第9話 蘇って女王



 ミイラ騒動が片付き、屋敷に戻った一同は、ミイラから戻った(?)女性に話を聞くことにした。


 食堂のテーブルに着き、旭が話を切り出す。


「えっと、ミイラさん……」

「無礼であるぞ家来。余のことは『パントラ』様と呼びのじゃ」

「け、家来」


 いきなり家来呼ばわりしてくるパントラに嫌な気持ちになったが、我慢して話を続ける。


「ではパントラ様。自己紹介をお願いしたいのですが」

「いいじゃろう! 余の事が聞きたいのなら教えてしんぜようぞ!」


 パントラはテーブルの上に立ち、セクシーポーズを決める。


「余はエヒラフク大陸を統べる女王、パントラ!! この世全てを虜にする、絶世の美女じゃ!!」


 声高らかに、自信満々に自己紹介をしてみせた。


 呆気に取られる旭達だったが、テューナだけは平然としていた。


「(すいません、エヒラフク大陸とは?)」


 旭は小声でドムトルに質問する。


「(南にある大陸です。未開の地が多く、まだ見ぬ財源があるとか)」

「(なるほど)」

「で、何で冷気漏れが起こっていたんだ?」


 テューナが質問すると、


「無礼千万!! じゃが、特別に答えてしんぜよう! 一言で言えば、期限切れ!!」

「……期限切れ?」


 旭は首を傾げた。


「そう! あれは1000年中身を守れる仕組みになっている棺桶! つまり中身を守れる期限が過ぎたということなのじゃ! お分かり?」

「……よく分かりました」


 棺桶の機能が停止して、この屋敷に怪奇現象を起こしたということになる。何ともはた迷惑な話だ。


 ザバスは目を逸らしながら挙手する。


「何じゃ?」

「その、服を着て頂けませんか? 私には目の毒でして……」


 パントラの服装はハッキリ言ってほぼ裸。下半身はほぼ無防備だ。この世界に下着が普及していないのは仕方ないが、せめて隠す努力をしてもらいたいというザバスの本音が見える。


(分かりますよザバスさん。俺もどう指摘しようか迷ってました)


 心の中だけで頷く旭。一方で、パントラは眉間にシワを寄せた。


「何という暴言!! 恥を知れ!! この宝石よりも美しく、シルクよりも滑らかな余の肌を隠すことは愚行!!」


 ザバスをテーブルの上から指差した。


「美しさは人を豊かにする! 美しい物は大衆を魅入させて初めて価値が付くもの! 故に! 余の肌を! 余の存在を大衆に見せびらかすことが正義!! 正義を執行するための最適解こそが、この着飾らない姿なのじゃ!!!」


 熱弁を繰り広げるパントラの勢いに負け、ザバスは何も言えなくなった。


 旭は強烈過ぎるパントラに何を言っても強い反発が来ると悟った。


「わ、分かりました。ではそのままで……」

「それよりも! 余の財宝はどこにあるのじゃ? 余に貢がれた財宝の所有権は余にある! 一刻も早く返上せよ!」


 完全にマイペースなパントラに頭を抱え始める一同だった。


 それでもドムトルは恐る恐る発言する。


「そ、それでしたら私の屋敷の地下に……」

「案内するのじゃ!!」


 ドムトルに命令し、地下倉庫へ案内させる。こういう相手に慣れているのか、ドムトルはにこやかに案内する。


 3人はその後を付いていく。


「で、どうするんだ? あの童」

「どうするって、それはパントラが決めることだからなあ……」

「できれば連れて行ってもらえれば、こちらとしては助かるのですが……」


 ザバスは汗を拭きながらお願いしてくる。確かにあんな高慢ちきな露出狂を傍に置いておきたくはない。しかしこちらからの要望を素直に聞いてくれるかも怪しい。


 旭は腕を組んで考えるが、


「……やっぱりパントラとちゃんと話し合ってみないと結論が出せませんね。最低でも、この屋敷からは出るよう説得してみます」

「お願いします」


 ザバスは頭を下げてお願いする。


 しばらく歩き、棺桶があった場所まで戻って来る。周りの棚には、金銀財宝がしっかりと並べて保管されている。


「こちらで間違いないですか?」


 ドムトルがそう聞くと、パントラはワナワナ震えていた。


「な、な、何なんなのじゃこれはアアアアアアアア!?!?!?」


 怒りの絶叫が飛び出し、旭達は絶叫に驚いてしまう。


「何じゃこれは?! 全部叔母様の好きな装飾ばかりではないか!!」


 そう言ってパントラは、全ての装飾品を見ていく。


「これも! これも! これも!! 全部叔母様の装飾!!!」


 地団駄を踏んでいる様子から、かなり気に入らないらしい。


「全く持って、美しくなアアアアアアアアい!!!!!」


 

