第24話 国境で決戦Ⅲ
テューナとキョウコが激突していた同刻
ハヤトとパントラもまた、激闘を繰り広げていた。
ハヤトの流水の如く放ち続ける槍の連撃を、パントラは足技だけでぶつかり合い、寸分の隙の無い攻防が行わていた。
槍の突き、払いを途切れることなく高速で繰り出しているが、それら全てを足で払いのけ、軌道をずらして当たらない方向へ流してしまう。それをこの数分間、永遠と繰り返しているのだ。
ハヤトもこれには内心驚いていた。
(まさかここまで強い婦人がいるとは思わなかった……。世界は広いな)
感心しながらも、攻撃の手は緩めない。学生でありながらこの集中力は、ハヤトの生まれながらの物だ。召喚された学生の中で、一番真面目な優等生でもある。
集中を重ね、パントラの隙を付こうと攻撃を続ける。
(ん?)
その途中、パントラの足技の最中に、腰布の奥がチラリと見えてしまった。
そこには、見えてはいけないモノが見えていた。
「ブハ!!?」
ハヤトは目撃したのと同時に、勢いよく鼻血を噴出してしまう。
「ま、まずい……!」
すぐにパントラの攻撃が届かない間合いまで後退し、鼻を押さえて下を向く。
「【
急いで処置を施し、鼻血を止めた。もう出てないのを確認し、再び槍を構える。
(女性に耐性が無いのは、やはり致命的か)
ハヤトは異性の知識が致命的に乏しい。
そのため、女性の裸を見ただけで鼻血が出てしまう残念な体質なのだ。
ほぼ裸のパントラを目の前にしてから、鼻血と動機を押さえるために、気持ちを落ち着かせる魔術【
非常に辛い状況だが、ここで負ける訳にはいかない。
(帰る手段を掴むには、今の環境が一番恵まれている。それを悪化させるのは何としても避けなければ!!)
ハヤトはパントラに向かって駆け出し、突きを放つ。
パントラは突きを寸での所で躱し、槍の柄をつまんで見せた。
「何!?」
「もう見飽きた。この程度の槍術で、余に勝てる訳がないのじゃ」
直後、パントラの全身から半透明の物体が湧き出した。パントラに仕える幽霊達だ。
「っ!!?」
ハヤトは槍からパントラの手を振り払い、跳躍して後退する。
「勘はいいようじゃな。じゃが」
パントラは幽霊たちに指示を出し、ハヤトを襲わせる。
(あれは、喰らったらマズイ!!?)
ハヤトは背筋が凍る感覚を感じ取り、急いで魔法を展開する。
「【
自身の周囲を魔力を帯びた水で取り囲み、球状の防御用の壁を作り出した。
幽霊達は構わずハヤトに向かって飛んでいく。
だが、水の壁と接触した瞬間、幽霊達は弾き飛ばされてしまったのだ。
幽霊達は何度か突破を試みるが、全て弾かれ、一度パントラの元へ戻って行った。
「……魔力を含んだ水が邪魔になっているようじゃな」
パントラは何故幽霊が突破できないのかを瞬時に見破る。
「ならば!!」
炎と氷の魔法を両手から発動し、
「破壊するまでじゃ!!」
【水流壁】に向かって発射する。
噴射された炎と氷は、衝突と同時に大量の蒸気を発生させる。急激な温度差による変化によって、パントラとハヤトの周辺だけ蒸気の霧に包まれる。
視界が悪くなったことで、ハヤトはパントラを見失ってしまった。
(どこから来る……?)
【水流壁】はまだ展開している。
もしパントラが攻撃してくるのなら、必ず壁にぶつかる。それでいる方向が分かるはず。
ハヤトは槍を構え、パントラの攻撃を待つ。
離れた所から別の戦闘音が聞こえる程、周囲から音が聞こえない。気配すら感じられない事に、不気味さすら感じる。
槍を握りしめた瞬間、バチン!! という音が響く。
【水流壁】に何かが当たった音だ。
【水流壁】の防御力が高いおかげで、水飛沫がハヤトに当たる程度で済む。
ハヤトは飛沫が上がった方向に視線を向ける。だが、パントラの気配はない。
視線を向けている間に、また別の方向から音が鳴る。
再び視線を向けるが、今度は幾つもの方向から音が鳴る。その音は幾重にも増え続け、ほぼ全方向から攻撃され始めた。
(これは、魔法による全方位攻撃か!?)
