第21話 明かして秘密
旭が目を覚ましたのは、気絶してから2日後のことだった。
「そうか、そんなに寝てたのか……」
診療所のベッドで横になりながら、状況報告をしに来たテューナが鳥を咀嚼しながら伝える。
「傷もマカリーが用意した薬草で完治したそうだ。明日にでも動けるぞ」
「分かった。それまでゆっくりさせてもらうよ」
「まあその前に我輩とあの2人の正体がバレそうだがな」
よく見るとテューナの身体が徐々に崩れているように見える。魔力切れ寸前で元の姿に戻りかけているのだ。
「スキル『エナジードリンク』!!!」
慌てて全員分のエナジードリンクをテューナに渡すのだった。
◆◆◆
翌日
旭は動きに問題が無いかを確認する。
(痛い所も無いし、火傷をした所も大した痕になってない。パントラとマカリーに感謝だな)
完全に回復し、診療所の先生にお礼を言ってからテューナ達がいるギルドへ向かう。
町はデミウルゴスが暴れた跡が至る所に残っており、白い建物のあちこちが燃えて黒くなった箇所が目に付く。
(これは、損害賠償ものかなあ……)
気が重い旭だったが、十数分でギルドに到着した。
中に入ると、冒険者達が忙しそうに右往左往していた。そんな中、テーブルの所でテューナ達3人と山羊が座って待っていた。
「皆!!」
旭は手を振ってテューナ達と合流する。
「お主か。昨日ぶりだな」
「遅いぞ家来。不敬じゃ」
テューナとパントラはいつも通りに話しかけてくるが、マカリーだけグッタリしていた。
「……マカリーどうしたんだ?」
「ああ、この
「つ、疲れた……」
ヘトヘトになっているマカリーに、旭はエナジードリンクを渡す。
「はいこれ。飲んで魔力を回復させてくれ」
「ありがとう……」
マカリーはグビグビ飲み干し、プハーと息を吐いて落ち着いた。仕事終わりの一杯なのだから、美味しいに決まっている。
そこへ、
「よおアサヒ。もう大丈夫みたいだな」
コンヂートが話しかけてくる。その後ろには、サラが控えていた。
「コンヂートさん、この度は色々と……」
「気にするな。むしろ被害が取り返しがつく物だけで済んだのが不幸中の幸いだ。お前が気に病む必要性は無い」
「……ありがとうございます」
コンヂートの言葉で、旭の心が少しだけ、罪悪感から軽くなる。
「さて、今回の報酬だが、青依頼の遺跡探索は依頼主である教会から依頼完了書が届いた。デミウルゴス討伐は赤依頼という事で、追加報酬も来ているぞ」
コンヂートはサラに資料を渡してもらい、目を通す。
「更に町からの白依頼もテューナ達が達成したから、旭達全員『銀級』に昇級だ。おめでとう」
「おめでとうございます!」
コンヂートとサラは笑顔で祝福してくれた。
(ほぼマッチポンプだから素直に喜べない)
旭は内心苦しくなりながら、引きつった笑顔でとりあえず喜ぶことにした。
「これで一つ目の条件は達成だな」
「当然じゃな」
「後はお金ね」
そんな旭の心など知らず、3人は資金繰りについての話を始める。
「ちなみに今回の報酬の合計金額は、教会の損害賠償分を引いて銀と剣10枚だ。残念だったな」
「逮捕されないだけマシだと思います」
胃を痛めながら答える旭だった。
コンヂートは奥へ戻ったが、サラだけ残って近寄って来る。
「皆さんよろしいですか?」
「はい、なんでしょう」
「実は、グスタフ様から揃い次第教会まで来るようにと伝言を預かってまして……」
「グスタフさんから?」
グスタフという言葉に真っ先に反応したのは、マカリーだった。
マカリーは無言でサラの言葉を聞く。
「はい。どうもお話ししたい事があるとか……」
「……分かりました。すぐに向かいます」
旭達はギルドを出て、教会へと向かった。
◆◆◆
教会はテューナとパントラの飛び蹴りで正面部分がほぼ破壊され、外から中が丸見えになっている状態だった。修繕工事のための職人達と、材料を運ぶ冒険者達が行ったり来たりしている。
