第6話 出会って商人



 ザンメングへ向かい始めた翌日



 旭達は草原を超え、山道を進んでいく。


 途中襲ってくる狼や猪の魔物を返り討ちにして食糧にした。


 昼時になったタイミングで、道のから少し外れた所で昼食にする。焚火を焚いて、食糧にした魔物を解体して肉にし、焼いていく。


 旭は300g程度食べれれば十分なのだが、テューナは残り何百㎏を全て平らげるため、蓄える分は残らない。


 食べるたびにお腹が凄い大きさになっているが、元々の体の大きさを考えれば不自然ではない。だが、人の姿だとやはりお腹が出過ぎている。妊婦よりもでかい。


「……その腹どうにかならない?」

「消化されるまで待て」


 ケフン、と息を吐き出し、歯に挟まった肉を爪で掻き出していた。


 その姿にため息をつきつつ、エナドリを飲む。そこに、


「メ~」


 山羊が旭の服を噛んでくる。


「ん? どうした?」

「メ~。メ~」


 山羊は旭の手に持っているエナドリに口を近付け、寄越せと言わんばかりに噛みついて来る。


「おっと、ダメだぞ。動物にエナドリなんて飲ませられん」


 旭は山羊からエナドリを引き離し、遠ざける。


「メ~メ~」


 それでも山羊は旭の膝の上に乗って、エナドリを飲もうと必死に頭を伸ばす。


「ちょ、おい、こら!? 止めろってば!!?」


 旭は飲ませない様手を伸ばし続け、山羊との攻防を繰り広げる。


 テューナはその様子を半目で見ていた。


「別に問題無いだろ。ただの魔力補充薬なのだから」

「カフェインとかアルギニンとか入ってるからダメだ!!」


 意地でも飲ませない旭に対して、山羊が本気で旭の顔面をどついた。


「ぐえ?!」


 怯んだ隙に山羊はエナドリを奪い、器用に口で挟みながら飲み始める。


「あ、こら!?」


 グビグビ飲み進め、あっという間に飲み干した。


「ゥメ~」


 満足げな表情で鳴き、尻に旭達と同じ電池の様な模様が現れる。


「の、飲んで大丈夫なのか、お前?」

「メ~~~」


 呑気に鳴いた後、そこら辺に生えてる草を食べ始める。


「……大丈夫なんだな」

「言っただろう。大丈夫だと」


 テューナは大きなおなかを揺らしながら、のんびり座っているのだった。



 ※注意※


 このお話はフィクションです。

 実際の動物にエナジードリンクを与える事は絶対に止めてください。

 カフェイン中毒を起こし、最悪の場合、死に至る可能性があります。

 カフェインが含まれている飲み物を決して与えてはいけません。

 全力で阻止してください。


 By 作者



 旭はエナドリをもう一本出現させ、再び飲み始める。


 その時、ふと、疑問に思う。


(……飲む量って、制限あるのかな?)


 エナドリは一日2本までされている。だが、こちらのエナドリは魔力補充薬。もしかしたら制限が無いのかもしれない。そうすれば、一度に色々な効果を持つエナドリを飲むことが可能だ。


(物は試しだ。飲んでみるか)


 旭は複数の種類のエナドリを出現させ、順番に飲んでいく。グビグビと勢いよく飲んでいき、途中ゲップを出しつつも3本目に突入する。


「むぐ!?」


 3本目の途中で、急に喉が絞まるような感覚に襲われ、つい缶を口から放してしまう。


「げほ!? 何だ?!」


 同時に、右腕が疼くのを感じた。


 右腕をまくると、模様こと『ゲージ』が満タンの状態で赤く染まっている。そして、痛みに近い感覚が続いている。


(これは、もしかして過剰摂取の表示ってことなのか? だから急に喉が絞まって、飲めなくなったんだ)


 過剰摂取によるオーバードーズ。それによる肉体の拒絶反応。ファンタジー世界ならではの理屈なのだろうと理解できる。


 水を飲むのに何ら問題無いため、本当にエナドリのみを拒絶している状態だ。


 旭は残りのエナドリを手に取る。とてもじゃないが飲む気になれない。


(残りのエナドリ、もったいないなあ。スキルで出したエナドリは2時間持たないって側面に書いてある。この過剰摂取して制限がかかっている状態だと、おそらく2時間以上かかるからダメになる。どうしようか……)


 山羊もテューナも満タンの状態なので、飲んでもらうことはできない。そのまま捨てるのも忍びない。


 旭は周辺を見て、ある場所に目が留まる。


 そこには、元気のない小さな木があった。他の木の影に隠れているせいで、日光が足りない状態が続いているのだろう。


(……気休めかもしれないけど)