 数分後、かなり地団駄を踏んで疲れたのか、肩で呼吸をして大人しくなった。


 そして、ドムトルを強く睨む。


「どういう事じゃ? 嫌がらせなら死罪!!」

「そ、そう言われましても! 私が手に入れた時にはこの様な組み合わせでしたので……!」


 慌てて説明するドムトルだったが、パントラは納得していない様子だった。


「こんな暴挙が許されるはずがない!! 余の財宝を取り戻さなくては!!」


 急いで行動しようとするが、


「当てはあるんですか?」


 旭の一言でピタリと止まる。


「……無い!!」

「堂々と言わないで下さいよ……」


 頭を押さえる旭だったが、パントラの様子からして、諦める気配はない。


 どうしたものかと考えていると、旭の目の前の棚、金で出来た箱が置いてあった。そこには、山々の上、空を舞う鯨、『夜天の主』が描かれていた。


「これは、夜天の主……!?」

「おや、夜天の主を知っているのかね?」

「はい。一度この目で見まして……」

「なんと!? あの御伽噺に出てくる夜天の主を?!」


 ドムトルはとんでもなく驚いていた。その驚き方に、旭も少し驚いてしまう。


「そ、そんなに珍しいんですか?」

「それはもう!! 夜空と擬態して全く見えませんから、視認するのは困難です! 鳴くという文献もありますが、実際に聞いた者は殆どいないとのことですし」

「その文献ってありますか!!」


 旭はドムトルに急激に近付いた。


「ざ、残念だが、私は持ち合わせていない。ここから西の方にいる商人仲間が持っているよ」

「そうでしたか……」


 旭は肩を落とし、ガッカリする。それを見たドムトルは


「アサヒ君は、夜天の主を追っているのかな?」

「はい、そうです。この町に来たのも、手掛かりが欲しかったからでして……」

「我輩たちは冒険者ではあるが、本来は旅人だ。冒険者は日銭稼ぎのためだ」


 テューナが補足して、ドムトルは納得する。


「なるほど。そういう理由でしたか」

「余をほったらかしにして何を発言している!? 不敬じゃぞ!!」


 そこにパントラが介入してくる。


「む? 夜空渡りではないか。これがそんなに珍しいのか?」

「夜空渡り……。パントラのいた国ではそう呼ばれていたのか?」

「そうじゃ。余の国では10年に一度、群れを成して縦断していたぞ」

「本当か!?」


 旭は勢い余ってパントラの肩を掴む。


「こ、これ家来!? 余に触れるなど不敬にもほどが……!!」

「パントラの国に行けば夜天の主、天海の島へ行く方法が分かるのか?!!」


 旭は目を輝かせ、パントラに詰め寄る。パントラは慌てながら


「天海の島までは知らぬ!! それに! 余が死んでから1000年が経っているのじゃ!! 夜空渡りがまだ縦断しているとは限らぬぞ!」

「……それも、そうか……」


 旭はパントラから手を離し、肩を落とす。


「だが、行先は決まった。さっき言っていた南の大陸へ行けば手掛かりがある。ここから南へ進めばいい訳だ」

「残念ですが、真っ直ぐ南へは行けませんよ」


 テューナの意見を、ドムトルが遮る。


「何だと?」

「この国のすぐ南、『ラルム帝国』とは仲が悪く、商人や冒険者でも入ることはできません。さらに言えば、エヒラフク大陸に行くには海を渡らなければ行けないという話なので、上手く入国できても船に乗れるかどうか……」

(なるほど、だから勇者を召喚したのか)


 旭は何故この国が異世界召喚をしたのか、その理由がこの事だと理解した。


「他に方法は無いんですか?」

「ザバス、地図を」


 旭が尋ねると、ドムトルはザバスに指示を出し、倉庫にある地図を持ってこさせる。ザバスが持ってきた地図を受け取り、旭達に開いて見せる。地図は前の世界の欧州によく似ている。