派手に壊したなと頭を痛める旭だったが、工事中の教会の前に立っているグスタフを見つけた。
「グスタフさん!」
旭はグスタフに駆け寄る。グスタフも気付いて振り向いた。
「アサヒ殿、お体はもうよろしいのですかな?」
「はい、もう大丈夫です。それで、お話というのは……?」
「その件ですが、ここではなんですし、場所を変えてお話ししましょう」
そう言ってグスタフは旭達を案内する。
4人が案内されたのは、礼拝堂よりも奥、塔の最上階だった。
最上階は全方位色とりどりのステンドグラスで飾られており、室内は様々な色が重なって美しく彩られている。
その中央には、高さ3mはある大きな女神像が安置されていた。
白い大理石でできた女神像は、慈愛に満ちた微笑みで佇んでおり、見る者全ての心を落ち着かせる雰囲気を纏っている。
女神像以外には何もなく、ただ女神像を安置するためだけのスペースの部屋だった。
螺旋階段から上がって来た旭達は、その光景に圧巻させられていた。
「これは、凄いな……」
旭が感想を漏らしていると、グスタフが旭達の方を向く。
「この度は誠にありがとうございました。改めてお礼申し上げます」
深々と頭を下げ、旭達に礼をする。
ゆっくりと頭を上げ、
「アサヒ殿達は、夜天の主を追って隣国を目指しているとお聞きしました。今回のお礼も兼ねて、これをお受け取り下さい」
旭達に小袋を渡した。
「えっと、これは……」
「どうぞ中を確認してくだされ」
中には、金と花13枚が入っていた。旭はギョッとした表情で驚いた。
「こ、これは一体……?!」
「私からの個人的な謝礼金です。もし貴方方いなければ、この町にどんな被害が出ていたか分かりませぬ。そんな恩人にはした金で済ますのは私の信条に反します。どうぞ遠慮なく受け取ってください」
困惑する旭にグイグイ押してくるグスタフ。
これなら隣国にも行けるし、断る理由も無い。旭は困惑しながらも、受け取ることにした。
「では、お言葉に……」
「それで口止め料にでもするつもり?」
旭の言葉を遮って発言したのは、マカリーだった。
グスタフはマカリーの方に視線を向ける。
「……それは、どういう意味ですかな?」
「とぼけないでよね。正直に話したらどう? デミウルゴスを討伐して欲しかった理由を」
マカリーの言葉に、グスタフの動きが止まる。
「えっと、どういう事だ?」
何のことか分からない旭はマカリーに尋ねる。
「疑問に思わなかった? 教会が手つかずの神殿に探索の依頼を出したこと、森の中に神殿があったこと、何より、そのジジイが150年も前の話を都合よく覚えていたこと、どれも少し考えれば不審な点だらけなのよね」
言われてみれば、確かにおかしい点がいくつもあった。
長い期間放置されている神殿に、複数人の目撃情報があったから依頼が出された。
しかしよく考えれば、町から2時間も歩いて行かなければいけない森の中に、わざわざ行く人物がいるだろうか。それも複数人。
仮に行くとしても冒険者くらいだ。だが冒険者達が目撃しているのならば、依頼元は教会ではなく冒険者ギルドになるはずだ。しかし依頼書にそんな情報は載っていなかった。
町から遠く離れた場所に神殿があるのもおかしな話だ。
建てるなら人がいるローエントの近く、それこそ町の中にあるべきだ。
それなのに町には大きな教会が建てられている。
そして、グスタフが何故150年前の一個人の名前を覚えていたのか。
例え記録に残っていたとしても、もう一度確認もせずに思い出すことができるのだろうか。
マカリーの指摘通り、不審な点がいくつもある。
旭はどうしてこんなに不審な点が多いのか、考え込んでしまう。
マカリーはグスタフを睨む。
「それをハッキリさせるために、色々と調べさせてもらったわ」
「その調査を元に、余は一つの真実に辿り着いたのじゃ」
