第5話 二人乗り

明日から連休だからか、いつもより賑やかな生徒達を横目に校門を出る。

今が田植えの時期らしく、アスファルトの上にはトラクターが残した泥がこびりついており、土と水と、草の匂いがした。

カエルの合唱、名も知らぬ小鳥の鳴き声、用水路に泳ぐ魚。

「ちっ」

何故か僕は、意味もなく舌打ちをした。

都会が好きかと聞かれれば、それほど好きでもない気がする。

でも、田舎に馴染めるとも思えない。

いや、田舎がどうとかじゃなくて……。

「よう、目高」

「日高だよ!」

バイクに跨がるヤンキーちゃんだ。

田舎だから、許可さえ得ればバイク通学も可能なのだろう。

それはともかく、ヤンキーちゃんのスカートから覗くジャージが無粋ぶすいだ。

スカートの下にジャージを履くという、神を冒涜ぼうとくするようなファッションを僕は許せない。

「……何だよ」

僕の視線に気付いたヤンキーちゃんが、何故か気まずそうな顔をする。

パンチラ確率ゼロパーセントの女なんて見ても仕方ないのだが、ヤンキーちゃんのその姿が、どういうわけかダサ可愛い。

「ダサいのは判ってんだよ。でも、前に運転中にスカートが全開になって、もっとダサいことになったし……」

それはダサいのではなくエロいのでは?

「今すぐジャージを脱いでくれ」

「直接的すぎんだよ! お前は!」

「なんだ、間接的に言えばいいのか?」

「いや、そういうわけじゃねーけど……」

「今日は気温が高めだから、ジャージは脱いだ方がいいんじゃないか?」

「いや、だから──」

「ジャージを脱いでくれ」

「結局、元に戻ってるだろ」

「ジャージを脱いで僕にくれ」

「主旨が変わってるだろ!?」

「宗旨替えってヤツだ」

「五千円」

「な、金か! 学校指定のそんなダサいジャージに五千円だと!?」

「いや、まあ冗談だけど……」

「はっ、いらねーよ。どうせくっさいジャージに決まってるしな」

「ガキかよ!? 酸っぱい葡萄ぶどうかよ!? つーか失礼だな!」

律儀に全項目にツッコミを入れてくれるなぁ。

「仕方ない。代わりに家まで乗せてってくれ」

「代わりにって何だよ。取引になってねーよ」

「取引のつもりは無い。ただ乗せてほしいだけだ。予備のメットはあるか?」

「えー、あるにはあるけどさー」

「何だよ、嫌なら別にいいよ。どうせそんなバイク、途中で故障して廃車確定──」

「わーったよ、乗れよ! ほんっと強引なヤツだな!」

僕が強引というより、君が押しに弱いのでは?

都会に出たらカモにされるんじゃないかと心配になる。

そもそも、普段の気怠けだるげな無表情と比べれば、嫌そうな顔も怒った顔もどこか憎めないあどけなさがあって、もっと怒らせたり笑わせたりしたら、もっといい表情になるんじゃないかと思ったりする。


「ちゃんと乗ったか?」

「ああ」

「じゃあしっかり掴まっとけよ」

「掴まるってどこに? 腰か?」

「!?」

「どうした?」

「弟以外、男を乗せたことねーから考えてなかった……」

「なんだ、君には弟がいたのか。中学生か?」

「いや、小五」

「生意気盛りだな」

「まあ、それが可愛くもあるんだけどさ」

ヤンキーちゃんの顔は見えないが、はにかむような笑みを浮かべているに違いない。

きっと、優しくていいお姉ちゃんなのだろう。

「じゃあ、掴むのは胸でいいな?」

「何が、じゃあ、なんだよ!? お前の言葉はどこに繋がってどこに向かってんだよ!?」

「ちっ、うるさいヤツだな。腰にしとくよ。文句無いだろ?」

「あ、ああ」

最初は腰ですら躊躇ためらってたのに、一旦ハードルを上げてから戻すと受け入れてしまうタイプか。

色々と危なっかしいなぁ。

まあ、掴むほど立派な胸でも無いのだが、それは言わないでおこう。


ブレザーの上から、そっと触れるように腰の辺りを掴む。

いや、まむと言った方が正しいか。

口ではあんなことを言っていても、いざ目の前にある華奢な背中を見ると、触れることは躊躇われる。

髪からはいい匂いがするし、金髪が好きではないとはいえ、女の子という感じがひしひし伝わってくる。

「あ、枝毛発見」

「うっせーな。脱色すると傷むんだよ」

「これ、夏服だったら透けブラが堪能出来るな」

「降りろよ! デリカシーの欠片も無いのかよ!」

「まだ走り出してもいないのに、降りろとはひどいな」

「言っとくけど、あたしだって女なんだからな」

「だから枝毛と透けブラ」

「そこで女扱いされても嬉しくねーから!」

「なんだ、女扱いされたいのか?」

「いや、別に、そういうわけじゃ……」

「腰を掴んでいいものか悩んでしまうくらいには意識してる」

「え? ちょ、いきなりそんなこと言われたら、あたしも意識しちゃうじゃ──」

「女の子と自転車で二人乗りするのが夢だったけど、バイクだと情緒に欠けるな」

「だったら降りろよ!」

ヤンキーちゃんはご立腹だ。

いや、本気で怒っているわけでは無いみたいで、ねている感じが可愛らしくもある。

それに、何だかんだ言いながら、結局最後は乗せてくれるのだ。

二人乗りのバイクは、そよ風みたいに春の農道を走った。

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