第15話 要塞の上で



 翌日



 旭達は要塞へ呼び出されていた。


 要塞の執務室には、アギサとカジサ、それにこの町の町長がいた。町長は2人に立派なチョビ髭を生やしたような人物だった。


「初めまして皆さん。私がこの町の町長、『ミファ男爵』だ」

「初めまして男爵様、旭と申します」


 旭は頭を下げて礼儀正しく挨拶する。テューナとパントラ、マカリーは頭を下げる様子はない。


「おい! 礼をしろ礼を!」

「構わないよ。この場は非公式、無礼講で問題ないさ」


 ダンディな声でにこやかに許してくれた。旭はホッと胸を撫でおろした。


「さて、自衛団と傭兵団の話についてはどこまで聞いているかな?」

「乳首で分裂したところまでは」


 物凄く嫌そうな顔で答える。


「ああ、うん。そこまで知っているなら説明する手間が省ける。……私も息子達の喧嘩に町の人を巻き込んでしまったことを大変申し訳なく思っている」

「ましてそれが乳首が原因なのじゃから更に申し訳ないな」


 パントラのストレートな物言いに、男爵は思わず苦笑してしまう。


「ごもっともだ。この問題を解決しなければ、この町はいつまで経ってもまとまらない。親としては恥ずかしいばかりだ……」


 頭を抱える男爵だが、旭はどうにも演技の様に感じる。


(原因の一因が男爵にもあるんだよなあ。どう見ても甘やかしてるし)


 団の維持、アギサの擁護、地下にあった大理石の立像、どれも莫大なお金が無ければできない事や物ばかりだ。それを支援しているのはもちろん親であるこの男爵だろう。


 旭がそんな事を考えている内に、男爵は顔上げた。


「さて、君達を呼び出したのは他でもない。今回の一件についてだ」


 旭は真剣な表情になる。


 元を辿れば、パントラが傭兵を蹴ったのが原因だ。その事について咎められる可能性は十分高い。


(こんな所で犯罪者になるなんて御免だぞ)

「事の発端である傭兵との一件だが、アレは正当防衛だったためお咎めなしだ。安心してくれ」


 それを聞けて旭はホッと胸を撫でおろす。パントラは当然だと言わんばかりのドヤ顔をしていた。


 男爵は話を進める。


「次にマカリーさんを誘拐した件だが、これは謝罪すると共に、慰謝料を払いたいと思っている。さあアギサ、皆さんに謝罪しなさい」

「申し訳ございませんでした……」


 アギサは深々と頭を下げ、謝罪した。マカリーは嫌そうな顔になる。


「今後一切近付かない事も足しておいて下さい」

「追加しておきましょう」


 男爵は二つ返事で了承した。


「慰謝料は銀と剣40枚でどうでしょう?」

「……その中に修繕費は?」


 テューナがかなり派手にあちこち壊したので、その修繕費がかかる可能性があるので、先制して聞いた。


「修繕費は傭兵団から支払わせます。お気になさらず」

「そうですか……」


 旭はこれだけの金額を貰えるのなら、これでもいいかと思っていた。


 これ以上この町の問題に深入りしたくないというのが本音だ。問題の根本が乳首論争の時点で関わりたくない。


 それで承諾しようかと思った時だった。


「追加で要求がある」


 テューナが突然喋り出した。いきなりの出来事に、旭は驚いて声が詰まった。


「何かな?」


 男爵が先にテューナの話を聞く。


「我輩、腹が減ってしまってな。だから慰謝料とは別に食費を出してくれ」


 内容を聞いて、男爵はホッとしていた。


「そういう事なら、好きなだけ食べるといい。ご馳走しよう」

「ではお言葉に甘えよう」


 テューナはニッと不敵に笑う。


 その横で、恐る恐るマカリーが挙手する。


「わ、私もいいかしら? 実は結構空腹で……」


 恥ずかしそうに要望を出すマカリーに、男爵は思わず微笑んでしまう。


「分かりました。追加として皆さんに食事をご用意しましょう。思う存分食べていってください!」


 旭はそれに便乗して


「それでしたら、是非とも食事したい場所があるのですが」 


 追加の要望を出す。


「ふむ、どこかな?」

「それは……」




 ◆◆◆



 要塞 屋上


 

「ガッ! ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!!」

「ハグハグハグハグハグハグハグハグハグハグハグハグハグハグハグ」


 テューナとマカリーは出された料理全てを喰らいつくしていた。


 テューナは獣の如くかぶりついては呑み込み、マカリーは10倍速で早回ししているように高速で食べていく。家畜一匹すらぺろりと平らげ、あらゆる料理を次々と食べていった。


