「墓参りだ」

帰れという意味だが。

「一緒していい?」

「おい、君は不感症か?」

「え? ヤダもう、比べられることじゃないけど、人並みよりちょっと高めかな?」

「怖さに対する感度の話だが!?」

「あ、なーんだ、てっきり修也君だからそっちの話かと」

てへっ、と舌を出すあざとらしさ。

もはや造語に違和感も無い。

「蚊に刺されるぞ」

今夜は少し蒸し暑いとはいえ、手足を惜し気も無く露出するのはどうかと思う。

都会と違って蚊の数が尋常ではないのだ。

「修也君に刺されちゃったりして」

何を!?

コイツ、僕をあおっているのか?

湿度を帯びた空気が淫靡いんびに纏わり付き、月明かりは妖艶な光になり、蛙の鳴き声すらあえぎ声に変わる。

……ホントに淫魔なのでは?

「勉強会はした?」

後ろ手を組んで歩くものだから、必然的に胸が強調される。

てくてく歩くのではない。

とことこでもない。

たゆんたゆんと歩くのだ!

「二回やった」

効果は、あったと思う。

結果はまだ出てないが、感触は悪くなかったとつつじは言っていた。

「二回……修也君が言うと、なんかヤラシイね」

何でだよ!

二回ヤったに変換されるのかよ!

「じゃあサツキちゃんとも仲良くなっちゃったかな」

「サツキちゃん?」

「つつじのお母さん」

友達のお母さんを、そう呼ぶほど仲が良かったのか。

「まあ、楽しい人だよな」

「ちょっとエロ可愛いよね」

お前が言うなよ!

でも、水商売をしているだけあって、愛嬌と色気があるのは確かだ。

良くも悪くも噂されるのは判るような気がする。

けれど、娘の寝顔を見るあの表情は、まさしく母親のそれであり、そこに一切のけがれも感じられなかった。

僕は、幼い子供にとって母親は天使だと言った。

つつじのお母さんは、娘の寝顔は天使だと言った。

親にとって子が、子にとって親が、それぞれ天使みたいにあれたなら……なんて、そんな理想はあるのだろうか。

「弟君は?」

「会ってないから、どんな子か判らない」

土日の二日間、勉強会をしたが、休みの日は外を遊び回っているようだった。

「そっか。私も弟君のことはあまり知らないしなぁ」

たぶん、つつじと親しかった頃は、まだ弟君は小さすぎて、懐くほどの接触は無かったのだろう。

「ねえねえ、修也君、ほら見て、蛍」

梅雨は明けたし、もう七月の半ばだ。

ゲンジボタルは姿を消して、今は水田でも見られるヘイケボタルがちらほらいる程度だ。

大きさも光の強さも半分くらいで、あまりぱっとしない。

そんな地味な蛍を、委員長は捕まえてはしゃぐ。

月明かりに負けてしまいそうな光を、手のひらで包んだ暗がりの中で輝かせ、それをそっと覗き込んで笑みをこぼす。

「委員長?」

それは、普段の委員長の印象と違って、ひどくはかなげなものに見えた。

「私がヘイケボタルでつつじがゲンジボタル。解るでしょ?」

プライドが高くて負けず嫌いの女の子は、自身が輝くために必死だったのだろうか。

「つつじは、本来どこででも輝ける。私は頑張って頑張って今が精一杯。手のひらの中の、この子みたいに」

委員長は、まるで愛おしむように包んでいた手を広げ、消え入りそうな光を灯す、その小さな蛍を空に向かって放った。

そうか……そうだったのか──って、

「そんだけ乳がデカいヤツがヘイケボタルなわけあるか!」

「あれー、なんでぇ?」

「なんでぇ? じゃねーよ! はなっから勝ち組だろうが!」

「ちっ」

コイツ、舌打ちしやがった!

「修也君、可愛くない」

「はあ?」

「男子はこういうとき、女の子に同情して寄り添わなきゃ」

「同情なら他の男子にしてもらうといい」

「他の男子にこんなこと話さないもん」

くっ!

ここまで来てまだ媚びるか?

「こんな胸だって、ホントは好きじゃないし」

「え?」

「そりゃあ男子に対してアピールポイントになるっていうのは解るけどさ、実際、エロい視線が集まるのって嫌なものだよ?」

それは、まあ、何となく解る。

「ま、修也君は、巨乳に興味は無いみたいだし?」

「うん、邪魔」

「ひどっ!?」

「別に君の魅力は胸だけじゃないだろ。顔だって可愛いし、意外と無邪気な笑顔を見せることもあるし、声は聞いてて心地いいし、誰も見てないところでもちゃんと委員長の仕事はしてるし、成績だって──」

「ちょ、タンマ、修也君ストップ!」

「ん?」

「ほ、褒めすぎ。さすがに顔……赤くなる」

「……言われ慣れてるのでは?」

「修也君みたいに真正面から言ってくる人いないよぉ……」

「そ、そうか」

「……でも、なんか、負けず嫌いが頭をもたげてきちゃったな」

「どういうことだ?」

「貧乳好きを、巨乳好きに変えたいなぁ、なんて。負けるのヤだし」

……この女が負けん気を発揮したら恐ろしいことになるのでは?

「あ、修也君、ほら見て!」

委員長が自販機に駆け寄り、何かを指差す。

「ほら、クワガタ!」

田舎の夜の自販機は生き物がいっぱいだ。

明かりに誘われて、蚊のような小さな羽虫の類いから、蛾、カメムシなどが集まり、それらを狙ってクモやヤモリ、アマガエルも寄ってくる。

そんな中に、時にはカブトムシやクワガタといった子供に人気の昆虫もいて、クワガタ捕りならぬクワガタ拾いが出来ることもある。

「ねえ、男の子って、こういうのが好きなんでしょ?」

委員長はそう言って、両腕を頭上に掲げ、鋏のようにチョキチョキさせた。

男の子じゃないのにはしゃいでるその姿は、いつもよりずっと自然で、とても魅力的に見えた。

自分を飾るより、負けん気を発揮するより、君は素のままでいればいいのに、なんてことを思って少し戸惑うのは、きっと月明かりのせいなのだろう。



タイトルを「純朴ヤンキーちゃんと小悪魔委員長」に変えました。

よろしくお願いします。

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