第22話 国境で決戦Ⅰ



 国境 クナディット



 大河によって分断された国境には、検問所が設置されている。


 検問所は5mもある巨大な石造りの建物で、襲撃に備えた見張り台、小窓、厳重で強固な門で構成されている。武装した兵士も駐在しているのが見えた。


 そして検問所と向こう側の検問所を繋ぐ大きな橋があり、それを渡る事でのみ隣国へ行けるようになっている。


 不法入国者がすぐ見つけられるように、大河から森までの50mは草原の様に開けており、河にはバリケードが敷かれ、触れたら鳴る鈴まで完備してある。それが大河に沿って永遠と続いている。


 遠くから見て分かるが、馬に長い耳が生えた生き物に乗った騎兵が大河に沿って巡回しているのが見えた。



 検問所に続く道は太く、広く、あらゆる方角からの道と合流する設計になっており、荷物を積んだ馬車や商人が隣国へ向かっていた。


 旭達もその列に並んでいる。順番は一番最後だ。


 そんな旭達の所に、兵士がやって来て、隣国へ渡るための手続きを始めてきた。


「アサヒさんは今回初めて国を渡るんですね? それでしたら通行料金と花3枚、冒険者であればご本人の銀級以上の冒険者カード、それ以外の身分を保証する物を提示してください」

「身分を保証する物?」


 聞いた事の無い条件に、旭は思わず聞き返してしまう。


「その様子ですと、ご存じ無いようですね。つい最近になって、身分を保証する物も必要になったんです。例えば紋章とか、証明書とか……」

「え、えっとですね」


 旭は慌てて山羊に乗せてる鞄の中を漁る。


 そんな状況でも、テューナは獲った鳥を咀嚼し、パントラは山羊の上で踏ん反り返り、マカリーは日光浴をしていた。


 荷物を漁り続ける旭は、ある事を思い出す。


(そういえばミフエルの時に、アギサさんとカジサさんから……)


 そして、鞄の底に入っていた物を兵士に見せる。


「こちらでどうでしょう!?」

「これは……、ミファ男爵の紋章ですか!!」


 思わず声を上げてしまう兵士。じっくりと見て、本物かどうか確かめる。


「…………間違いなく本物ですね。身元の保証に使えます」

(よし!!)


 旭は心の中だけでガッツポーズし、一安心する。


「ですが、これだけでは不十分です。他に証明できる物はありませんか?」

「え」


 まさかのもう一声に困惑を隠しきれない旭。


 他に何か提示できる物が無いか探してみるが、さっきの紋章に匹敵する物がない。


(マズイ。このままだと出国できない……!!)


 焦る旭を見た兵士は、溜息をつく。


「その様子ですと、なさそうですね。まあ最近帝国の侵攻で出国が厳しくなり過ぎて、条件をクリアできない方が増えてるんですよ。だから落ち込まないで下さい。時期を見てまた来ていただければ……」


 慰めてくれる兵士の言葉は、考え込んでいる旭には届いていなかった。


(考えろ。他に証明になる物を……!!)


 今までの旅で得た物、それら全てを思い出して辿っていく。


 ローエント、ミフエル、ルアープ、ザンメング、ネオンガーヘン、全ての町の記憶を辿り、何か現状を打破できる物が無いか必死に思い出す。


 唸りながら、少ない記憶を漁り続ける。



『ああそうだ。これを持って行きなさい』


『お前さんにどれだけ期待しているのかも、よく分かった』



 ふと、あの時の記憶を思い出した。


「…………そういえば、中身を見てなかったな」


 旭は懐に入れていた小袋を取り出す。そして、中を開けて見る。


 そこに入っていたのは


「……え?」


 小袋から出てきたのは、小袋の大きさを無視した一枚の羊皮紙だった。


 物理法則を無視してこんな紙が入っていたことに、旭は驚きを隠せなかった。


「これは一体……」

「収納袋ですか!? これはまた高価な物を……!! ……ん?」


 兵士は書類を覗き込み、その内容を確認する。


「こ、これは! ドムトル商会の身分証明書!!?」


 書類には小難しい事が書き連ねていたが、要約すると、



『私、ドムトルは、ドムトル商会を上げてアサヒ一行の身分を保証するものとする』



 という内容だった。


 ましてや、商会を上げて身分を保証しているので、相当期待を込めているのが分かる。


(だからマソップさんはあんな事を……)


 納得している旭の隣で、兵士が背筋を伸ばして敬礼する。


「これは失礼致しました! ドムトル商会の方とは知らなかったとはいえ、こんな事を……!!」


 兵士の言葉を聞いた前で並んでいる商人たちがざわつき始める。


「あの商品のレパートリーが化け物級で儲けまくっている商会の関係者だと?」

「成り上がりでありながら各国貴族や重鎮に一目置かれているあのドムトルの?!」

「その商会が保証人をするパーティーだなんて、一体どんな凄い奴らなんだ……!?」


 その言葉を聞いた旭は


(どんだけ凄い人なんだよドムトルさん!!?)