 テューナ達の食べっぷりに、男爵は顔を引きつらせるのだった。


 そして旭とパントラは普通に食事をしている。


「そんな急いで食べなくてもいいんだぞ、2人共」

「これが普通だ。そっちが遅すぎるんだ」

「そうですか……」


 旭は果実を絞った飲料を貰い、グイっと飲み干す。


「にしても、ここの風景はやっぱり絶景だったか」



 要塞の屋上から町を一望でき、緻密な計画によって建てられたのがよく分かる。


 放射線状に張り巡らされた道路、倉庫と建物の大きさによって造られたグラデーション、乱れの無い町を守る壁、緑が深い山々、屋上からそれらを全て見れる大パノラマの絶景が一望できる。


 防衛としてこのような作りになっているのだろうが、それがこの様な絶景を生んだのなら、それは素晴らしい副産物だろう。



 旭は前の世界でこれと似た様な建物を知っていたので、もしかしたらと思い、屋上で食事をしたいと提案したのだ。


「絶景で食事ができるなんて、これ以上ない贅沢だ。天海の島でもこうやって食事ができたら最高だな」

「おや、家来にしてはいい案を思い浮かべるではないか」


 夢を語る旭に、パントラは食事で汚れた口を拭く。


「その時には、余も必ず参加するぞ。良いな?」

「分かったよ」


 爆食いするテューナ達の隣で、旭とパントラは約束するのだった。


「失礼します。追加のお料理をお持ちしました」

「ああ、ありがとう……ってカジサさん!?」


 横から料理を持って現れたのは、カジサだった。ウェイターの服装だったので気付くのに間が開いたのだ。


「どうしてウェイターを……?」

「調理班がとても忙しそうでしたので、そのお手伝いをと思いまして」

「そういう理由ですか」


 カジサは旭の空いた食器を片付ける。


「今回はアギサがご迷惑をおかけしました」

「もういいよ。謝罪も慰謝料も頂いたし」

「そう言ってくれるとありがたいです」


 そう言うカジサの表情が曇っているのが分かる。アギサの件で参っているのだろう。


 旭は少し考えて


「…………部外者の俺がどうこう言うのも何だけど、この町が好きだっていう気持ちは一緒なんじゃないですか?」

「え?」


 カジサは旭の方を見る。


「だって、喧嘩したのにこの町から出ようとはしてないですよね? それって、この町が好きだからじゃないかと思うんですよ。傭兵団を作ったのもそれが理由だと思います。それに、いい町じゃないですか、ここ」

「!!」



 その言葉で、昔の思い出が蘇る。


 カジサが幼い頃、アギサとはよく町を走り回り、色んな事をして遊んだ。


 追いかけっこに騎士ごっこ、かくれんぼを日が暮れるまでやった。


 帰りは2人仲良く肩を組み、夕焼けを浴びながら帰路に就いた。その思い出はとても眩しく、輝いていた。


 何より、要塞から見る町の景色は、子供の心でも美しいと思えた程だった。


 その時に約束したのだ。


『この町を、2人で守ろう』と。



 カジサは自分自身も忘れていた大切な事を、今になって思い出した。


「て言っても、昨日会ったばかりの人間に知ったような口を叩かれるのも嫌ですよね。忘れて下さい」

「いえ、そんな事はありません。大切な事を思い出しました」


 笑顔を浮かべて、胸を張る。


「今からアギサと話し合って来ます。助言、感謝申し上げます」


 そう言ってカジサは食器を持ってこの場を去ってしまった。旭はその背中を見届ける。


「……まあ、お役に立てたなら」


 微笑みながらグラスに入った飲み物を飲む旭だった。



 それから2時間後、テューナとマカリーが食べに食べて満腹になった時には、要塞の食糧庫が空になった。



 ◆◆◆


 

