第13話 弾んで少女
土砂で止まった道を抜け、更に歩くこと1日
一行はミフエルに到着した。
ミフエルは山の中にある盆地に造られた町で、要塞の様な建物を中心にして形成されている。
要塞は町の中心にある岩山の頂に建てられ、周囲に堅牢で大きな建物が立ち並んでいる。更にその周囲に市街が作られ、町の外を囲む壁は強固な石造りで見張り台もある厳重な造りになっている。まさに要塞都市の名に相応しい町だ。
旭達は分厚い門をくぐり、町の中に入る。町は2階建ての建物が立ち並び、中心に進むにつれて建物が大きくなっていくのが分かる。町の大きさと比例して、多くの人々が暮らしていた。
旭は中心にある巨大な要塞を見つめていた。
「凄いな。ここは軍事拠点か何かだったのか?」
観光気分で町を見ていると、ある事に気付いた。
(……鎧を着た兵士が多いな)
人々の中に、鎧を着た兵士達が多く見られた。
町民との比率的に2割か3割は鎧を着た兵士が混じっている。王様がいた首都でも、ここまで兵士は多くなかった。
兵士の多さが気になりつつも、まずはやるべきことをしなくてはと気持ちを切り替える。
「とりあえずギルドに行くか」
「それよりもどこかで一休みしない? ワタシ疲れちゃった……」
一緒に付いて来ていたマカリーがグッタリしていた。この中で一番背が低く、歩幅も短いため、誰よりも足を動かしていた。更には大き過ぎる胸を揺らしていたため、その重量分カロリーを消費しているのだろう。そのため、一番疲れている。
「おい、エナジードリンクを渡してやれ。あれなら疲労にも効くだろう」
「え? あ、そうだな」
テューナの突然の提案に驚きつつも、旭はエナドリを出現させ、蓋を開けてからマカリーに渡す。
「これってアナタ達が飲んでた飲み物? よね? いいの?」
「ああ、スキルでいくらでも出せるからな」
「じゃあ遠慮なく」
マカリーはエナドリを飲む。
「うえぇ……。ビリビリするぅ……」
舌を出して美味しくなさそうな表情をした。
「止めとくか?」
「いい……。もらった以上全部飲むわ」
そう言ってエナドリを飲み干し、軽くゲップをした。
「……うん。確かに疲れが和らいだ気がする! 凄いわねコレ!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
しばらく歩き、ギルドまでの距離を示す矢印看板を見つけた。
「俺達はギルドへ行くけど、マカリーはどうする?」
振り返って後ろにいるマカリーに聞く。
「そうね。私もギルドに用事があるから、一緒に付いて行っていいかしら?」
「ああ、いいぞ」
一行はその足でギルドへ向かう。
その後姿を、兵士達が目で追っているとも知らずに。
◆◆◆
旭達がギルドの前まで来ていたが、
「何だ、こりゃ……?」
ギルドの建物は明らかに寂れていた。
看板があるからかろうじて分かるが、無ければ廃墟と言われそうな程ボロボロになっていた。
「何だこれは? 本当に冒険者ギルドか?」
「そ、そのはずだけど……」
恐る恐る扉を開けて中を見てみる。
中も相当寂れており、カビ臭さが充満していた。思わず鼻を塞いでしまう。
「……余は入らぬぞ。臭い」
「メェェェ……」
パントラと山羊はカビ臭さを嫌がって入るのを拒否した。気持ちは分かるので、無理強いせずに外で待機してもらうことにした。
中に入っていくと、受付にやつれたおっさんが一人座っていた。
「あ、あの?」
恐る恐る旭が話しかけると、男はハッと顔を上げる。
「やあ、何か御用かな?」
元気のない声で応対する。心配になりながら旭は話を進める。
「えっと、一応冒険者なんですが、依頼ありますか?」
受付の男は溜息をつきながら
「依頼なんて無いよ。全部この町の『自衛団』が持って行っちまってるからな」
「自衛団?」
受付の男は旭を呆れながら見る。
「何も知らないんだな……。自衛団はこの町に昔からいる兵隊やってた連中が立ち上げた武装組織だ。ギルドに入るはずの仕事全部かっさらわれて、こっちはいい迷惑だ」
「あの兵士達はそういう事だったのか」
町中にいる兵士達の意味に納得する。
「だからこの町で冒険者はやっていけないのさ。お前さん達も諦めて他の町へ行くといい」
依頼を張る掲示板に何も張られていないのを見て、本当に何も無いのを悟った。
「そうですか……。わざわざご丁寧にありがとうございます」
「気にしなくていい。何せこのギルドに残っているのはギルド長である私だけだからね」
(ギルド長だったんだこの人)
心の中だけで呟く旭だった。
「まあ、それだけじゃないんだけどさ」
「と言うと?」
「自衛団ができたのは、この町に蔓延る『傭兵団』のせいだ。力を傘にして、迷惑行為を繰り返してるんだ。そこらの冒険者じゃ太刀打ちできないから、町の人間が立ち上がったという訳さ」
「そういう経緯があったのか」
「ねえ、経営が厳しいと、冒険者カードを作ってもらえないの?」
その横で、マカリーがギルド長に話しかける。
「いや、そんな事は無いけど……。て、胸デカ」
「デカくて何が悪いのか言ってみろゴラ」
胸を指摘されて途端に口が悪くなったマカリーだった。マカリーは咳ばらいをして気を取り直す。
「で、どうなの?」
「ああ、作るだけならできるよ。作るのかい?」
「ええ。カードだけならタダだし」
「まあそうだけど」
ギルド長はマカリーに必要事項を書くための木板を渡し、マカリーはそれにスラスラと書いていく。
「これでいい?」
書かれた内容をギルド長が目を通し、確認する。
「……ああ、問題無い。カードができるまでちょっと待っててくれ」
そう言って奥へ引っ込んだ。
「マカリーも冒険者になるのか?」
「ええ、荷物とか全部取られちゃったから稼がないと。でもこの町じゃ無理そうね」
「みたいだな」
旭は諦めて次の町へ向かう事を考えた。
(そうなるとテューナとパントラの食費をどうにか…………)
考えている途中で、ある事に引っ掛かった。
(ん? パントラ?)
