第23話 国境で決戦Ⅱ



 テューナとキョウコの戦いは、凄まじいスピード勝負になっていた。



 連続でレイピアの突きを放つキョウコの攻撃を、テューナは素手で捌いていく。


(噓でしょ?! 何なのコイツ!?)


 キョウコの突きは、1秒に3回の速さで放たれている。


 回避が難しい胴体への攻撃なのにも関わらず、テューナは最小限の動きで躱していく。それを何十回も行っているのだ。


(ああもう!! 何が『勇者』の力よ!? それ以上に強い奴いるじゃない!!)


 キョウコを始め、勇者として呼ばれた学生達には、『勇者』のスキルが与えられている。


 『勇者』は保有者に常人を超えた身体能力、魔力、特別なスキルを与えるスキルだ。戦闘面においては、熟練の兵士にも勝てるほどの補正がかかっている。


 城内にいた兵士十数人を相手にしても、苦戦することなく勝てる強さはある。


 だが、テューナはそれを遥かに上回るポテンシャルを有しているのだ。


 テューナはレイピアの連撃を躱しながら、徐々に距離を詰めていく。


 そして、拳が届く範囲にまで距離が詰まる。


「やば!!?」


 キョウコは咄嗟に跳んで後退する。


 その寸前で、テューナのアッパーが顎を掠める。後退したのとほぼ同時に拳が飛んで来たのだ。


「あ、ぶな!!?」


 数歩跳んで更に距離を離し、間合いを開ける。


 テューナは舌打ちし、何度か拳を素振りする。


(い、今下がってなかったら確実に貰ってた!! もう嫌だコイツ!!)


 焦りの色を隠せず、額から汗が噴き出る。


 キョウコはレイピアを構え直し、テューナと今一度対峙する。


 テューナは余裕の表情で戦闘態勢を整えた。


「止めておけ小童。その程度の練度では勝てないぞ?」

「……聞きたいんだけどさ。どうしてあの人と一緒にいるの?」


 キョウコは間合いを維持したまま。テューナに問う。


「あの人を国に引き渡せば、貴方にもお金とか好待遇とか、手厚く迎えてくれると思うよ」


 『勇者』の力を持つキョウコがかすり傷一つ与えられない存在は、戦力として貴重だ。そんな存在を国が冷遇するはずがない。


 キョウコの提案に、テューナは鼻で笑い、


「我輩はそんな欲に興味は無い」


 不敵な笑みを浮かべた。


「金? 地位? いらぬいらぬ。我輩が欲しているのは、『面白い事』だ」

「面白い、こと……?」

「生まれてこの方退屈ばかりだった。殺しては食い殺しては食いを繰り返すだけの生。知性を使わない日々は、苦痛にも似た退屈ばかりが続いた」


 テューナは指を片手でパキパキ鳴らしながら、


「だが旭と出会い、夜天の主と出会って、我輩は心躍った。あんな感情は生まれて初めてだ。旭といれば、退屈しない日々を過ごせる。それが面白くて敵わんのだ……!」


 自分の心情を語る。


「だから旭を手放すつもりは毛頭ない。お前たちには諦めてもらうぞ」


 決着を付けるべく、一歩、足を踏み出す。


 

 踏み出した瞬間、テューナの横を、一頭の蝶が飛んで行った。



 見た事の無い紫色をした蝶は、ヒラヒラと舞い上がって行く。


「?」


 テューナが蝶を目で追うと、更に二頭目、三頭目と増え始め、瞬く間に辺り一帯蝶で埋め尽くされていく。


「何だ、これは……?!」 


 手で払っても、次から次へと湧いてくる。視界が蝶の群れで溢れかえり、さっきまで近くにいたキョウコの姿が全く見えなくなってしまった。


「……やっと効いてきたみたいね」


 蝶の群れの中から、キョウコの声が聞こえる。全方位に響く声が、方向感覚を狂わせる。


「これが私の勇者の力『紫界断蝶パープルバタフライエフェクト』。貴方の世界は、私が奪った」


 あまりにも眩し過ぎる蝶の群れに、テューナは思わず膝をついてしまう。


「……………………」


 キョウコは動けなくなったテューナを見て、


「ぷはあ!! やっと効いた!!」


 大きく息を吐いて、全身の力が抜けた。



 彼女の能力『紫界断蝶』は、『対象者がキョウコを一定時間注目しなければいけない』という厳しい発動条件がある。


 しかし一度発動すれば、キョウコが解除、又は発動中に気絶しなければ、対象は視界を蝶で埋め尽くされ続け、脳が狂い、立っている事すらままならなくなる。音で外の状況を確認することもできない。


 視覚と聴覚のみを完全妨害する能力だ。


 

 キョウコはレイピアを握り直し、膝をついて項垂れるテューナに近付く。


(近寄りすぎると気配でバレるから、慎重に近付かないと……)