パントラが割って入り、推理を語っていく。
「デミウルゴスがいた神殿の周りには集落があった。遺跡の周辺が草で開けておったし、マカリーの魔法で建物の跡があったのも確認したから確実じゃ」
パントラは身を翻しながら話を進める。
「じゃが、150年前のある日、集落で恐るべき事態が起こった。それが何なのかまでは分からぬが、そこで住んでいた者達が逃げ出すほどなのは確かじゃ。でなければ老朽化だけで集落を離れる理由にはならぬ。だがデミウルゴスは頑として離れなかった。神殿を置いて逃げ出すなぞ、信心深い雑種のデミウルゴスが許すはずもない。集落の雑種共は神官を説得するが上手く行かず、仕方なく置いて行くことを決心したのじゃ。そして一人残ったデミウルゴスは、神を裏切った背信者として、集落の雑種共を軽蔑するようになったわけじゃ」
女神像を見上げ、女神の顔を見る。
「しかし一人で生き残れるはずもなく、デミウルゴスは死んでしまった。そうして死に際に残ったのは、デミウルゴスの狂信的なマルニエとやらへの信仰心と、それを見捨てた集落の雑種共への恨みだったわけじゃ。それが形を得るまで、150年という歳月がかかった。こうして出来上がったのがデミウルゴスの巨大幽霊じゃ」
「……デミウルゴスの幽霊が出来上がるまでは分かった。じゃあどうしてグスタフさんがその存在を知ることになったんだ?」
旭の質問に、パントラは指を差して、
「家来にしては良い質問じゃ。それは、その雑種がある物の存在を最近知ったからじゃ!」
堂々と答える。
「ある物?」
「そうじゃ。おそらく書記か何かの記録じゃろうが、それを読んだ雑種は信者を使って探させようとした。じゃが、デミウルゴスの幽霊が邪魔をするせいで捜査はできなくなり、致し方なくギルドに依頼したのじゃ」
パントラはグスタフに近付く。
「そして余らはデミウルゴスを倒した。これで神殿の調査の邪魔をする者はいなくなり、調査を再開できることになったわけじゃが、神殿を調べた余らがそれの存在に気付いている可能性を考え、早々に金を渡して町から出て行ってもらおうとした。そうじゃな?」
グスタフの顔を覗き込むパントラ。しかしグスタフは、
「フエフエ、何をおっしゃるかと思えば、とんだ笑い話じゃ」
笑い飛ばしてみせた。
「本来なら怒る所じゃが、私は寛大だ。今のは聞かなかったことにしておくから、もう帰りなさい」
「そうか、じゃあこれはいらないんだな」
そう言ってテューナが懐から取り出したのは、一冊の本だった。
本を見たグスタフは、口をパクパクさせて驚いていた。
「な、ん」
「割とすぐに見つかったぞ。あの壊れた像の下に埋まっていた」
テューナは本を何度も上に投げてはキャッチする動作を繰り返す。
「しかし、紳士的に見えたあのクソ童にこんな一面があったとはな」
「っ!!!」
グスタフはよろけるほど動揺し、数歩後退する。
「よ、読んだのか……!?」
「ああ。面白い事が書いてあったぞ。吐き気を催す邪悪な……」
「止めろ!!!」
青ざめ、息を荒くしながら、大声を出してテューナの言葉を遮る。
「頼む、止めてくれ……! それがバレたら、この町は……!!」
「まあ面目丸つぶれだろうな。何せ内容が……」
「当時の女性の部位別ランキングなのだからな」
「………………………………何て?????」
聞き間違え方と思った旭は、もう一度聞き返す。
「だから、当時の女性の部位別ランキングだ。身長、色気、顔、胸、腰回り、尻等を順位付けして記録していたのだ、あのクソ童は。個別のコメントの記録まであるぞ」
「え、じゃあ、集落を出て行った理由って……」
「デミウルゴスのランキングに耐えかねて逃げ出したんだろうな」
「中学生かよ……」
あまりにもぶっ飛んだ内容に、旭は頭が痛くなる。
一方で、グスタフは膝をついて項垂れていた。