 旭は残したエナドリを開けて、小さな木に注いでいく。7本分のエナドリを与えて、今出現させた分全て消費した。


「それじゃあ、元気に育てよ」

「おい。そろそろ行くぞ」


 テューナは大きすぎるお腹を揺らしながら、焚火を始末して出発する準備を終えていた。


「ああ、今行く」


 旭は荷物を整理し、山羊を引っ張って再出発する。



 ◆◆◆



 次の日

 

 旭達はザンメングへ辿り着いた。



 ザンメングは山々に囲まれた町で、傍には大きな湖がある。


 山なりに沿って造られた町は独特な形をしており、道路の動線もクネクネと曲がっている。建物の屋根は赤色で統一されており、どれも2階建ての石造りだ。


 人の行き来も多く、活気があるのが遠くからでも分かる。



 旭はザンメングを山の斜面から見渡していた。


「おー。これは確かに立派な町だな。期待できるぞ」

「ほうだな」


 テューナは何かを咀嚼しながら答える。旭はテューナの方を向く。


「……何食べてるんだ?」

「鳥。さっき捕まえた」


 プッ! と小骨を吐き捨てる。


「食糧もギリギリなんだ。早く行くぞ」

「誰のせいだ誰の」

「メ~」


 先に行くテューナの後を、旭は山羊を引いて追いかける。



 

 町には門があり、石造りの立派で巨大な門だ。


 町を囲っている壁も強固な石造りとなっており、簡単に突破できない様になっている。


 番兵も2人体制で、不審な人物がいないか目を光らせている。


 旭達も注視されたが、特に何も言われず通過できた。


「まずは資金調達のためにギルドに行くか」

「実入りが良い依頼があるといいな」


 町を歩いて行くと、町の中に湖からの水で水路と小川が流れ、水で満ちていた。


 小川を橋で何度か渡り、入り組んだ町を進んでいく。時折水路から聞こえる水の音も心地よく、癒しとして体に澄み渡って来る。


 あちこちに花が植えられた花壇が見られ、町に華やかさを付与している。


 そんな町の一角に、ギルドが建っていた。看板には酒屋も併設されているのが分かる。


「ここか。先に入るぞ」

「ああ……」


 テューナが先に入ったが、旭は先に山羊に付けている縄を近くの柱に括り付ける作業を始める。


(何か嫌な予感がするんだよなあ……)

「メ~」


 山羊は軽く旭に頭突きする。


「おう? 何だ?」

「メ~」


 旭の手を舐めて、何かを催促しているようだった。


「もしかして、またエナジードリンクが飲みたいのか?」

「メ~~」


 そうだと言わんばかりに山羊は旭に寄りかかる。お尻にあるゲージは、既に空のようだ。


「分かった分かった! 分かったから急かすな!」


 旭はエナドリを出現させ、缶を開けて山羊の口に近付ける。飲みやすいよう傾けた。


「メ~~~」


 意気揚々と飲もうと山羊が顔を近づけた時だった。


 ギルドの出入り口から、男二人が吹っ飛んで来た。


 すぐ後ろを通過された旭は、恐る恐る振り向いた。


 地面に転がっているのは、冒険者の格好をしているが、あまりにも人相の悪い男達だった。しかも、剣を抜いて握っている。


「まさか……」


 旭は慌ててギルドの中に入る。そこでは、


「どうした!!? そんなものか!!」


 罵声と狂乱の中心で、冒険者とは名ばかりの荒くれ者達を蹂躙するテューナの姿があった。


 剣や斧、槍に槌を振り上げてくる冒険者達の攻撃を素手で砕き、その直後に顔面や急所に拳や蹴りを叩き込んで吹っ飛ばしている。


 吹っ飛ばした冒険者でテーブルと椅子を砕き、床と壁に穴を開け、死屍累々の現場を作り上げていく。


(前も見たパターン!!)


 旭は頭を抱えて膝から崩れ落ちた。


 テューナは最後の一人を複数回殴って顔面を崩壊させ、床に転がして、事態を終了した。


 テューナは顔に付いた返り血を拭う。


「ふん。大したことのない連中だ」


 鼻息を吹いて、ざまあみろという顔で、足元に転がした冒険者を踏みつけた。


「これで良し」

「何が良しだオンドリャア!!!」


 旭は勢い余ってテューナの後頭部に飛び蹴りをかました。


 テューナは微塵も動じていなかった。


「何をする」

「何してるんだよお前が?! いきなりギルドで問題起こすとか馬鹿か!!?」

「こいつらが下品に絡んできたから叩きのめしただけだ。何の問題も無い」

「問題しかないよ!!」


 ギルドの中はモザイクをかけないと見せられない位の惨状で、受付にいる受付嬢とギルド職員は受付の陰から震えながらテューナを見ていた。まともそうな冒険者達は、完全に怯えて隅に縮こまっている。