外で待たせているパントラ。さっきの話に出てきた傭兵団。
「…………何だろう嫌な予感がする」
その予感は、すぐに的中した。
ズガン!!! という轟音が、ギルドの外から響いてきた。
「な、何だ!?」
旭が慌てて見に行くと、パントラが男に蹴りを叩き込んでいた。
顔面にパントラの足がめり込み、壁にも埋まっている状態になっており、蹴られたダメージのせいか、手に持っていたナイフを落とし、ダラリと全身が垂れ下がっていた。
パントラは所謂足ドンの状態で、旭の方向からだと危うい所が見えそうだった。
周囲にいた町人達は蜘蛛の子を散らす様に逃げまどい、パントラとめり込んでいる男、そして道端の草を食べている山羊だけになった。
旭はその様子を見て、頭を抱えた。
「何やってんだパントラァ!!?」
膝を崩しながら、思わず叫んでしまった。パントラは何食わぬ顔で、
「何を騒いでおる家来。余はこの不敬な雑種を死罪にしたまでじゃ」
足を更にグリグリと踏み付ける。
「理由を聞くからその足退けろ!!」
何とかパントラを説得し、男から足を退けさせる。
男の顔面にパントラの足跡が残っているが、もうどうしようもないので道端に横にしてパントラの事情聴取を始める。
「で、何があった?」
旭が頭を痛めながらパントラに聞く。その旭の後ろでテューナとマカリーが山羊の面倒を見ていた。
「余に金銭を要求してきた故、そんな通りは無いと言い返したら襲って来たのじゃ。そして余の華麗な一撃で死罪にしたのじゃ」
「ええ…………」
旭がどこまでが本当の話なのか判断しかねていると、
「その人の話は本当じゃよ」
一人の老婆が話しかけてきた。
「えっと、貴方は?」
「通りすがりの老婆さ。それよりもさっきの話だけど、確かにその人にコイツが言いがかりをつけてお金を要求していたよ。間違いない」
「は、はあ」
目撃者がいたことで、パントラが手を上げた理由は分かった。しかし
「という事は、この男が傭兵団ですか……?」
ハッ! と老婆は悪態をついた。
「馬鹿言っちゃいけない。あんな悪ガキ集団を傭兵団と呼ぶなんて死んでもゴメンさ! 傭兵団なんて名ばかりだよ!!」
老婆の剣幕に、思わず引いてしまう旭だったが、気になって質問する。
「そんなに悪いんですか……?」
「ああ酷い! 依頼料と言ってあちこちから金銭を巻き上げ、あげくの果てには町のために働いているからと無銭飲食なんて日常茶飯事だ! おまけに若い女に無理矢理手を出そうとする!! 最低な連中さ!」
「何でそんな連中が町にいられるんだ……」
「団長が町長の息子だからさ」
後ろからギルド長が話に入って来る。手にはマカリーの冒険者カードを持っていた。
「この町を支配している町長の息子が団長をしているもんだから、この町の人間は強く出れないんだ。もし文句を言おうものなら、町長の権限で町から追放される」
「ヒドイ町だ……」
旭は呆れているが、男に暴行を加えたのは事実なので、言い逃れができない状況だった。そこで、出した結論は
「……とりあえず逃げるか」
逃げる一択だった。
「いや、手遅れだ」
テューナが一点を見つめ、指を鳴らす。
見つめている方向を見ると、遠くからドタドタと足音が響いて来る。この時点で、旭は嫌な予感がしていた。
「…………なあパントラ」
「何じゃ?」
「男は一人だけだったか?」
「2人いたが、一人逃げた」
「それは先に言おうか!!」
音が近付くにつれ、その正体がハッキリする。大勢の傭兵達だ。
「いたぞ!! ぶっ殺せ!!」
「ひっ捕らえろ!!」
旭はパントラを山羊に乗せ、山羊の尻を叩いた。
「メェエエエ!!?」
叫び声と共に足音が聞こえる方向とは逆方向に走り出す。
「逃げるぞ!!」
叫んだ旭は山羊の後を追っていく。だが、テューナだけは立ち向かう姿勢に入った。
「おいテューナ?! 何してる!?」
「我輩は軽い運動だ! 先に行って待ってろ!!」
「本当は?!」
「暴れたい!!」
「デスヨネー!!!」
テューナは全身の筋肉を膨張させ、傭兵たちに突っ込んだ。
「我輩に構わず先に行け!!」
「いやこれ以上面倒を増やすな!!!」
これ以上面倒を増やさないで欲しかったが、時すでに遅し。テューナは傭兵達と正面からぶつかり、乱闘が始まった。
