第1話 巻き込まれて異世界




 『夕影ゆうかげ あさひ』は異世界召喚された。



 テレビで見た様な西洋の城内にある謁見の間、煌びやかな装飾品の数々、大勢の貴族と神官と思わしき人達、玉座には偉そうに座っている王様らしき人物がいる。


 そのど真ん中に、旭を含む6人がへたり込んでいた。


「ど、どこだここ?」

「え、え、何? ドッキリ?」


 他の学生と思わしき5人は激しく動揺していたが、旭は割と冷静だった。


(あー、異世界来ちゃったかあ)


 最近定番になった『異世界召喚』を漫画やアニメで結構目にしたことがある為、割とそういう知識は多い。


 旭はくせ毛の髪を掻きながら、着ている服を正して、ゆっくりと立ち上がる。他の5人も立ち上がり、それを見ていた王様は側近を手のジェスチャーで呼ぶ。


「おい。5人だけ呼んだはずだが?」

「はい、そのはずですが……」

「6人いるな?」

「はい」

「どういう事だ?」

「私にもさっぱり……」


 ヒソヒソと話し合っていると、6人の視線を感じた王様は、咳払いをする。


「あー、良くぞ来た勇者達よ! お主達は世界を救うために呼ばれたのだ!! ……しかし、何故か5人のはずが6人いる。ので1人は勇者では無い。ここで調べて違う者はとっとと出て行ってもらう」

(それは酷過ぎないか???)


 心の内で非難するが、口には出さない。うっかり処刑なんてことになったら目も当てられないからだ。

 

 早速神官達が旭達6人に近付き、勇者かどうか調べる。


「勇者ならばスキルに『勇者』とあるはず、確認させてもらう」


 何やら呪文を唱えて旭達のスキルとやらを調べ始める。


(なるほど、ここはスキルがある世界なのか。となると魔法もセットかな?)


 呑気にそんな事を考えている旭だったが、目の前にいる神官の表情が曇る。


「スキル、『エナジードリンク』? 何だこれは?」

(エナジードリンク? ……あー、なるほどね)


 旭には思い当たる節があった。


 前の世界では、オンラインゲームをやり込むために、エナジードリンクを毎日の様にがぶ飲みしていた。それが原因だろとすぐに理解した。


 神官はもう一度確認し、挙手をした。


「この者が違うようです」

「よし追放」

「待て待て待て!!?」


 あまりにもあっさりと追放と言うので、旭はついツッコんでしまう。


「何じゃ? 不満か?」

「満足だったらビックリですよ」


 そんな旭の内面は、かなり焦っていた。


(何も分からない世界に身一つで放り出されるとかゴメンだぞ!? どうにかして残らないと……!)


 御年20歳になるが、ここまで焦った事は無い。


 王様は旭をジッと見て


「じゃあ、何か役に立てることをしてみせい。そうしたら考えてやろう」

(考える時点で望みは薄いけど無いよかマシか!)


 心の中で歯を食いしばりながら、何ができるかを考える。


(ありきたりな事じゃダメだから、さっき神官が言ってた俺のスキルを披露するしかないか)


 旭はスキルを発動するために、手を前にかざした。


(確か漫画やアニメだと、こうだったはず!)


 その時、旭の頭の中にスキルの発動の仕方が入って来る。


 誰かに頭の中に知識をねじ込まれる感覚に襲われるが、それに耐えてスキルを発動する。


「発動!! 『エナジードリンク』!!」



 しかしこの時、旭は失念していた。


 発動の仕方が分かっていても、加減の仕方が分かっていない事に。


 

 発動と同時に、手から大量のエナジードリンクの缶が出現し始める。


 ホースで大量の水をいっぺんに噴出するかのように缶が溢れ出し、目の前にいた学生たちを呑み込んだ。


 更には王様、周囲の貴族と神官達を巻き込み、ほんの数秒で謁見の間埋め尽くした。


 しまいには扉をぶち破り、外にいた警備兵すらも転ぶほど溢れてしまった。


 この間僅か10秒足らずの出来事だった。


 

 旭は缶の海から顔を出し、あまりのエナジードリンクの出現に下唇を噛んでしまう。


 そして、缶の海から王様も顔を出した。


「追放」

「デスヨネー」



 こうして旭は追放された。



 ◆◆◆



 旭は王城から摘まみだされた後、街をウロウロしていた。


 街は西洋のオレンジ色の屋根の石造りの建物が立ち並び、沢山の出店で賑わっていた。地面も平らな石で舗装され、しっかりと道路ができている。


「さて、どうするかな……」


 こうなったら仕方が無いので、これからの事を考える。一番最初に、早々に街を出る事を真っ先に思いついた。


(後から王様の気が変わって追いかけられて処刑とか嫌だし、この街に長居しない方がいいな。とっとと出るか)


 街から出るために、門へと急ぐが、すれ違う人全員からの視線が気になった。どうやら服装に目線が行っている。


(こっちの世界じゃ前の世界の服は珍しいか。これじゃあ悪目立ちだな……)


 どうにか服装を変えようと、服屋を探す。すると、異世界の言語で『服屋』と書かれた看板がある店を見つけた。


(異世界召喚によくある言語通訳かな? 何にせよ言葉に不自由しなくて助かる!)