攻撃の激しさは増し、全身に少量の水をかけられ続けている状況になっていた。
ハヤトの全身は濡れ、鎧の下まで湿ってしまった。
(ダメージが無いのはいいが、ここまで濡らされるのも良くないな……)
相手の攻撃が緩んだ瞬間を狙って、この状況から脱しようと模索する。
思考を整えるために、軽く深呼吸した時、
彼の口から、白い息が漏れた。
「…………?」
白い息が出たことに疑問を感じ、もう一度息を吐く。
それは確かに白い息だ。
同時に、手足の感覚が鈍くなっていた。
「こ、れは……!!?」
この感覚には覚えがあった。
『しもやけ』だ。
その感覚は徐々に、全身に広がりつつあった。
「まさか……!!」
ハヤトが気が付いた時には、周囲の異変は既に完了していた。
気温が、極端に下がっている。
おそらくは氷点下、それよりも寒い零下まで下がっている。
(奪われてる!! 著しく体温が下がってしまっている!!!)
ハヤトの指先は凍り付き、感覚がほぼ無くなってきている。
(攻撃は俺にダメージを与えるためではなく、俺に水を浴びせるためだった! 何てことだ! 氷の魔法を使っている時点で考慮すべきだった!!)
焦る余裕はなく、すぐにでも行動に移さなければ低体温症で動けなくなる。
ハヤトは槍を突く態勢に入る。
(前方にいる可能性を考慮して、全力で突進して離脱する!!)
魔力を解放し、『勇者』としての力を槍に込める。そして、大河を堰き止める蓋を解放するが如く、一気に解き放った。
【
巨大な龍の突撃とも見間違えるその一撃は、猛進する濁流のようだった。
瞬時に零下の空間と霧を抜け、一先ず危機を脱した。
ように思えた。
「浅慮じゃの、雑種」
槍が減速したタイミングで、パントラの声が聞こえた。
パントラは上からフワリと、突き出している槍の上に片足で着地した。
「余が地上にいると思ったか? 発想が貧困じゃの」
何故パントラが上から降りて来たのか。
それはパントラが幽霊を使って宙に浮いていたからだ。
先日、旭から貰った新たなエナジードリンク『クリーチャー ホワイトテイスト』により、幽霊に触れる、接触できるようになった。
それを応用して、パントラは家来の幽霊達を踏み台に、宙に浮くことができるようになったのだ。
霧でハヤトの視界を奪った後、幽霊に乗って浮遊し、幽霊達にもエナジードリンクの魔力を分け与え、氷の魔法攻撃を仕掛けた。
同時に、幽霊達は周囲の温度を【熱剝奪】で奪い続け、見えていないハヤトの周囲だけを急激に気温を下げたのだ。
判断力と動きが鈍った状態で出て来た所で、パントラが幽霊から降りて来たという訳だ。
ゆっくりと、もう片方の足を天に向かって上げる。
上げた方の足の筋肉が膨張し、凄まじい筋力が込められる。
「あと、余の秘部を見たな?」
「あ、れは! 不可抗力で!!」
ハヤトが顔を上げた瞬間、腰布の隙間から、また見えてしまった。足を上げているせいで、余計に見えやすかった。
「ブハ!?!?!?」
またもや鼻血が出てしまい、片手で鼻を押さえ、下を向いてしまった。
「不敬!!!!!」
パントラは容赦なく足を振り下ろし、ハヤトの後頭部に踵落としを炸裂させる。
骨が割れる様な爆音と共に直撃し、頭部全体に衝撃が爆裂する。
その衝撃は真っ先に脆くなった鼻に伝わり、鼻血を更に大噴出させた。
「フブハ!!!!!」
意味不明な言葉と共に大量の鼻血が壊れた蛇口のように飛び出し、一瞬で失血状態になってしまった。
そのままハヤトは気を失い、自身の出した鼻血の池に顔面から飛び込んで、沈んだ。
決着が付いたパントラは、フン、と鼻を鳴らす。
「口ほどにも無いのじゃ」
◆◆◆
テューナ、パントラ、マカリーの決着が付いた頃
旭はまだケンタの攻撃を躱していた。
「いい加減真面目に戦えこの野郎!!」
「これが俺の戦い方バーカ!!」
「殺す!!」
口喧嘩しながら、しょうもない攻防を繰り返す。
その傍らで、
「……………………」
「メ~~~」
ショウは山羊に周囲を旋回されていた。
さっきから何がしたいのか分からないが、山羊はずっとショウを見続け、何故か旋回し続けている。
ショウはどう対処すればいいのか分からず、困り果てていたのだ。
