第7話 飛び出て亡霊
翌日
旭達はドムトルの屋敷の前に来ていた。
屋敷には鉄でできた柵と門が立てられ、簡単に侵入できないようになっている。
屋敷の前には中庭があり、色とりどりの花が咲き乱れていて、とても華やかだ。
屋敷自体も3階建ての巨大な建物で、横幅も大きいため、屋敷というより豪邸といった方が合っている。
旭はその風貌に呆気に取られていた。
「すっごいでかい……」
「山より小さいだろう」
「比較対象が極端」
テューナにすかさずツッコミを入れつつ、鉄の柵の門へ近付く。
「昨日で完済出来て本当に良かったよ……」
「我輩のおかげだな」
「お前のせいでもあるけどな!」
それなりの額だったが、テューナが単独で脅威になる魔物の9割を倒し、その首を持ち帰って依頼を達成し、おつりが出るほどの稼ぎを出して完済した。
受付嬢が持ってきた首に何度も気絶して大変だったが、借金が残らなくて良かったと言ったところだ。
ちなみに山羊は今日、宿でお留守番をしている。
旭達が門の前まで近付くと、一人の男性が近付いてくる。身なりの良い老人だ。
「アサヒ様ですね? ……そちらの方は?」
「相方のテューナです。噂の冒険者の」
「よろしく」
「……少々お待ちください」
老人は一度屋敷に戻る。
それから数分後。ドムトルと一緒に出てきた。
「これはこれは! まさか噂の冒険者の方まで来て頂けるとは! 私はとても嬉しい!」
「喜んで頂けて何よりです」
ゆっくりと門が開き、二人を招き入れる。
「さあさあ! どうぞお二人とも、私の家にお入りください!」
ドムトルに誘われるまま、2人は中に入るのだった。
この後起きる惨事を知らずに。
◆◆◆
入ってすぐの玄関の間は、3階まで吹き抜けになっており、10人いても十分な幅を取れる程の広さがある。
玄関の間を抜けると、ホールに突き当たる。ホールは広々とした空間で構成されており、湖側には大きな窓が敷き詰められている。湖の煌びやかな水面が木々を挟んで見え、窓全体が絵画のキャンパスになっているようだ。
使用人に案内されて階を上がると、2階の右と左の両方にテラスがあり、左側のテラスへ通される。テラスからは湖が一望できる。
テラスにはお茶会用のテーブルと椅子が用意されていた。
「さあどうぞ。こちらへ」
ドムトルに促され、2人は椅子に座る。ドムトルも対面する形で座る。
「ザバス。ヘルステット湖の資料を持って来てくれ」
「かしこまりました」
ザバスと呼ばれた先ほどの老人は、素早く動いて資料を取りに行く。
「さてアサヒ君。昨日は突然の誘いだったのに快く受けてくれてありがとう。普通なら拒否されてもおかしくなかったのに、君は受け入れてくれた。君の人間性に改めて感謝を」
軽く頭を下げるドムトルにアサヒは慌てて
「頭を上げて下さいドムトルさん。こちらこそ高い身分の方だと知らず、馴れ馴れしい言葉遣いをしてしまい……」
「気になさらないで下さい。商会長と言っても、叩き上げと成り上がりなので、元は一般庶民です。高い身分だなんて恐れ多い」
「いえいえそんな……」
互いに遠慮しあうが、
「お主らは湖の話をするために集まったのではないのか?」
テューナが見かねて口を挟んでくる。
「おいテューナ……!」
「その話をするのに上下関係が必要なのかと聞いている。どうなんだ?」
テューナの質問に、旭とドムトルは顔を見合わせる。
「……必要ないと、私は思いますが」
ドムトルがそう言うと、旭も少し困った表情で
「実は、自分も」
少しの沈黙の後、2人はフッと笑う。
「少々硬くなり過ぎてましたね。そうでした。私はこの湖の魅力を知ってもらいたくて、理解あるアサヒ君に来てもらったのでした」
「自分も、それが聞きたくて来ました」
互いに笑顔になり、空気が緩んだのが分かった。テューナは鼻息を鳴らして、椅子に寄りかかる。
そのタイミングで、ザバスが湖の資料を台車に乗せて戻って来た。その後ろには、茶会用のティーカップとティーポットを持ったメイドが付いて来ていた。
「お待たせしました。資料をお持ちいたしました」
「ティーセット一式をお持ちしました」