「どうするんだよこれえ……!!?」


 旭は頭を抱えるしかなかった。


 そして山羊は呑気にエナドリを飲んでいた。

 


 ◆◆◆



 その後、旭達はザンメングのギルド長(チョビ髭小太り)にこっぴどく叱られたが、倒した冒険者達は普段から素行も悪く、評判は最悪で近々処分する予定だったのに加え、武器を持って襲い掛かったため、テューナの反撃の正当性を有効とし、お咎めなしとなった。


 その代わり、テューナが破壊した物品の弁償代の分の依頼を受けることになった。テューナは森の魔物の討伐、旭は採集と雑用の依頼を中心に受けることで行動を始める。


 ゴミ拾いに掃除にお使い、花の植え替え、木の手入れ等々、多岐にわたる雑用が依頼として受注されており、旭はそれらを次々とこなしていく。やり方が分からない依頼は受付嬢に聞き、経験のある残った冒険者にも聞いて回ってしっかりとやり遂げる。


 そんな一日の最後の依頼は、湖にある小舟の清掃だ。


 ブラシで苔を取り除き、傷付けないように綺麗にしていく。結構な力仕事だったが、エナドリの『身体強化』で負担を軽減してこなすことができた。


「ふう。これでよし」


 旭が顔を上げると、すぐ傍には大きな湖が広がっていた。



 透き通った水で満ちた湖は、苔で優しい緑で覆われた水底が見え、視線を遠くへ向けていくと、鏡の様に反射している。


 湖の周囲を囲む綺麗に揃った針葉樹と、自然と尖った山脈が形の調和を生み出し、それらが湖に反射して、芸術と呼ぶに相応しい造形が出来上がっている。


 空の青と合わさり、緑と青の相似色が美しさを際立たせている。


 遠くで湖の水を飲む緑色の鹿が波紋を作り、連続する白い円の線を描いて移り変わる絵を生み出していた。



 旭は湖の絶景を堪能し、感動に浸っていた。


「絶景だなあ……」


 一人、絶景に感動していると、


「この湖、美しいだろう?」


 後ろから声を掛けられた。


 振り向くと、そこには身なりの良い50代位の男が立っていた。


「私もここの景色が好きでね。今ではこの町に家を買って住んでるくらいだ」

「それは、凄い努力をなさったんですね」

「そうとも。のし上がるのに30年もかかってしまったが、この景色のためを思えばどうという事はない」


 男は旭の隣まで近寄って来る。


「ところで、君が噂の冒険者かな?」

「噂、とは……?」

「ギルドに入って早々悪い冒険者を片っ端から倒したという冒険者だよ」

「それは相方です」


 もう話が広まっているのかと肩を落とす旭。男は興味深そうに話を進める。


「そうだったのか。いやね、あそこの冒険者達には私も手を焼いていて、前に護衛の依頼を頼んだら酷いの何の……」


 文句をブツブツ言っていたが、旭には何の興味もない。


「それで、何かご用件でしょうか?」

「おっと失礼。まあその話を聞いてスカッとしたから、どんな人物が天誅を下したのか見てみたかったんだよ。まあ会えなかった訳だが」

「そういう事でしたか」


 旭は依頼されていた船の掃除が終わり、道具を片付けていた。


「しかし、君の様な『ヘルステット湖』の美しさを分かち合える人物と会えたのは幸運だ。もし良ければ私の家でヘルステット湖についてお話ししよう」


 絶景に関する男性の誘いに、旭は引き寄せられてしまう。それほどまでに絶景が好きなのだ。


「……いいんですか?」

「もちろん。遠慮することはない」


 騙すような素振りも無いので、物は試しで誘いに乗ることにした。


「では、お言葉に甘えて」

「そうかそうか! 早速家に招待しよう!」

「ですがその前に、依頼完了書を頂いて提出しないといけないので、明日でも構いませんか?」

「おや、そうだったのか。それなら明日我が家へ来るといい。私も準備をして待っているよ」


 旭は申し訳なさそうに言うと、男性は理解して予定まで立ててくれた。


「ありがとうございます。ところで、お名前を聞いていませんでした。私は『アサヒ』と言います」

「どうもご丁寧に。私は『ドムトル』。この町で商会をしている者だ。よろしく」


 そして、ドムトルは町の小高い場所にある大きな屋敷を指差した。


「ちなみにあれが私の家だ。ヘルステット湖が一望できる家だから分かりやすいぞ」


 ニコニコと話すドムトル。その隣で


(これはひょっとして大物と仲良くなってしまったかな?????)


 あまりのご都合展開に混乱する旭だった。



 ◆◆◆



 ドムトルの屋敷の奥



 貴金属を管理する巨大な倉庫の中、不気味な音を上げる『ソレ』が、ガタガタと動く。


 まるで何かを待ちわびるかのように。




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