 無言で驚愕するのだった。


「これであれば文句無しで出国できます! すぐに手続きを終わらせますので!!」


 兵士は手早く書類を終わらせ、再度敬礼する。


「それでは! 開門まで後2時間程ですので、しばらくお待ちください!! 失礼します!!」


 そう言って、急いで検問所へ引き返して行った。


 何とか出国できることが決まり、一安心する旭だった。


「何とかなったな……」

「その様だな」


 テューナは鳥の残骸をプッ! と吐き捨てる。


「……お前らはもうちょっと危機感を持てよ」

「いざとなったら実力行使だ」

「絶対やらないでね?」


 釘を刺す旭だったが、下手に話し合いに入ってトラブルを起こされても困るので、これはこれで良かったと思う事にした。


「残り2時間か……。……マソップさんから貸してもらった文献でも読むか」


 旭は本を開いて、夜天の主について読んでいく。


 その時、


「見つけたぞ!!」


 大声が聞こえた。


 声のした方を向くと、5人の男女がいた。


 前衛に剣士と重装騎士の少年2人、中衛に槍使いの少年とレイピアの少女、後衛に魔法使いの少年1人といった編成を取っている。


 装備はそれぞれが役職が分かる特徴的な色と鎧で、金の装飾も施されている。そこまでやるかと言わんばかりに、かなり豪華だ。


 剣士は赤、重装騎士は白、槍使いは青、レイピアは紫、魔法使いは緑で分かれている。


 大声を出しているのは、先頭に立つ剣士の少年だ。


「手間取らせやがって……! 探すのにかなり時間がかかったぞ!!」


 旭は誰に声を掛けているのか分からず、前に並んでいる人達の方を見る。


「お前だお前!! 黒髪くせ毛のお前!!」

「え、あ、俺?」


 自分が呼ばれてるとは微塵も思っていなかったので、驚きを隠せなかった。


「そうだよお前だよ! 俺達の事忘れたとは言わせないぞ!!」


 よく見ると、その面々に見覚えがあった。


「はて、どこかであったような……?」


 どこかで見た顔なのだが、いまいち思い出せない。


 何とか思い出そうとするが、全く思い出せない。


 しびれを切らした剣士が


「王城で一緒に召喚された学生だよ!!」


 自ら身元を明かした。


 それを聞いた旭は、


「……あー……」


 ぼんやりとだが、思い出した。


 確かに召喚された時に学生が一緒にいた。だが、


「ごめん、全然覚えてない」


 旭は会話も顔も合わせていないので、全く覚えていなかった。


「俺も覚えてない!!」


 剣士の少年も覚えてなかった。旭は思わずこけそうになる。


「どうやって追いかけて来たんだよ……」

「王様と神官の記憶を頼りに似顔絵にしたんだ」


 懐から羊皮紙に描かれた旭の似顔絵を見せる。細かい所が少しずつ違うが、割と似ている。


 大した執念だと思いながら、追って来た事情を聴く。


「それで? どうして追って来たんだ? 俺は追放されたはずだが……」

「それについては俺から話そう」


 白の重装騎士が話始める。


「えっと、君は……」

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は『ショウ』。そして赤色の剣士が『ケンタ』、青色で槍を持っているのが『ハヤト』、紫でレイピアを持っているのが『キョウコ』、緑色の魔法使いが『リュウジ』だ」

「ご丁寧にどうも」

「話を戻すが、何故追いかけて来たかと言うとだな……」


 ショウは気難しい顔になる。重々しい雰囲気で、口を開く。


「その、アンタが置いて行ったエナジードリンクを消費しようと王城の人達が飲んだんだが、皆してどっぷりはまって、もっと寄越せと求めるようになってしまったんだ。それで連れ戻すよう命じられたんだ、うん」