「ご苦労。下がっていいぞ」
「「失礼いたします」」
ザバスとメイドは礼をして、テラスを後にした。
「では始めようか。まずは湖の形からだが……」
こうして、3時間にわたるドムトルのヘルステット湖講座が始まった。
◆◆◆
「……以上が、ヘルステット湖の魅力だ。理解してもらえたかな?」
ドムトルの講座が終わった頃には、テューナは眠りこけていたが、旭は興奮気味で感動していた。
「素晴らしいですよドムトルさん!! こんなにもヘルステット湖の魅力を追求できるのは並大抵のことじゃない!! 尊敬します!!」
旭の感想に感激し、ドムトルも興奮気味に
「そう言ってくれてもらえると、ここまで頑張って来た甲斐があったというものだよ!! 理解してくれてありがとう!!」
互いに握手を交わし、意気投合する。
2人の物音でテューナは目を覚ました。
「うん? 終わったのか?」
テューナを尻目に、2人のトークは続く。
「実は反対側のテラスで湖の絵を描いているんだ。もしよかったら見ていくかい?」
「是非!!」
テンションが高いまま移動しようとする2人の間に、グ~~~、と、テューナの腹の音が割って入る。
2人はその音を聞いて、冷静さを取り戻す。
「そういえば昼食がまだだったね。ご馳走しよう」
「ありがとうございます」
「気前がいいな。我輩は食べるぞ?」
「存じています」
ドムトルは笑顔で答え、
「ザバス。シェフに料理の準備を」
「かしこまりました」
使用人に指示を出す。
「では1階の食堂へ行きましょう。こちらへ」
ドムトルに案内され、3人は食堂へと向かった。
◆◆◆
15人用のテーブルがある食堂で、粛々と食べ進める旭とドムトルを余所に、テューナは勢いよく食べていく。
家畜の丸焼きを丸かじりで食べる様に、使用人達は驚いていた。
「ガッ!! ガッ!! ガッ!!!」
「テューナ、落ち着いて食べろよ……」
「いい食べっぷりですな。見ていて清々しい気分になれる」
ドムトルは笑って許してくれたが、旭は内心落ち着いていられなかった。
そんな時、どこからか冷風が漂ってきた。
「うお!?」
急に冷たい風が体に当たったので、驚いてしまう。
「どうしましたか?」
ザバスが旭に近付いて尋ねてくる。
「今、突然冷たい風が……」
「冷たい風、ですか?」
冷たい風という言葉に、ドムトルが反応する。
「アサヒ君も感じたのか?」
「はい。今さっき」
「……やはり気のせいではないのか」
ドムトルにザバス、メイドも険しい表情になっていく。旭は状況がいまいち呑み込めていない。
「すいません。何か問題が?」
旭の質問に、ドムトルは口ごもりながら答える。
「……実は、あるお宝を手に入れてから不可解な現象が頻発するようになったのです。アサヒ君が感じた冷風を始め、物音、呻き声、物の不自然な移動等、上げたらキリが無い程です」
「そ、それは恐ろしいですね……」
旭はその話を聞いて、ある事に気付く。
「……もしかしてテューナを探していたのは、この事が本命だったりしませんか?」
いきなり連れて来てしまったテューナを快く招き入れたり、持っている剣について何も言ってこなかった。もしそれがこの件が本命であれば、合点がいく。
ドムトルは肩を一瞬震わせ、視線を逸らす。図星だ。
「申し訳ない……。どうしてもあそこのギルドを経由して依頼を出したくなかったもので……」
(まあ、あそこじゃあ頼みたくないよな)
旭はこれ以上言ってもどうしようもないと思い、
「テューナ、どうする?」
「お主に任せる」
テューナは丸焼きを全て食べ尽くし、軽くゲップを出した。
旭は確認が取れたので、話を進めることにした。
「原因も分かっているようですし、何かしらの対処はできると思います。やるだけやってみます」
ドムトルはその言葉を聞いて、表情が明るくなる。
「ありがとうございます!」
旭達に頭を下げて礼をする。
旭は席を立ち、
「早速ですが、そのお宝がある場所を見せて頂けますか?」
◆◆◆
連れてこられたのは、屋敷の地下。倉庫になっている巨大な空間だ。
