第25話 国境で決戦Ⅳ
5対5の同時対決は、終盤を迎えていた。
勇者側が4人倒され、残るは旭とケンタの対決のみとなった。
賭けをしていた外野は、
「畜生もう4かよ!?」
「全然駄目じゃねえか鎧の奴ら!?」
「俺の金返せ!!」
自分達の賭けで白熱し、好き勝手言っていた。
「うるせえ黙ってろ!!」
ケンタは外野に向かって吠える。思い通りにいかず、イライラしている様子だった。
一方で、テューナ、パントラ、マカリーは旭とケンタの対決を離れた所から見守っていた。
「いいの? 手助けしなくて?」
マカリーが2人に聞くと、
「する必要が無い。ここで躓くようならこの先目的を果たす前に死ぬ」
「いい機会じゃ。乗り越えて家来としての格を上げるがよい」
そんな気はさらさらないと言った雰囲気だった。
マカリーもここで加勢したら、旭にとって大事なことが身に付かない気がしていた。
3人はこのまま見守ることにしたのだった。
ケンタが外野に吠えた後、旭は剣を向けながら、
「どうした? 本気を出さないと俺は倒せないぞ?」
ケンタを挑発する。
顔を真っ赤にさせるケンタの全身に、無用な力が入った。
(よしよし、このまま消耗させて、攻撃する体力がなくなったところを一撃だ!)
旭は力では不利だというのは理解しているので、何とか勝てる方法として、これが最適解だと確信している。
一定の間合いを開け、どんな攻撃が来ても躱せるようにし、適宜エナジードリンクの力を使って対処できるようにしておく。
(もっと他にやりようがあるかもしれないけど、今はこれが俺の精一杯。負けたらテューナ達に何言われるか分からんしな!)
既に団体戦としては決着がついているが、一人だけ負けたとなったら、えらい目に合わされそうな確信があった。
相手も話が出来ない馬鹿なので、説得するのもとうに諦めている。
戦って勝つ。それ以外の選択肢が消去されているので、この一択だけだ。
旭の挑発を受けたケンタは顔を真っ赤にしていたが、徐々に冷静さを取り戻していく。
「……そうだな。こうなったら本気を出そう」
「え?」
ケンタは突然鎧を脱ぎ始めた。
僅か十数秒で脱ぎ終わり、上半身裸になっていた。
(何で上半身裸に……?)
旭が不思議に思っていると、
「フン!!」
ケンタは全身に力を入れる。
直後、ケンタの上半身が激しく燃え始めた。
火炎放射の様に燃え上がり、上半身が見えなくなる。
「な、何だあ!?」
旭は驚きのあまり声を上げる。
ケンタの炎は徐々に小さくなり、その正体を現す。
さっきまで燃えていた上半身は、炎と黒い溶岩で作られた悪魔の様な姿になっていた。
赤く燃える髪、額に溶岩でできた二本の角、猛獣を掛け合わせた鋭い目と凶悪な牙を生やした口、盛り上がった筋肉達。上半身に血管の様に入ったヒビからは、火が噴き出している。
元の人間の姿からは想像もできなかった、禍々しい変貌を遂げていた。
『これが俺の勇者の力! 【
声もいくつか重ねた様なものに変わり、余計に邪悪さを感じさせる。
その姿を見て、旭は一つ疑問に思った。
「……それが本来の戦闘スタイルか?」
『そうだ!!』
「……剣は使わないのか?」
旭は途中から投げ出した剣について知りたくなった。ケンタがどう見ても肉弾戦ような構えになっているからだ。
『あれは飾りだ!!』
「そうかい」
どうりで剣が躱しやすいと思い、納得と呆れの返答をしてしまう旭だった。
その隙に、ケンタは両手から炎を上げ、火の玉を作り出した。
『喰らえ! 【
両手を突き出し、旭目掛けて火の玉を発射する。
「うお!!?」
旭は慌てて回避し、直撃を免れる。
外れた火の玉は地面に着弾し、着弾と同時に爆発した。数m離れていた旭にも届く爆風と熱を起こし、地面を吹き飛ばしていた。