 その日の夜



 旭達は要塞の客間に宿泊していた。


 男爵がついでにと用意してくれたのだ。


 4人部屋に全員が入り、それぞれのベッドで眠る。


 テューナは寝相が悪く、かけている布を蹴っ飛ばしていた。パントラは手を胸の所でクロスして体を伸ばしていた。


 そんな中、マカリーだけが起きていて、窓から外を見ていた。


「眠れないのか?」


 旭が体を起こし、マカリーに話しかける。


「うん」


 マカリーは膝を抱えながら旭を見る。


「ねえ、旭は怒ってないの?」

「何をだ?」


 即答に近い速さで答える旭だった。マカリーはモニョモニョしながら


「私が嘘をついていたことよ。普通なら、怒るんでしょ……?」

「その事か」


 旭はマカリーを見つめながら


「気にしてないよ。元を辿れば俺が怖がったのが原因だ。むしろ謝るべきは俺の方さ」

「……許してくれるの?」


 マカリーも視線を合わせ、真っすぐ見つめる。


「許すも何も、怒ってないから気にしなくていいよ」

「……ありがとう」


 マカリーはニコッと笑いかける。


「っ」


 旭は思わず視線を逸らしてしまった。美少女であるマカリーの笑顔は、旭にとって眩し過ぎる。


 このままでは気まずいので、話題を変える。


「と、ところで、どうしてそこまで知識があるんだ? 前は木だったんだろ?」

「それは、旭が寝ている隙に知識を読み取ったの。山の中で野宿している間にちょっとだけ」

「テューナが土砂を退けていた日か」

「そう。木の枝を頭の周りに這わせて読み取らせてもらったわ。その間防衛本能なのか、あっちこっちに寝転がるから大変だったわよ」

「随分と器用な……」


 その時、ある事を思い出す。


「……なあ、その日の俺はあっちこっちに寝転がっていたんだよな?」

「ええそうよ」

「じゃあパントラの尻に激突したのって……」


 ワナワナと震えて確認する。マカリーは申し訳なさそうに


「まあ、そういうことね」


 納得したのと同時に、怒りがこみ上げてくるが、ここは抑える。


「……次からはしないでね」

「もうしないわよ……」


 そんな話をしながら、旭はマカリーの今後について気になった。


「……マカリーは、これからどうするんだ?」


 突然真剣な表情になる旭に、マカリーも真剣な表情になる。


「俺達にはこの町までって言ってたけど、そこから先を聞いてない。正体も教えてくれたわけだし、どうしたいのか、聞かせて欲しい」


 マカリーは少しモジモジしながら、視線を泳がせる。


「そ、その、良ければ何だけど……」


 チラチラと旭の方を見る。そして、覚悟を決めて、真っ直ぐ旭を見る。


「あ、アサヒ達に付いて行きたい。恩人であるアサヒに恩返しもしたいし、色んな場所を見てみたい。だから、一緒にいさせて!」


 真摯な願いを、旭に伝えた。


 旭はマカリーに近付き、手を伸ばした。


「ああ、一緒に行こうマカリー。これからもよろしくな」

「っ! うん!!」


 マカリーは握手を交わし、笑顔で喜んだ。



 その会話を、目を閉じながら聞いていたテューナとパントラは、少しだけ微笑んでいた。



 ◆◆◆



 翌日



 旭達は食糧や物資の補充を済ませた後、西へ向かうため、町の西側の門を出るところだった。


「という訳で、マカリーも旅の仲間になった」

「よろしく!!」


 旭はマカリーが仲間になったことを2人に伝える。


「そうか。よろしく」

「家来が増えてなによりじゃ。忠誠を尽くす様に」

「素っ気ない通り越してえらい言いようだな」


 2人の態度にツッコミを入れるが、受け入れてくれたので一先ずは安心した。


「それじゃあ行くか」


 4人と一匹が出発しようとした時だった。


「おーい! 待ってくれ!」


 一人の男が、一行に駆け寄って来た。その男は


「カジサさん!?」


 カジサだった。その後をアギサが付いて来る。


「良かった……。間に合った……」


 旭達の前で、息を切らしながら止まった。


「どうしたんですか? そんなに走って」

「昨日の助言をもらった後、アギサと話し合ったんです。それで、今後は団を一つにまとめ、ギルドとも連携しながら、この町を守っていくことにしました」

「まずは町の人達への謝罪からだけど、失った信用を取り戻してからこの町の役に立ちたちと思っている。もちろん父上の力抜きで」


 アギサの表情は凛々しくなっており、決意を固めた人間の顔になっていた。


「これもアサヒ君が気付かせてくれたおかげだ。ありがとう」

「いやあ、自分はそんな……」

「そのお礼に、これを受け取って欲しい」


 カジサは旭に、金属でできたエンブレムを渡す。


 掌に収まる位の大きさで、エンブレムにはミフエルの要塞と6枚の翼を持つ鳥が彫られていた。


「これは私の一族の紋章です。これがあれば何かと手助けになります」

「どうぞ持って行って下さい」


 旭はあまりにも貴重な物に、驚きを隠せなかった。


「い、いいんですか? そんな貴重な物を昨日今日会ったばかりの人間に……?」

「恩人に付き合いの長い短いは関係ありません。私達が受け取って欲しいから、お渡ししているんです」

「それに、この町をいい町だと言ってくれた人です。悪用する人柄でもないと思いまして」


 旭は褒められて少しばかり照れてしまう。そんな善意を無下にもできないので


「……分かりました。ありがたく頂きます」


 エンブレムを受け取った。


「引き留めて申し訳なかった。旅の無事を祈っている」

「道中気を付けて」

「ありがとうございます」


 3人はしっかりと握手した。


「では、これで! ありがとうございました!」


 旭は別れを告げ、アギサとカジサはその背中を見送った。



 旭、テューナ、パントラ、山羊、マカリーは、西へ向かって進みだす。


「次の町を超えたらいよいよ国境だ! 頑張るぞ!」

「メ~~~」


 山羊は荷物とパントラを乗せながらも、元気に応える。


「気合十分か。まあそれ位の元気が無いと面白味が無い」

「余の家来なのじゃから、やる気を持って当然じゃ」

「凄い言い様ね、2人共……」



 三者三様の返しをしながら、4人と一匹は進んで行くのだった。


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