棚に書類や貴金属でできた装飾品が多数仕舞われており、綺麗に整理されている。先に進んでいくと、徐々に大きな物が置かれていた。
ドムトルは一番奥にある大きな装飾品が置かれている場所で足を止める。そこに件の代物が立ててあった。
「これが問題のお宝です。素晴らしい金細工で出来たお宝なのはいいのですが、用途不明の置物でして」
「何だこれは? ……いや待て、どこかで見たような、無いような……」
「…………ドムトルさん。これは……」
旭には見覚えがあった。しかしあまりにも似すぎていて本当にそれかどうか判断に迷ってしまったが、やはりあれで間違いないだろう。
「アサヒ君、何か分かったのかい?!」
「えっとですね、これはですね……」
口をへの字にしながら、旭は答える。
「棺桶です」
前の世界ではあまりにも有名だった棺。それにあまりにも酷似している棺桶だった。
基本を金で固め、青、黒、赤の着色で彩られて独特な模様とデザインが施された棺は、異様な存在感を放っている。
旭の発言に、ドムトル、テューナ、後ろから付いて来ていたザバスが耳を疑っていた。
「これが、棺ですか??? し、しかし、金で棺桶だなんて……」
「埋葬するのに黄金を使うのか? 木でいいだろそんなの」
言いたいことは分かるが、そこは華麗にスルーする旭。
「とにかく、中に遺体が入ってるはずですから、中を開けて見てみましょう。何が本当の原因か分かるはずです」
「力技なら任せろ」
「壊しそうだからダメ」
「チッ」
テューナは舌打ちして待機する。
旭は棺桶の側面を確認する。
(大体こういう所に蓋との切れ目が……)
目を凝らすと、丁度一本切れ目が見えた。
「これだ」
旭は恐る恐る力を入れて棺を開けようと試みる。だが、立てていても開かない棺、そう簡単に開くはずはなく。
「ぬ、ぐぐぐ……!」
ずれる気配は一切なく、ピクリとも動かない。
「こんの!!」
今度は思いっきり力を入れて開けようとする。
次の瞬間、バリッ!!! という音と共に、棺桶が開いた。
蓋は勢い余って床に落ち、ドスン!! という重い音を立てた。
同時に、棺桶の中から冷たい強風が吹き荒れる。強風の勢いはかなり強く、傍にいた旭は吹き飛ばされてしまった。
「うわあ!!?」
「おっと」
テューナがキャッチして事なきを得たが、棺桶の中から強風が吹き荒れ続ける。
「な。何が起きているのですか?!!」
「分かりませんが、ろくでもないことが起こるかもしれません!!」
「ええ!!?」
全員が身構えていると、棺桶の中からゆっくりと、全身を包帯で巻かれた人間が出てきた。前の世界で言えば、ミイラだ。
ミイラはギシギシと軋み音を上げ、不気味な動きで近付いてくる。
「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
突然隠れていた口が大きく開き、叫び声を上げて旭達に突進してくる。口の中は乾燥しきった遺体のに合った気色悪い中身だった。
あまりのおぞましさに、旭が取る行動は一つだ。
「逃げるぞ!!!」
旭が叫ぶとドムトルとザバス、旭が一斉に倉庫の外へ逃げようと走り出す。
だが、テューナだけは違った。一人前進してミイラに立ち向かう。
「この程度なら、我輩だけで十分だ!!」
テューナは拳を振り上げ、果敢にミイラに立ち向かう。
だが
「UAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
ミイラの口から何か半透明な物体が多数飛び出し、テューナの体をすり抜ける。
「な、ん」
直後、テューナは前方に倒れ、そのまま地面に伏してしまった。
「テューナ?!!」
突然の事態に、旭は叫ぶが、テューナはピクリとも動けない。
「い、一体何が……!!」
「分かりませんが、あのミイラはとんでもなく強いってことだけは確かです!!」
ミイラはテューナの横を通り過ぎ、旭達に襲い掛かる。
「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
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