 兵士相手にこの力を試し、どんな能力か、美点欠点は何かを事細かに調べ上げた。


 そして彼女は能力を把握した。


 故に、レイピアで無理の無い範囲で攻撃を継続し、注目し続けさせ、会話をする事で時間を稼いだという訳だ。


 一歩一歩近づき、レイピアの突きが届く範囲まで距離を詰めた。


(悪いけど、しばらく寝ててもらうよ)


 レイピアに魔法を纏わせ、しっかりと狙いを定める。


 キョウコが込めた魔法は【神経麻痺ナーブパラライズ】。ダメージは少ないが、直撃すれば大型の魔獣でも丸一日起き上がることはできない。


 慎重に狙いを定めた後、テューナの胸元を目掛けて、高速で突きを放った。



 確実に射抜いたと確信した時、テューナが突然動き出した。



 テューナは俯いたままキョウコの懐に飛び込み、レイピアを持つ手を左手でガッチリと掴んだ。


「んな!?」


 キョウコは慌てて後退しようとしたが、レイピアを持つ右手と、左足が動かない。


「な、何で……!?」


 左足に視線を落とすと、テューナの蛇柄のズボンの裾から一匹の蛇が這い出し、噛みついていた。


 噛まれた箇所は腫れ上がり、痺れる様な痛みでうまく動かせない。


「何よ、これ……?!」

『まさか我輩がここまで追い詰められるとは、油断した』


 テューナから、テューナとは別の声が聞こえた。


『しかしここまでだ。運が悪かったな』


 そして、また別の声が聞こえてきた。


 キョウコが足から視線を上げると、テューナの首元に、埋まるようにして、山羊と龍の頭があった。


 気味が悪いソレは、キョウコを睨んでいる。


「な、は」

『頭に直接影響を及ぼす術か。大したものだ』

『だが有効なのは一つだけ。残念だったな』


 キョウコが理解し終える前に、テューナの右拳が強く握られる。


 右拳は握ったのと同時に、龍の鱗を纏い、大きく膨らむ。瞬く間に巨大な龍を模した腕が出来上がり、ゆっくりと振り上げる。


『『終わりだ。中々つまらなかったぞ』』


 空気の爆発が発生する速度で放たれたパンチが、キョウコの顔面を捉えた。


 常人ならここで頭が破裂するだろうが、『勇者』の力を持つキョウコはそうはならなかった。


 殴られた衝撃で、回転しながら天高く宙を舞う。


 顔面を殴られたことで大量の出血を伴いながら、キョウコは弧を描いて吹っ飛んで行った。


 そして、ベチャ!! という嫌な音を立てて地面に落下する。


 『勇者』の力でかなり頑丈だったおかげで、大怪我はしたものの、気絶するだけで済んだ。


 同時に、テューナの意識が戻る。


「…………次からはもっと早く決着を付けるようにしなくてわな」


 勝利と共に、教訓も得たテューナだった。



 ◆◆◆



 テューナが決着する少し前



 マカリーとリュウジは激しい戦闘が行われていた。



 マカリーは巨大な木の両腕を後頭部から生やし、目にも止まらぬ連撃をリュウジに叩き込む。


 リュウジはマカリーの攻撃を回避しながら魔法攻撃を放つが、攻撃したタイミングで木の腕が攻撃を振り払っていた。


(どうなってんだ!? 自動反撃の機能でも付いてんのかあの腕?!)


 何とか【無詠唱魔法】で対応しているが、一歩間違えれば直撃を喰らって一発気絶だろう。


(どさくさに紛れてあの超爆乳おっぱい揉めると思ったけど、現実は甘くないな!!)

「今不埒なこと考えたでしょ?!」


 更に攻撃が激化し、リュウジに襲い掛かる。


 地面が吹き飛び、次々と穴を開けていく。


 リュウジも何とか回避し、魔法攻撃を連続で放って行く。


「こんの……!!」


 回避からの魔法攻撃を放とうとした時だった。


 リュウジの両足が突然、地面から離れなくなった。


「何だ!?」


 足元を見ると、両足に大量の木の枝が巻き付いていたのだ。


 ガッチリと絡みつき、すぐに外すことはできそうにない。


(これは、まさか、あのお嬢さんがやったのか!?)


 動けなくなったリュウジを見たマカリーは、


(引っ掛かった!!)


 内心思惑通りにいったことに、心の中でほくそ笑んだ。


 リュウジの引っ掛かった罠は、ケンタ達が現れた時から準備していたものだ。


 万が一襲撃された時を考慮し、一時的でも動けなくさせるための罠を、こっそりと張り巡らせていた。


 足の裏から地面に根を張り、いつでも自分の意思で発動できるようにしたのだ。


 そして今、リュウジが両足をしっかりと付け、すぐに外されない態勢に入った絶好のタイミングで、罠を起動した。


 結果、リュウジは大きな隙を見せ、自身の最高威力の一撃を入れられる状態にまで追い込めた。


「ここで、決める!!」


 マカリーは木の腕に魔力を込め、今までにない強力な一撃を放つために大きく振りかぶった。


「ちょ、ま!!?」

「ゼラアアアアア!!!」


 リュウジの命乞いも聞かず、マカリーは最大級のパンチを放つ。


 

 その最中、リュウジは不敵な笑みを浮かべていた。



(かかった!! 【超反撃ハイパーカウンター】!!)