(山羊なんて触ったことも無いし……、そもそも攻撃していいのかすら分からん……)
チラリと周囲を見ると、キョウコ、ハヤト、リュウジが無残な姿で負けていた。
テューナ達がその3人を一カ所に集めている最中だ。
(俺の勇者の力『絶対守護』だったら、ああはならなかっただろうな……)
ショウの『絶対守護』は、全身を召喚した鎧で固める変身系防御能力だ。
これさえあればケンタ達の全力攻撃にも耐えられる優れた能力である。だが、攻撃手段が無いのが唯一で最大の欠点だ。
(けど相手が山羊じゃなあ……)
悶々と考えていると、山羊が旋回を止める。
ショウの目の前で止まった山羊は、ジッとショウを見つめる。
「? 何だ?」
「………………」
次の瞬間、
スクッ、と、山羊の頭で翼を生やした筋肉モリモリの大男の肉体になって立ち上がった。
上半身は人間の男の裸、下半身は山羊のままで立ち上がり、3mはある巨体でショウを見下ろす。
「「うわあ!? 過程をすっ飛ばし過ぎだ!!?」」
旭とマカリーは思わずツッコミを入れてしまった。
ショウは突然の事態に、フルフェイスのマスクを展開し、完全防御態勢に入る。
これなら全身どこから攻撃されても無傷で済む。
(びっっっくりしたあ!!? え、何あれ? 山羊? もう山羊じゃないよなアレ!? どう見ても悪魔なサタンじゃん!! 白いけど!!)
混乱するショウは持っていた盾を山羊(?)の前に突き出し、攻撃に備える。
(筋肉モリモリマッチョマンってことは物理系で間違いない! ならこの『絶対守護』で身を固めていれば大丈夫だ!!)
鎧の下は汗まみれだが、万全の態勢で山羊(?)と対峙する。
山羊はゆっくりと手を伸ばし、ショウの両肩を掴んだ。
「無駄だ!! 投げの衝撃も俺には効かな
アグン
全て言い切る前に、山羊はショウの頭を口に入れた。
あまりにも不思議な状況に、旭一行、ケンタ、観戦していた順番待ちの人達は、完全に動くのも喋るのも止まってしまった。
アグアグと噛み締める山羊に、ショウは驚愕を通り越して反応すらできていなかった。
「…………えっと、これは一体……?」
思わず丁寧に聞いてしまうショウ。
山羊はショウの頭を口に入れたまま、鼻から思いっ切り空気を吸う。そして、
「メアアアアアアアアアアアア!!!!!」
次の瞬間、ショウを加えたまま紫色の煙を口から噴き出した。
まるで蒸気機関車の蒸気の様に煙を吐き続け、あっという間にショウと山羊の周辺を埋め尽くす。
同時に、ショウがバタバタと手足を暴れさせ始めた。
「くぁzwsぇdcrfvtgbyhぬjみこp!?!?!?」
訳の分からない言葉を発しながら、何とか抜け出そうと必死になっているが、ガッチリと掴まれているため、それは敵わない。
紫色の煙は、少しだけ漏れてケンタと旭の所にも風で運ばれていく。
その臭いを嗅いだ二人は、鼻をピクピクと反応させた後、
「「おうえくっさ!!?」」
あまりの悪臭に、思わず顔を背けてしまった。
山羊が噴き出した紫色の煙の正体は、激臭ガスである。
少し嗅いだだけでもとんでもなく臭く、もし直撃を喰らえば、鼻どころか心も折れる酷さだ。
臭いは『絶対守護』でもどうしようもなく、全てショウの鼻に届いていた。
「……………………」
しばらく暴れていたショウは大人しくなり、小さく痙攣しながら、全身から力が抜けてぐったりしていた。
山羊は完全に動かなくなったのを感じ取ったのか、ゆっくりとショウから口を離す。
鎧の下にある顔は涎だらけになったフルフェイスのマスクで見えないが、隙間から泡を吹いているのが見えているので、気絶しているようだ。
それを見た山羊は、ショウから手を離し、地面に倒す。
そして、一瞬で元の山羊の姿へ戻し、テューナ達が待つ方へ向かう。
「メ~~~」
「何食わぬ顔で戻って来るな?!」
マカリーがツッコむが、そんな事お構いなしにパントラの椅子になる。
パントラも山羊の上に座り、ようやくポジション的に落ち着いた。
「アナタ、一体何なの……?」
「メエ」
マカリーの疑問に、短く答えるだけの山羊だった。
残るは旭とケンタ。
一騎打ちの形となった。
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