「先祖にして聖職者であるデミウルゴス殿がそのような事をしていたと町の外で噂になれば、この町は軽蔑の目で見られる! それだけは免れたかったのじゃ!! その証拠となる手記が神殿に眠っていると書かれた祖父の手記を見つけた時は、どうにかしなくてはと……!!」
旭がいた世界的に言えば、『前の上司のハードディスクの中に、とんでもないエロデータが残っていて、それを抹消しないと自分達の仕事に多大な影響が出そうだ』という感じだろう。
気持ちは分からなくも無いが、そんな問題に巻き込まれたことに釈然としなかった。
「なんだかなあ……」
しかしここで、一つの疑問が生まれる。
「ん? でも何で信心深いデミウルゴスはそんな真似を? むしろ背徳行為をしたのはデミウルゴスなんじゃ……」
「神殿の時代の時は、マルニエ殿に捧げる踊りを踊る習慣があったんじゃ。その時は己の純潔、清廉潔白である事の証明として、裸でなければならないという決まりがあったんじゃよ。最も相応しい人物を見定めるために目を光らせていたのじゃろう」
「価値観がパントラ」
「不敬じゃな家来?」
グスタフの解説に、とんでもない決まり事があったもんだと苦い顔になる旭だった。
グスタフはゆっくりと立ち上がり、再び頭を下げる。
「どうかこの事は黙っていて欲しい! 一生のお願いじゃ!!」
「うーん……」
旭としては、これ以上この問題に首を突っ込んでも仕方ないし、本人もこうして反省の態度を示している。そもそも依頼を受けたの自分達なので、責めるのは何か違う気がするので、許してもいいかなと思った。
「ダメだな。落とし前はキッチリつけてもらおうか」
そんな旭を無視して、テューナがグスタフに詰め寄る。
「はした金でさっさと追い出そうとし、嘘をつき続けようとしたんだ。我輩達の怒りは計り知れんぞ?」
「ひえ」
グスタフは急激に青ざめ、震えていた。
そしてこの晩、マルニエ教会の歴史上最高額の出費になる晩餐会が開かれたのだった。
◆◆◆
翌日 早朝
完全回復した4人と一匹は、西へと向かうため、町の西側の出入り口に立っていた。
昨日の晩餐会は、教会の自腹で町の人全員を巻き込んだ宴会と化し、凄い盛り上がりを見せた。
その金額は相当な物になったらしく、請求書を見たグスタフの口から魂が抜けていた。
旭達一行を見送るために、コンヂートとサラが来ていた。
「それにしても、教会がアサヒさん達を支援してくれるだなんて、懐が深いですね」
「そう、ですね」
サラの純粋な言葉に、旭の良心が痛む。
「ジャンボカイトの討伐、悪霊退治の件、町の修繕作業、色々と助けてくれてありがとう。本当に助かった」
「は、はい。こちらこそありがとうございました……」
半分自分達のせいでもあるので、コンヂートのお礼の言葉は旭にとっては痛いものだった。
「次は国境ですよね? 隣の国でも頑張ってください」
サラは笑顔で応援してくれた。
「ありがとうございます。サラさんも受付のお仕事、頑張ってください」
「はい!」
互いの健闘を祈り、笑顔で応援しあうのだった。
「それでは、行ってきます!!」
「気を付けて行ってこい!!」
「道中お気をつけて!!」
2人に見送られ、旭達はローエントから出発した。
「ところでテューナ。あの手記は返したのか?」
「ん? 支払いを確認した後で渡したぞ」
「そうか、それなら良い。あれ以上はこっちが悪者になるからな」
「家来は心配性じゃの」
「誰のせいだ誰の」
「けどランキングを付けるって、幼稚よね」
「そこは、同意するわ」
「メ~~~」
そんな会話をしながら、一行は歩を進めるのだった。
◆◆◆
ローエントから出発してから4日後
山を越え、森を抜け、魔物と戦い、とうとう目的の場所目前までやってきた。
「見えた」
旭達一行は、国境へと辿り着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます