第19話 金髪

つつじと二人乗りで、のんびり田園地帯を走る。

車がほとんど通らないのに、つつじはきちんとキープレフト。

たまに歩行者がいるとミラーと目視で後方を確認し、右に大きく避けて抜かしていく。

そんな安全運転なのに、後ろから来た車にクラクションを鳴らされた。

振り返ると軽自動車が背後に迫っており、運転席のヤンママっぽい金髪ネーチャンがこっちを見ている。

ふ、こちとら現役のヤンキーちゃんなのにあおってくるとはいい度胸だ。

まあぶりっ子委員長に言い負かされるレベルだがな!

ここは揉め事になっても困るし、相手は女性とはいえどんな奴がバックに付いてるか判ったもんじゃない。

こっちは何も悪くないが、僕はペコペコ頭を下げた。

プライドが無いわけじゃないが、つつじを守りきれる自信も無いからクソみたいなプライドは捨てよう。

するとヤンママネーサンは意外と愛らしい笑みをニコッと浮かべ、もう一度「プッ」とクラクションを鳴らすと僕達を追い抜いていった。

つつじが手を振って見送る。

「なんだ、知り合いだったのか?」

「うん、かーちゃん」

かーちゃん!?

若っ!

「親子丼ひとつ」

「は? この辺で親子丼食いたいなら……街道沿いにあるトラックの運ちゃん相手の食堂かなぁ」

純朴ヤンキーちゃんは無意識に僕に罪悪感を抱かせ、懺悔ざんげへと導く。

恐らく、聖職者とはこうあるべきなのだろう。

「ご挨拶したかったな」

「……お前、今さらだけど変なヤツだな」

「?」

「初めてかーちゃんを見た人は、たいてい眉をひそめる」

「金髪だからか?」

「まあ……そんな感じ」

「だったら僕も、初めて君を見たときに眉を顰めたぞ?」

「……そっか。でもなんつーか、ちょっと違う気がすんのは……田舎と都会の違いかなって」

確かに、この辺だと金髪の人は滅多に見ない。

都会でも眉を顰めることはあるが、そこから深く詮索せんさくすることはあまり無い。

元ヤンかな、柄の悪い人かな、くらいのことは思うけど、そこから邪推したり猜疑さいぎ心を抱くかどうかは、結局その人次第なところはある。

個人主義的な要素も強い。

対して田舎は……一括ひとくくりには出来ないけれど、人と違う個性が強ければ、噂の的になりやすいところはあるだろう。

もしかしたら、つつじに関する良くない噂というのも、出所はそこなのかも知れない。

「なあつつじ」

「ん?」

「かーちゃんは好きか?」

「な、何だよいきなり……まあ、うちは女二人だから仲良くやってっけど」

「親子揃って可愛いもんな」

バイクが大きく蛇行する。

「てめーこのやろう! けそうになったじゃねーか!」

わざわざバイクを止め、振り返って可愛らしく怒りをあらわにする。

枝毛の多い傷んだ髪も、今は可愛く見える。

「君が金髪なのはお母さんの影響か?」

「え? 影響っちゃ影響かもだけど……」

「真似た?」

「……そういうわけじゃなくて、なんつーか、あたしんち、水商売やってんだよ」

なるほど、かーちゃんはママさんなのか。

「それで、この辺にそういった店は無いから近隣のオヤジ達が集まるんだよ。で、はべるワケじゃねーけど客との距離が近くってさ、何かと噂も立ったりするんだ」

都会でもそういった噂は付き物かも知れないが、田舎では狭いコミュニティで、より具体的に噂されるような気がするし、広まるのも早いのではないだろうか。

「大人達がくだらねー噂をすれば、子供達が影響を受ける。大人もガキも一緒。売女ばいたの娘って言われてたのが、いつの間にかあたし自身が売女って言われるようになった。つまり、あたしも大人になったってこと、なーんてな」

つつじは冗談めかして、何でもないことのように言う。

「で、その金髪は?」

「ん、周りがごちゃごちゃうるさいから、こうしたら黙るかなって。黙るどころか関わってこなくなってせいせいしてる」

周りを黙らせる意味もあっただろう。

反発心や対抗心を、髪色で表す意味もあっただろう。

でも、より噂を助長させてしまう髪色にしたのは、何よりつつじがお母さんを肯定したかったからなのだろう。

「そっか。それは辛いな」

「辛い? いや、強がってっかもしんねーけど、メンドクサイことが無くなったのも確かだし」

「そうじゃなくて、君は二人分の悪口を受け止めてきたんだろ」

「別に受け止めるってほどじゃ……」

「小さい頃ってさ、母親って絶対的な存在で、天使みたいなもんだよな」

「お前、何を言って」

「そんな、天使みたいな母親の悪口を言われると、自分の悪口を言われるのと同じで、母親を否定されると、その母親から生まれてきた自分も否定されることと同じだからな」

「……」

「母親を信じれば信じるほど、口さがない連中が憎くなるし、自分の身を切られるみたいに痛くなる」

「……」

「僕がショタの時にロリつつじを守れたら良かったんだが、惜しいことをした」

「……何なんだよ」

「つつじ?」

「何なんだよ……お前、変だろ……」

「だから僕は変態紳士だと何度言えば──」

「うっせぇ!」

つつじは前を向いて、バイクを走らせ出した。

いつもより、ほんのちょっとスピードが速かった。

だから僕は、いつもよりほんのちょっと、その細い肩を強く掴んだ。

つつじは何も言わず、いつも僕が降りる場所を通り過ぎてもバイクを止めなかった。

「つつじ?」

「うっせ……」

つつじは前を向いたまま、黙ってバイクを走らせ続けた。

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