 旭は早速服屋に入った。



 ◆◆◆



(意外ととんとん拍子に進んだな)


 服屋で服を売り、その金でこの世界に合った服を買った後、旅をするのに必要な道具が揃っている雑貨屋でバッグ、毛布、火打石、ナイフ、携帯食料、コップ等を購入した。ついでに一番近い街の場所も教えて貰った。


 今は街の門の前にいた。門には番兵が立っており、出入りする人々監視している。


(後はすんなり出られればいいけど……) 


 旭はなるべく気にせず門を通ろうとする。


「待て」


 出ようとした瞬間、番兵に止められた。


「な、何でしょう?」


 旭は恐る恐る聞く。番兵は旭の全身を見る。


「……旅人か? 森を通るなら気を付けるんだぞ。最近凶悪な魔物がうろついているそうだ」

「そ、そうなんですか?」


 確かに雑貨屋で話を聞いた時、森を通過するルートしか無いと言っていた。だが魔物が出るとまで聞いていなかった。


「どんな魔物なんです?」

「どうやらかなりデカいらしい。なんでも、顔が三つあるとか」


 番兵はうろ覚えの魔物の全体像を話す。


「まあ、気を付けていれば足音で分かるはずだ。後は運だな」

「なるほど、ありがとうございます」


 旭は一礼して門をくぐっていく。


「良い旅を」


 番兵に見送られながら、外の世界へ歩き出した。



 街の外は草原が広がり、その途中で森になっている。


 道は多くの人が歩いてできた土と砂利の道で、舗装はされていない。柔らかい地面を街を行き来する人達が踏み固めていく。時々通り過ぎる馬車で、馬と車輪の足跡が付く。


 旭は太陽の日を浴びながら、目的の街へ向かって歩いて行く。


(えっと、次の町は『ネオンガーヘン』か。ひたすら南に進んでいくんだったな)


 頭の中で言葉を思い出し、南へ進む。


 1時間ほど歩くと森に入った。


 森は小高い緑葉樹が並び、時々小鳥の鳴き声も聞こえてくるのどかな場所だ。特に危険は感じられない。


(このまま行けば今日中には森を抜けられそうだな)


 そう思っていた時、番兵の言葉を思い出す。


(そういえば、魔物がどうとか言ってたな。顔が三つもあるってどんな生物なんだろ)


 危険性があるが、前の世界では空想の生物等を指していたので、どんな姿をしているのか興味があった。


(番兵さんが言ってたデカいやつじゃなくていいから、魔物を見てみたいな。ゴブリンにコボルト、カーバンクルにスライム、どんな風に動いてるのかな)


 急に好奇心が湧いてきて、魔物がいないか、周囲を見渡しながら進む。


 しばらく進んでいると、ガサガサと、横の木々の奥から音が聞こえた。


(魔物か?!)


 旭は楽しみと危機感を同時に孕んだ状態で、魔物を待ち受ける。



 待っていると、奥から魔物が現れた。

 

 緑色をした狼が3匹、ゆっくりと歩いて来る。



「何だ、狼か……」


 旭は内心ガッカリしながらも、警戒をする。


(けど、狼だろ? ってことはまさか……)

「GURURURURURU……!!」


 狼達の口から、大量の唾液が垂れている。それを見た旭の行動は、一つだった。


(逃げる!!)


 全力で走り出し、一気に道を駆け抜けていく。

 

 今まで戦う事とは無縁の世界で生きてきた旭には、逃げる以外の選択肢は無かった。


「「「GAUGAUGAUGAUGAU!!!!!」」」


 その後を追うように、狼達も一斉に走り出した。


「うおわあああああ!!? 来るな来るな来るなアアアアアアアア!!!!!!」


 全力疾走で逃げる旭。


 見晴らしが良く、地面が平坦な道ではすぐに追いつかれると思い、咄嗟に森の中に入った。


「ハア! ハア! ハア!!」


 息を切らしながら山の中を走り続ける。


 気付けば、狼達の吠える声は聞こえなくなっていた。


(な、何とか撒いたか……?)


 姿が見えなくなったのを確認し、周囲を見渡す。鬱蒼とした木々の群れの中、一人佇んでいた。道へ戻ろうにも、現在地が分からない。


「………………迷ったな、これ」


 呆然としながら空を仰いだ。



 ◆◆◆


 

 旭は森の中を進み、一先ず森の先にある山の山頂を目指すことにした。


(確か、遭難した時は下りずに上った方が良いって聞いた。他に手が無いし、今は上るしかない!)