それを見た旭は
「本気で殺す気かこの馬鹿!!?」
叫ばずにはいられなかった。
『表面が黒くなるだけだから大丈夫だ!!』
「料理じゃねえんだよ!!」
そんな暴言のやり取りをしている最中でも、ケンタは【火炎球】を放ち、旭はそれを回避するという行動を繰り返していた。
雨の様に発射してくる攻撃に、旭は右往左往してしまう。
商人達やテューナ達の方に行かない様、細心の注意を払う。
「しっかりしろ! お主なら死なん!」
「情けないぞ家来!!」
「声のトーン的に罵倒してるねそれ!!?」
テューナとマカリーの声援?にツッコミながら回避し続ける。
いつまでも攻撃を止めないケンタに腹が立った旭は、
「いい加減に、しろ!!」
手をケンタの方に突き出し、スキル『エナジードリンク』で大量のエナジードリンクを放出する。
その勢いは中身の入った缶を軽く投げた程度の速さしかないが、
『イデデデデデ!?!?!?』
当たれば十分にダメージになっていた。
『テメエ……! ふざけた攻撃しやがって!!』
「殺されるよりマシだ!!」
少々子供じみたやり取りをしながら攻撃の応酬を繰り広げる。
時折互いの攻撃がぶつかり合い、小さな爆発を起こす。
その中でも、旭は攻撃の手を緩めず、少しずつでもケンタにダメージを与え続ける。自身は回避行動を繰り返し、かすり傷一つ付いていない。
(どうなるかと思ったけど、これなら……!)
そう思っていた時、【火炎球】で出来た窪みに足を取られ、態勢を崩してしまった。
「しま?!」
『そこだあ!!』
ケンタは掌を少し広げた状態で両腕を大きく上に上げ、両手が前に突き出す形になるように思いっ切り振り下ろし、両手首をくっつける。
【
掌から巨大な炎が噴き出し、鳥に姿を変えて旭に向かって飛んで行く。
全てを燃やし尽くす程の火炎の鳥が、旭に襲い掛かる。
旭は回避することもままならず、火炎の鳥に取り込まれる。
直撃と同時に、大爆発が起こった。
爆風は遠くにいる外野の商人達にも届き、数百m先からでも分かる大きさの爆炎が空に向かって巻き起こる。
ケンタは爆発の煙に巻かれていた。
(よし!! 倒した!!)
内心旭を倒したことを喜んでいたが、
(けど、本気を出せなかったのはもどかしいな……)
同時に不満も覚えていた。
先ほど放った【火炎鳳凰砲】は、ケンタの持つ技の中でも5番目の威力の技だ。
それ以上の技は、消費魔力が大きいが、1番目と2番目を除いて連発をするこができる。
ただ、4番目からは威力が段違いに上がり、軍のような大人数を相手取って使う無差別攻撃の類ばかりだ。
前に一回使った時に、あまりの威力の高さに、許可が下りるまでは使うなとハヤト達に念を押された。
(これより強い技使ったらまた説教されそうだし、仕方ないが、ここは我慢だ)
色々と考えている内に、爆発による土煙が晴れて来た。
(けどこれだけやると丸焦げだな。後でリュウジに治させないとな……)
そんな事を思っていたが、
『……ん?』
ケンタは目の前の光景を疑った。
何故なら、視界に入って来たのは、旭の姿ではなく、自動販売機だったからだ。
黒焦げになって壊れた自動販売機は消滅し、その後ろから旭が姿を現した。
旭は無傷で立っている。
【火炎鳳凰砲】が直撃する寸前、旭は自動販売機を出現させ、盾代わりにして攻撃を防いでいたのだ。
『何?!』
ケンタが驚いている隙に、旭は剣を構えてケンタに向かって走り出した。
(危なかった! 自動販売機が使えてなかったら間違いなく死んでたぞ!!)
心の中で悪態をつきながら、エナジードリンクの力を解放する。
(残量があと半分。途中で補給したかったけど、コイツ相手にそんな余裕はない。こうなったら短期決戦だ!!)