「エヒラフク大陸に向かうには、西へ迂回するルートが最短です。西から行けば、船の距離も短くて済みます」

「このルートですか……。ご提示して頂きありがとうございます」

「いえいえ、私の問題解決に手を貸して頂いたお礼だよ」


 ドムトルはにこやかに答える。


「屋敷の一部が壊れたり食糧庫が食べ尽くされたりしてまいましたが、それは気にしないで下さい。もしパントラさんがミイラとして襲い掛かって来ていたら、恐らく命を落としていた。その事を思えば、屋敷の損害くらい安いものだ」

「ドムトルさん……」


 あまりにもできた人間性に、今にも跪いてしまいそうだった。


 ドムトルは再び地図を見せながら、


「夜天の主の文献だが、持っているのは『ルアープ』にいる雑貨商の『マソップ』という老人だ。西へ向かうなら必ず通るから、会ってみるといい」

「分かりました。ありがとうございます!」


 旭は深々とお辞儀をする。


「ならば余も同行するのじゃ」


 パントラが胸を張って付いて来ることを宣言する。


「南には余も用がある。余の財宝を悪趣味に塗り直した叔母様へ報復しなければ腹の虫が収まらぬのじゃ……!!」

「それに、童は我輩と同じでエナジードリンクが必要だ。切れればあっという間にミイラに逆戻りだ」

「それもある!」


 テューナの指摘にも堂々と答えるパントラだった。


「故に! 家来! 余にそのエナジードリンクとやらを生涯献上し続けるのじゃ!! これは王命である!!」


 また偉そうに命令を下してくる。旭はバツが悪そうな顔で


「欲しいなら欲しいって言っていいなよ……」

「女王である余が頭を下げるなどあってはならぬのじゃ! 故にそちを家来に昇格しておるのじゃ!!」

(いきなり家来呼びしたのはそれが理由か)


 旭は家来呼びの理由を理解しつつ、このまま放っておくこともできないと思い、


「分かった。一緒に行こう」


 パントラに手を伸ばす。


「それでよいのじゃ」


 パントラはフフン、と鼻を鳴らし、握手を交わした。


「あと、呼び捨てすることを許す。その方が家来は呼びやすそうじゃからな」

「……そう呼んでいいなら」


 どんな風の吹き回しかと疑問に思う旭だったが、下手に聞いて撤回されるのも面倒なので、聞かないことにした。


(ふむ、これはこれは)


 傍から見ていたドムトルは、パントラの表情を見て、何となく察していたのだった。



 ◆◆◆



 翌日 昼前



 旭、テューナ、山羊、パントラ達は、ザンメングを出る準備を終え、西側の門にいた。


 その見送りに、ギルドの受付嬢、ドムトルが来ていた。


「それでは、お世話になりました」


 旭は2人に頭を下げて礼をする。


「こちらこそ、ギルドの環境改善にご協力して頂き、ありがとうございました」

「私も、有意義な時間が過ごせて楽しかった。ありがとう」


 2人は笑顔で感謝し、旭も笑顔で返す。


「ああそうだ。これを持って行きなさい」


 ドムトルは旭に小袋を手渡す。


「これは?」

「それは私の知人だという証明になる物だ。マソップに会った時に見せるといい」

「分かりました。ありがとうございます」


 旭はお礼を言って小袋を受け取った。


「それでは、いってきます!」

「お気を付けて!」

「旅の無事を祈ってるよ」


 握手を交わし、旭達は2人に見送られ、旭達は西へ向かう。



「余は疲れたのじゃ。白い下僕、乗るぞ」


 パントラは荷物を背負っている山羊の背中に容赦なく乗る。


「おいおい、まだ10分も歩いてないぞ……。それに山羊だって重いだろうに……」


 旭は山羊の顔を覗き込んで、苦しくなっていないか心配する。


「メ~~~」


 しかし、山羊はどこか恍惚とした表情だった。特にパントラの尻に反応している。


「…………心配して損したわこのエロ山羊」


 悪態をつく旭だった。


「ところで、あの幽霊たちは何だったんだ?」


 変わって、テューナが何気なくパントラに質問する。


「ああ、あれ。あれは余の家来達じゃ。今もそばにいるぞ」


 そう言うと、パントラの周囲にぼんやりと半透明な幽霊たちが姿を現す。


「死してなお余の美貌に従う家来達じゃ。見習うがよい!」

「童に従う義理は無い」

「不敬!!」

「やるか?!」

「ああもう止めろお前ら!!」


 今にも取っ組み合いを始めそうな2人を旭が止めながら、旅は続く。




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