 それなりに角度のある斜面を上り続ける。今まで登山は片手で数えられる回数しか上ってこなかったので、すぐに足が疲れて来た。


(う、運動不足が祟って来たか……)


 襲い来る疲労感を打開するために、真っ先に思いついたのが【エナジードリンク】だった。だが、脳裏に缶の海が思い浮かぶ。


(……躊躇っていても仕方ない! ここをエナドリで溢れ返させても大した問題にはならないし、行くぞ!!)


 旭は前に手をかざし、ほんの少しだけ力を開放する。



 開放したのと同時に、ポン! という音を立てて、缶が一個目の前に出現した。


 

 旭は慌ててキャッチし、缶を見る。


 缶は、前の世界でよく飲んでいた『クリーチャー』という商品名が書かれたエナジードリンクだった。


「よし! 成功!」


 一人ガッツポーズをしながら、早速エナドリを開けて飲み始める。


 シュワシュワとした炭酸が口と喉に広がり、エナドリ特有の甘味と薬っぽさが舌に染みてくる。体内に到達すると、エナドリに入っている成分が、体に無理矢理元気を湧かせてくる。同時に、目と頭が冴えてくるのを感じた。


「っっっ! かあ!! これこれ!! やっぱりエナドリはこうでなきゃな!!」


 エナドリを飲み終わると、空き缶はポン!! と煙となって消滅する。


「これは便利だな。……さて!」


 旭は頬を叩いて、一気に山を登り始める。


 足取りは軽く、疲労感はどこかへ行き、上るのが楽しくなってきた。


(エナドリってこんなに効いたっけ? ……まあ、登れるならなんだっていいか!)


 足の速さはドンドン上がり、日が暮れ始めた頃に、山頂らしき高い場所へ到達した。


 

 山頂からは、麓まで続く木々、連なる山々が夕日の赤色を浴びて染まった景色が広がっていた。


 空と雲は暗い夜の青に染みながら、赤く落ちていく陽が光り輝いており、青と赤のグラデーションが出来上がっていた。


 二つの景色が夕日を中心に上下合わさることで、対比が効いて美しさとなって目に映る。


 時折吹く風が木々の葉を揺らし、夜が迫る冷たさを知らせてくる。その風は疲労が溜まり、汗をかいていた旭の体には心地よい物だった。


 そして、空を飛ぶ4枚羽の鳥が、この世界が前の世界とは違うと実感させてくれる。



 旭は山頂からの景色に感動し、眺めていた。


(……いつぶりだろう。景色で感動するなんて)


 子供の頃は、親の影響でよく絶景紀行の番組を好んで見ては感動していたのを思い出す。


 国内ならば、時間と金が許す限り現地まで見に行き、海外は特集された録画した番組、動画見て楽しんでいた。


 進学してからはそんな時間も余裕も無くなり、勉強とアルバイトだけの生活を繰り返していた。


 だから、こうして景色を見て感動するのは、本当に久し振りなのだ。


 

 ずっと眺めていたい欲求に駆られていたが、今自分が遭難している現実を思い出す。


(いかんいかん、早いとこ道を見つけて進路を戻さないと……)



 ◆◆◆



「全然分からん」


 山頂から道を探したが。木々が生い茂っていて、全く見つからなかった。


 その上日が完全に暮れて、真っ暗になってしまった。なので今夜は森の中で焚火をつけて野宿することにした。


 焚火の前で座り、携帯食料の固いパンをかじりながら、エナドリで流し込む。


「今度は『ルビーホース』か。出てくるエナドリはランダムなのか?」


 今さっき数本出したが、出て来た種類は全部違う。今まで自分が飲んできたエナドリばかりだ。


 スキル『エナジードリンク』について考察をするが、情報が少な過ぎる。


「……検証は森を出てからにしよう。今はどうやって森を抜けるか考えないと」



『『『ほお。森から出たいのか?』』』



 背後から、ノイズを重ねた様な声が聞こえた。


 同時に、ズシン、ズシン、と、大きな足音が響いて来る。


(……まさか)


 足音が近づく度に、全身から汗が噴き出してくる。


 そして、旭の両側に巨大な何かが出てくる。


『『『残念だが、お前は森から出られない。何故なら』』』


 出て来た何かは、旭と焚火の上を跨いで現れた。



 黄金に煌めく獅子の体から、山羊、獅子、竜の三つの頭を生やし、背には竜の翼を抱え、尻尾は蛇となって舌を鳴らしていた。


 体長は5mを超えており、その巨体から放たれる威圧感で、旭は動けずにいた。



 三つの頭が旭を睨み、喋り出す。


『『『この『キマイラ』によって、食い殺されるのだからな』』』




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