多勢に無勢かと思われたが、
「くたばれ!!」
「うわ何だコイツぐはあ!!?」
「強いぞこのおんげぼあ!!?」
「何ばあ!!?」
割と善戦しているのが遠くからでも分かった。
「ああもうどうにでもなれ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!!?」
旭とマカリーはパントラと山羊を追って走り出す。
残りの傭兵が別のルートから追いかけて来て、執拗に追って来る。その際マカリーの胸が弾んでちょっと気になった旭だった。
旭達は複雑な道を走り抜け、ドンドン高い場所へ逃げていく。
「ちょっと待て!? これ追い込まれてないか?!」
上には要塞があり、どこも門が閉められ、昇ろうにも壁が高過ぎて昇れそうにない。背後からは傭兵達が迫って来る。
「ま、待てお前らあ!」
「もう止まれコラあ!」
かなりの時間走ったせいか、何だか肩で息をしている連中が多い。しかし追い続けて来ていることには変わりない。
「どうすんだこれ?!」
「メ~」
その時、山羊が道を逸れ、巨大な倉庫へ駆け込んだ。山羊は振り向いて旭達を誘導する。
「メ~~~」
「付いて来いって?」
他に道が無いので、ここは山羊に賭けることにした。
倉庫に入り、山羊は山積みにされた木箱の上をパントラを乗せながら跳んで上って行く。旭達もその後を追う。途中マカリーが登るのに苦戦していたので、旭が手を貸す。
そして、山羊は倉庫の一番高い場所にある小窓に到着した。
器用に小窓を開け、そこから隣にある倉庫の屋根が見えた。距離にして5m。
「メェ」
山羊はパントラを丁寧に降ろし、小窓から身を乗り出す。
「おいまさか……!」
「メ~~~~~!!!」
隣の屋根に向かって跳躍し、見事着地して見せた。
「メェエ!」
「おいおいおい。それはお前くらいしか……」
「トウ!!」
旭が無理だと言おうとした瞬間、パントラが先に小窓からダイナミックに跳躍して飛び移った。
華麗に着地し、ポーズまで決めて見せた。
「早く来るのじゃ家来!」
「できるかあ!!?」
しかし、後ろから追手が近付いて来ている。四の五の言ってられない状況だ。相手が息を切らしてもたついてなければ追いつかれている。
「ああもう!! 一か八かだ!!」
旭はエナジードリンクの力を使い、身体能力を上げて無理矢理小窓から飛んでみせた。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
弧を描く様に宙に飛び出し、足をばたつかせながら向かい側の屋根を目指す。
身体強化のおかげか、何とか倉庫の屋根に転がりながら着地した。屋根の瓦が痛い。
「イテテ……。な、何とか着地できた……」
「ちょ、ちょっと!! 私はどうするのよ!?」
マカリーが小窓から顔を出して叫んでいた。旭は両腕を広げ
「こっちでキャッチする!! 来い!!」
「無茶苦茶ねアナタ!! でもやるしかないみたい!」
マカリーは小窓から身を乗り出そうとする。
ムギュ
「……………………」
「……………………」
旭とマカリーが無言になって目を合わせる。何故なら
「胸が、つっかえた」
マカリーの大き過ぎる胸が小窓に引っ掛かり、小窓から出れなかったのだ。
その様子は、旭の方からも見えていた。
「……山羊の代わりに謝っとく、すまん」
「……………………」
マカリーはしばらく無言で天を仰ぐ。
「私に構わず逃げなさい! そして助けなさい!! 後でしばくから!!」
旭達に大声で叫び、送り出そうとする。
旭は申し訳なさそうな表情で
「すまん……! 必ず助ける……!!」
マカリーに伝え、その場から逃走した。パントラと山羊は一足先に逃げ出していた。
マカリーはフッと笑った。
「ゼエ、ゼエ、ゼエ……。おい何だこれ?」
「ハア、ハア、ハア……。尻だな」
後ろから息切れをしながら上がって来た傭兵の声が聞こえる。マカリーは真剣な表情で
「さあ私を早く助けなさい!! つっかえてるの!!」
堂々と傭兵に救助を頼むのだった。
「「…………ええ」」
流石の傭兵達もドン引きせざるを得なかったのだった。
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