第18話 嫌いかも

農道を歩いていて、ふと違和感を覚えて立ち止まる。

田畑と、その向こうに山。

農作業に勤しむ人が散見されるが、これといって変わった物は──

ん?

腰上まであるゴム長にシャベル、といったで立ちで用水路をさらっている人物に目が留まる。

上半身の白い服は我が校の体操服らしく、遠目にも二つの隆起がはなはだしい。

それが僕の苦手な存在であることは判別できたが、これは襲撃のチャンスではあるまいか。

僕は足音を殺し、その人物に近付いた。

くくく、ダサい、ダサいぞ委員長。

そんな姿のキサマなど、全く恐るるに足らぬわ。

「やあ委員長、精が出るな」

僕は農道から見下ろす形で、用水路に向かって声をかけた。

「え? ちょ、修也君!?」

予想通りの驚きようだ。

今の委員長に、パンチラエンジェルの面影は無い。

ダサ可愛いではなく、あからさまにダサいのだ。

「ちょっとヤダ、見ないでよぉ」

普段、惜し気も無くミニスカから生脚をさらしているというのに、腕以外、ほとんど露出の無いゴム長姿を恥ずかしがるとは、滑稽こっけいなものよのう。

しかも右腕で胸を隠し、左手は股間に当てるというバカさ加減。

もはや滑稽を通り越して──エロくね!?

「もう、見すぎ!」

まるで全裸を見られてるかの如き恥ずかしがりようと、こびを含んだ批判。

勃起中枢を刺激するどころか、直接股間に絡み付いてくるようなスイートボイス。

ヤバイヤバイ!

僕は性癖に貴賤きせんは無いと思っているが、ゴム長フェチになってしまうのは、さすがにヤバイと本能が告げている。

そんなニッチな性癖を獲得してしまった日には、いったいどうやって欲望を発散したらいいのか見当もつかない。

「……内緒にしてよね?」

クラスのみんなに、ということだろうか。

ゴム長姿を内緒にしてなんて言われると、いけない姿を見てしまったかのような背徳感を覚える。

「……修也君、笑わないね」

「え?」

「クラスの誰かに見られたら、絶対に爆笑さるると思ってた」

「……家の手伝いだろ?」

「うん。お父さんが腰を痛めちゃって、用水路の流れが悪いから、お前がしてこいって」

「そうやって頑張ってるのに、笑えるわけないだろ」

言えない。

ゴム長姿にエロスを感じてたなんて、さすがの僕でも言えない。

「恥ずかしいところを見られちゃったけど、見られたのが修也君で良かった」

……何でコイツは言い方がいちいちエロいんだ。

「あ、そういえばさっき、その辺でザリガニを見かけたんだけど、修也君、ザリガニ好き?」

くそ、何でコイツはいきなり純朴田舎少女になってんだ。

「食べたことは無いな」

「違うよぉ。こうやってホラ、ハサミがカッコイイって男の子は思うんでしょ?」

両手を頭の横でチョキチョキさせる。

演技か? 演技なのか?

普段のような媚態びたいを発揮出来ない過酷な状況の中で、コイツは今の自分の立場を最大限に活かして戦っているのか?

あるいは、もしかしたら、これが素の委員長なのか?

「昔はつつじとねー、こうやってふなを捕まえたりしてたんだけどねー。あの子、釣りとか好きだし」

委員長が、初めて自然につつじと呼んだ。

無邪気な笑顔のその頬と髪に、泥がこびりついていた。

それは汚れなんかじゃなくて、悪戯っ子の勲章みたいに輝いて見える。

結局のところ、愛嬌を振りいていたり、媚を売ったりするのも、人に好かれるための努力の一つなのではないか。

そんな風に思えてきた。

「つつじはさ、ほら、防御が固いでしょ? 私は昔っから弛かったから、スカートまくり上げてパンツ丸出しで川遊びとかしちゃってね」

そう、こんな話をするのも、人に好かれるための努力の一つ。

「その上ドジっ子だったから、滑って尻餅ついたりしてパンツまでビショビショにしちゃったり」

努力の……一つ。

「一度なんてパンツの中に魚が入ったことがあって、そのまま素っ裸になって泳いじゃったこともあったなぁ」

努力の……一つか?

いや、努力かも知れないが、男を絡め取るための努力では?

「あ、修也君、いま想像したでしょう? ダメだよ、小学生のときの話なんだから」

……全く想像してなかったのに、今の言葉でロリ委員長の全裸を想像してしまった。

コイツは危険因子だ。

今のうちに刈り取っておいた方がいいだろう。

僕は言わなければならない。

つつじにも言った、あのセリフを。

「僕は貧乳が好きなんだ」

「……え?」

まるで未知の生命に出会ったかのような顔をされる。

「君はもう、手遅れなんだよ」

ふっ、ここまで言えば、僕を籠絡ろうらくすることなど不可能であると解るだろう。

だが委員長は、何故か挑戦的な目を僕に向けてきた。

「……修也君は、つつじが好きなの?」

コイツが僕に好意を寄せる理由は無いし、クラスの人気者なんだから、僕なんかとかかずり合う必要も無い。

だとしたら、コイツの行動の意味は、僕ではなくつつじに起因しているのではないか。

「君は、つつじが好きなんだな」

「べ、別に、昔は仲良かったけど……それだけ」

「君はつつじが嫌いなんだな」

「ちょ、誰もそんなこと言ってないでしょ」

相反する質問を、どちらも否定する。

いや、どちらもどっちつかずな回答で濁している。

……プライドが高くて負けず嫌い、か。

だけどつつじは、綺麗で可憐でお人好し。

もしつつじが、あんな噂話も無く、ヤンキーみたいな見た目でも無く、みんなと普通に話していたとしたら、果たしてクラスの人気者はどちらだっただろう。

愛憎相半ばといったところか。

……あ、そうか。

「どっちかというと、僕が嫌いなんだな?」

珍しく、委員長が遠慮がちな視線を僕に向けた。

「……そうかも」

はなっから腹黒女とは思っていたし、打算的な媚になびくものかとも思っていたけれど、やっぱりちょっと悲しい。

でも、つつじとの昔話を語るときの無邪気な顔が演技で無いなら、僕は委員長を嫌いにはならないだろう。

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