『身体強化』、『俊敏性上昇』、『集中力上昇』の効果を最大にまで引き上げ、数十m離れているケンタの傍まで、ものの数秒で到達しようとしていた。
『ならもう一度だ!!』
ケンタは駆け寄って来る旭に、再び【火炎鳳凰砲】を放とうと、両手を上げる。
「それなら頭上に注意しな!!」
『あん?!』
両手を上げた直後、突然影が現れる。
ケンタが見上げると、自動販売機が頭上目掛けて落ちて来ていたのだ。
「そのまま潰れろ!!」
『何のお!!』
ケンタは上げた両手で落ちてくる自動販売機を受け止める。『勇者』の力を持つケンタには、これ位持ち上げるのは朝飯前なのだ。
すぐに投げ出したかったが、運悪く角が自動販売機の底に突き刺さり、すぐには捨てられなかった。
しかしここでそれを言わないのがケンタだ。
『甘かったな!! この程度じゃ俺は倒せないぞ!!』
「だが両手は塞がった!!」
旭は剣を両手で握り、ケンタの腹に向かって突き刺そうとする。
『それも甘いぜ!!』
ケンタは空気を一気に吸い込んだ。
【火炎放射】!!
炎を口から吐き出し、旭に炎が襲い掛かる。
旭は咄嗟に炎に向かって片手を突き出し、
「『エナジードリンク』!!!」
スキルを発動する。
掌からエナジードリンクが飛び出し、ケンタの口一杯に放り込む。
『モガガ!?』
缶が蓋になり、【火炎放射】を無理矢理止められる。
何とか吐き出そうとしているその隙に、旭はケンタの腹に剣を突き立てた。剣先が接触したのが、感触で分かる。
(これで!!)
腹に刺さった瞬間、剣が折れた。
【灼炎魔人】のあまりの強度に、剣の耐久力が負けたのだ。
ケンタは缶を吐き出し、不敵な笑みを浮かべる。
『残念だったな。俺の上半身は無敵だ!!』
そう言って腕を振り下ろそうとする。
多くの者が旭の負けを確信する中、旭自身は諦めていなかった。
何故なら、ケンタ本人が弱点を露呈したからだ。
「そうか、上半身は無敵か」
旭は剣を手放し、足に力を入れる。
「なら下半身は無敵じゃないってことだな!!」
ケンタが両手を振り下ろすよりも早く、旭がケンタの股間を蹴り飛ばした。
残りのエナジードリンクのエネルギーの全てを使い、自身の足が千切れてしまうのではないかと思える力と速さの蹴りが炸裂し、ケンタの股間に見事叩き込まれた。
ケンタは今まで感じた事の無い股間への大ダメージに、漫画で見る様な痛がりっぷりを表情で表していた。痛みのあまり、声も出せないのだ。
観戦していた商人達も、思わず股間を押さえる。
旭は自分が蹴った箇所にあった物が、潰れた様な感触が伝わって来て、何だか嫌な気分になっていた。
(これしかなかったとは言え、ちょっとなあ……)
ゆっくりと足を退け、自動販売機を消してから、ケンタから距離を取る。
『お、おご、おお、う、ぐう……!!?』
ケンタは痛みのあまり悶えながら後退し、思わず股間を押さえようと両手を下ろした。
しかし、これが大惨事の引き金になってしまった。
ケンタは頭が良くないので、長い詠唱が苦手だ。
それをカバーするために、動作で詠唱を補っていた。両手首を付ける動作がそれだ。
本人は痛みのあまりその事を失念し、魔力を込めた状態で股間に手をやってしまった。そして、股間を押さえたタイミングで、両手首が付いてしまった。
するとどうなるか。
ケンタは自身の股間に【火炎鳳凰砲】をしてしまったのだ。
ダメージを負った下半身に、自ら追い打ちをかける形で大爆発をかました。
近くにいた旭すら吹っ飛ばし、さっきとは比にならない爆風と爆音を上げて燃え上がった。
旭は吹っ飛びながら、
「爆発オチなんてサイテー!!」
昔ネットで流行った言葉を使ってツッコむのだった。
呆気ない形でケンタとの決着が付き、旭達一行は完全勝利した。
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