第20話 割と好き

とことこ、といった感じの小走りで向かってきて、最後は「トン」と着地するように僕の席の前に立つ。

スカートがふわりと広がって、一瞬、白いものが目に入る。

「ちょっと小耳に挟んだんだけど」

先日、僕のことを嫌いかも、と言っておきながら、委員長の態度は変わらない。

目の前にある太ももも、程よい肉付きで扇情せんじょう的なままだ。

「出来ることなら小耳じゃなく股間に挟んでくれ」

「へ?」

「いや、何でもない」

僕も変わらず対応をする。

どうやらゴム長フェチにはならなかったようで、やはり生脚はいいなと思う。

「村崎さんと勉強会するんだって?」

期末テストまで、あと一週間になった。

つつじは決して頭は悪くないと思うのだが、勉強が苦手なのは確かだ。

そして、勉強会をするのも確かだ。

「私も参加したいなぁ」

やはりそう来たか。

とは思うものの、コイツの意図が読めたわけでは無い。

「断る」

「どこでするの?」

くっ! 蛍の時と同じてつは踏まないと決めて断言したのに、なんというメンタルの持ち主!

さすがスイートデビルと呼ばれるだけのことはある。

……僕しか呼んでないけど。

「君には関係無いんだから、どこだっていいだろ」

「えー、そんなこと言わないでよぉ。私、学年トップだから役に立つよ?」

コイツが参加したら、勉強会がパンツ観賞会になってしまう。

いや、そんなことよりも、つつじの家で勉強会をすることが、理由として何より大きい。

お母さんの話をしてからつつじの様子は少し変だったけれど、その後、あたしんちで勉強会をしようか、と言ってくれたのだ。

委員長に邪魔はされたくない。

「取り敢えず、君の学力は必要無い」

「そんなぁ」

瞳をウルウルさせ、両手を目に当てて泣き真似をする。

「パンツけよ」

「涙でしょ!?」

ツッコミも相変わらずだ。

僕はつつじの方をうかがった。

いつものように窓の外に顔を向け、右手で頬杖をついて──耳杖!?

右手の手のひらがパラボラアンテナのようにこちらを向いているが、たまたま右手を添える場所が耳になっただけだよな?

別に小声で話してるわけでもないし……。

「委員長」

「なぁに?」

「君は僕を嫌いなんじゃなかったのか?」

つつじの耳杖、いや、耳に添えられていた手のひらが、集音効果を高めるためだろうか、その角度と広がりを変える。

「そうかも、って言っただけだよ?」

「それで充分なんじゃないか?」

嫌いかも、ということは、嫌いじゃないかも、という可能性を含んではいるが、決して好きかもは含まれない。

「あれから色々と考えたんだけど」

「僕について?」

「そう」

委員長は両手の人差し指を、それぞれ左右のこめかみに当てる。

考えた、或いは悩んだことを表しているらしい。

「で、自分の感情なのに考えてから気付くっていうのもヘンなんだけど、私、修也君のことは、単体だと割と好き」

つつじがチラッとこちらに視線を向けた。

耳杖をついていた右手は顔の前方へと少し移動していて、それで視線を隠している、つもりらしい。

「単体って何だよ? 君のことは嫌いかもだけど君のパンツは好き、みたいな感じか?」

「全然違うし!」

「実は僕が二人いて、一人だとそれほどウザくないとか」

「一人でもウザいよ?」

「……」

「でもまあ、そういうとこも含めて、悪くないかなって」

つつじがシャーペンをカチカチし出した。

芯が無いようなので僕のを渡すと、「……ども」と言っておとなしくなった。

「あと、口ではエロいことばっかり言ってるけど、口先だけの偽エロ家だしね」

「なっ!?」

偽悪家という言葉はしっているが、偽エロ家なんて初めて聞いた。

しかし、偽エロ家と言われて黙っていては、変態紳士の沽券こけんに関わるのは確かだ。

ここはひとつ、実力行使でスカートでもめくってやろうか?

いや、それは紳士の行動じゃない。

というか、ただの犯罪者だ。

かといって、言葉でいくらエロいことを言ったところで、たったいま口先だけと言われたばかりだ。

あれ? 変態紳士って難しい?

どうやって変態でありながら紳士であることを体現すればいいんだ?

「そうやって悩む時点で変態とは違うと思うけど?」

何故かつつじが、一人でこくこくうなずいている。

「傘を借りた日も、風でスカートが捲れる度に後ろを振り返ったんだけどなぁ」

「それは惜しいことをした」

何故かつつじが僕を睨む。

「ま、勉強会は誰かさんが恐いから今回は諦めるとして、また今度、傘のお礼するね」

「予備の傘を貸しただけだ」

「ピンクの傘、似合ってたよ。じゃね」

スカートをひるがえして、委員長は自分の席に戻る。

白い残像を味わいながら、何故か僕は、また敗北感を噛み締めていた。

つつじがシャーペンの芯を、ポキリと折る音が聞こえた。

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