「完全に中毒じゃねーかそれ」


 呆れた理由に目を逸らして説明するショウに内心ちょっと同情してしまう旭だった。


「でも君達がわざわざ来る必要性あった?」

「私だって嫌だったわよ! けどあんなゾンビみたいな環境にいる方がもっと嫌だったからここまで来たの!! 分かったら戻って来なさい!!」


 キョウコが半泣きで言って来るあたり、本気なのだろう。


「いやあ、しかしなあ……」

「それは勝手が過ぎるんじゃないか?」


 会話にテューナが割って入って来る。


「こっちはもう出国するんだ。そっちの勝手で連れ戻されては困る」

「テューナ……」


 自分の身を案じてくれていることに、旭は感動すら覚えた。


「エナジードリンクは我輩達の物だ。お前ら小童に渡す分は無い。失せろ」

「デスヨネー」


 そうだろうと思ったと内心ガッカリする旭だった。


「しかし、そなたらは随分と探すのが下手なようじゃの。余らの道のりを追ってくれば、国境前で追い付けたはずじゃが?」


 確かに、旭達が進んだ道のりを追えば、資金集めでロスしていた分を考慮しても、簡単に追いつけるはずだ。


 それを聞いたリュウジがムッとした表情になる。


「追う前に手配書を持たせた伝書鳩を何度も飛ばして連絡したさ! けど全く情報が集まらなかったから俺達が……」


 リュウジの声が最後の方で明らかにトーンダウンする。


 テューナの足元に視線が向き、さっき吐き捨てた鳥の残骸を見つけていた。


「…………なあ、それ」

「うん?」


 リュウジが鳥の残骸を指差したので、テューナもそれに視線を向ける。


「ああ、これか。時々飛んで来るから取って喰った」


 テューナがここに来るまで食べていた鳥。あれら全て伝書鳩である。


 休憩中の所を悉く獲って食べていたのだ。 


「お前のせいかアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 絶叫するリュウジだったが、


「そんな事情知った事か。我輩からして見ればただのつまみだ」


 テューナは詫びれもしなかった。


「お前のせいでこっちは何とか情報が入った北ルートを通って来たんだぞ!! 何とか冒険者からの情報を拾って、ここに向かっている事を知ってギリギリ追い付けたんだ!! お前が食わなければこんなにも時間はかからなかったんだあ!!」


 リュウジの苦労話を絶叫する姿は、どれほどのモノだったのか物語っていた。


 何だか収集が付かなくなってきたと思ったハヤトが前に出てくる。


「とにかく、一緒に王都まで来てください」

「嫌だよ」


 真っ向から対立する両者。このままでは埒が明かない。


「それじゃあ5対5の実力勝負でどう?」


 マカリーが日光浴を終えて提案してくる。


「実力って、どうやって?」

「だから、全員で勝負して残った人数が多い方が勝ち。そして勝った方の要求を通す。これならいいんじゃない?」


 悪くない提案ではある。


 話し合いが駄目なら、勝負で決着を付けるのは世の常だ。時間の無い今の状況なら、その方が良い。


「良い案だな。憂さ晴らしもできて丁度いい」

「あ奴らを不敬罪に問えるなら余も賛同しよう」


 テューナとパントラもノリノリで賛成する。


「ちょっと待て。こっちは4人だが?」

「山羊を含めれば問題無いでしょ」

「メ?!」


 思わず山羊も声を出して驚いていた。


「流石にそれは無理あるぞ……」

「大丈夫大丈夫、5番勝負の一番最後にして、こっちが3勝すればいいだけよ」

「まあそれなら……」


 この方法なら、旭も山羊もギリギリ戦わなくて済む。テューナ達も強いので、問題無いだろう。


「分かった。それで提案してみよう」


 旭はショウ達の方を向いて


「おーい。提案なんだが……」


 提案しようとした時だった。



「死に晒せえ!!!」



 ケンタが剣を振り上げて斬りかかって来た。


「危ねえ!!?」


 旭はすんでの所で回避し、剣は地面を叩く。


「外したか」

「連れ帰るんじゃなかったのかよ?!!」

「腕の一本無くなった所でリュウジなら生やせる!!」

「信頼が無くなるわ!!」


 追撃してくるケンタの攻撃を回避しながら、旭も剣を抜く。


 剣と剣がぶつかり、つばめぜりあいが始まった。


 だが旭がパワー負けして簡単に押し返され、旭はケンタの攻撃からの回避に専念する。


「止めろケンタ!! ここは話し合いで納めるんだ!!」


 ハヤトがケンタを止めるために駆け出した。


「面倒くさいのは嫌いだ!!」

「だからあのバカ連れてくるの嫌だったのよ!!」


 キョウコも駆け出し、ケンタに近付く。


 その2人の前に、テューナとパントラが割って入る。


「な!? どうして割り込んでくるんですか!?」

「火蓋は切られたんだ。小童共も腹を括れ!!」

「既に死罪と不敬罪が決まっている以上、断罪以外の道はないのじゃ!!」

「戦闘狂とか嫌すぎる!!?」


 テューナはキョウコへ、パントラはハヤトへと突っ込んでいく。


「ちょっとちょっと!? 私の提案はどうなるのよ!?」


 マカリーも慌てて参戦する。


 マカリーの前に、リュウジが立ちはだかる。


「待ちなお嬢さん! 俺が相手だ!」

「数の都合上仕方ないわね!」


 こうして、マカリーとリュウジが激突する。


 一方で、


「どっちが何人残ると思う?」

「鎧組3、ドムトル組2じゃないか?」

「俺は4と1」

「私は5と0だ!」

「じゃあ0と5!!」

「いや流石に1と4だろ」


 旭達の前で並んでいた商人達が、勝手に賭けを始めていた。


 そして、


「…………」


 一人余ったショウは、


「メ~」


 山羊と対峙するのだった。


(これは、戦っていいのか……???)


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