 リュウジが無詠唱で使用した【超反撃】は、相手の攻撃を10倍にして返す魔術だ。


 普通のパンチでこれが発動すれば、相手の腕が容赦なく粉砕骨折する威力を返す。


 消費魔力が大きく、発動する範囲も狭いため、扱いはかなり難しいが、決まれば一撃で勝負が付く代物だ。


(お嬢さんには酷だが、この一撃で俺の勝ちだ!!!)


 既にマカリーの一撃は放たれ、リュウジの【超反撃】も発動している。


 覆せない結末が見えた今、リュウジは勝利を確信した。


(終わりだ!!)



 心の中で叫んだ瞬間、



 ドズブウ!!!!!



 という炸裂音が、リュウジの尻穴に直撃した。



 それは、マカリーが仕掛けたもう一つの罠。


 『一定の魔力上昇量を感知した時、魔力量に比例して背後から攻撃する』という罠だ。


 その罠は地面から勢い良く生え、ドリル状になった木の杭の先端が飛び出してくる。


 【超反撃】の膨大な魔力に反応し、ドリルの杭が炸裂音を発する程の威力にまで増大して発射されたのだ。


 マカリーも意図した訳では無いが、不運にもドリルの杭はリュウジの尻穴目掛けて刺さってしまった。その上、足元が固定されているため、力の拡散も許されず、尻穴の3倍の太さもある杭が、服ごと尻穴に食い込んでいる。



 衝撃と激痛は、コンマ1秒の世界でリュウジの脳内に届いてしまった。



「ンアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?」



 心の中の叫びは、一瞬で激痛への絶叫へと転じてしまう。



 そこに更なる悲劇が発生する。



 折角発動した【超反撃】だが、無詠唱のため、マカリーの攻撃が当たるまで意識を集中しておかなければ霧散してしまうのだ。


 今の絶叫で、【超反撃】は綺麗さっぱり無意味になってしまった。


 

 結果、マカリーの渾身の一撃を、リュウジのその身に直撃させてしまう。



 しかも、この一撃が斜め上から叩き込まれている。


 渾身の一撃に押され、ズボンの布を貫通していなかったドリルの杭が、見事突き破って貫通した。


 

「\(^o^)/」



 リュウジの頭の中は、言葉にならない激痛に支配され、叫びを超えた幻覚が沸いていた。



 マカリーはそんな事お構いなしに渾身の一撃を押し込み、リュウジを殴り飛ばそうと更に力を加える。


 リュウジを固定する両足を縛る木の拘束と、尻穴に刺さっているドリルの杭がマカリーの渾身の一撃の威力に耐え切れず、メキメキと音を上げて壊れ始める。


「ゼラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 力一杯の叫びと共に、マカリーはとうとうリュウジを殴り飛ばした。


 リュウジの尻には、中途半端な所で折れたドリルの杭が刺さったままだ。


 地面を少々滑空し、高度が下がって何度か地面を跳ねた。


 その時に杭が地面に接触して尻穴をこねくりまわし、更なる被害を発生させる。


 最終的に、リュウジは軽く宙を舞ってから尻だけを上げる形で着地した。同時に、リュウジの尻穴の隙間から、血があふれ出し、杭の周囲を真っ赤に染め上げる。


 この時には流石にリュウジも気絶していたが、


「おっと、やりすぎちゃったわね」


 マカリーはリュウジに近付き、善意で尻穴に刺さったドリルの杭を無理矢理引っこ抜いた。


 ズボ!! というデカい音を上げたのと同時に、リュウジの尻から噴水の如く出血が始まる。


「オロロロロロロロロロロロロロロロ!!!!!」


 激痛で起こされたリュウジは痙攣しながら覚醒するが、もはや意識が錯乱している。


「これはマズイかも」


 マカリーも流石に危険だと判断し、出血を止めるべく


「そい!!」


 尻穴に魔法で作った木の苗を植え付けた。


 治療効果のある木なので、しばらくすれば怪我が治るのだ。


「このままじゃ素っ気ないから……」


 マカリーはついでに苗を成長させ、花開く小さな木へ変貌させる。リュウジの緑色の服も相まって、山の山頂に咲く大木のミニチュアの様になった。


「これでよし!!」


 満足げなマカリーだったが、リュウジは屍の様に動かなくなっていた。



 それを見ていた外野の商人たちが、全員尻を押さえていたのは言うまでもない。



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