第19話 幽霊で教会



 パウルが地面に落下した後、微妙な空気になっていた。



 テューナとパントラの一撃をモロに喰らったパウルの顔面は、ものの見事に凹んでおり、モザイクをかけないと見てられない状態だった。


 パウルのパーティーメンバー3人が心配そうに声を掛けている。



 一方で、巨大な幽霊は自分が襲おうとした標的が殴り倒されたことに困惑していた。


 殴った2人は戦闘を再開してしまい、割り込むのが難しい。


 どうすればいいのか分からず、途方に暮れていた。


 

 そして旭はやらかしたテューナとパントラに頭を抱えて膝をついていた。


 そんな旭の背中を、マカリーは無言で摩る。



 ◆◆◆



 30分後



「今日はこれくらいにしといてやろう」

「これ以上は時間の無駄じゃ」


 互いに気が晴れて、戦闘が終了した。


 両者軽傷で済んでおり、格闘戦に置いて互角なのが分かる。


『ア、終ワリマシタカ?』


 最初に声を掛けたのは幽霊だった。


「「「「「いやお前が言うんかい!!?」」」」」


 思わず旭、マカリー、魔法使い、剣士、弓使いがツッコんでしまう。


 テューナとパントラは幽霊を見上げ


「何だこの童は?」

「不敬である。跪くのじゃ」


 驚くどころか脅すような物言いをし始める。


『コレハ失礼シマシタ。私ハ『ゴーストキング』ノ『デミウルゴス』ト申シマス。ドウゾオ見知リオキヲ』


 片言だが、丁寧に頭を下げて挨拶する。


「ず、随分と手姿勢だな……」


 旭が驚きながらそう言うと、デミウルゴスは旭の方に視線を向ける。


『当然デス。ソチラノ褐色ノ女性ハ私ヨリ強力ナ『リッチクイーン』ナノデスカラ』

「リッチクイーン???」


 旭は知らない単語に首を傾げる。


「リッチクイーンですって?!!」


 パウルを介抱している魔法使いが驚愕していた。


「知ってるの?」


 何気なくマカリーが聞く。


「知ってるも何も、リッチクイーンはアンデット種の中でも最上位に位置する魔物ですよ!? リッチキングと同等言われてるその強さは、金級に匹敵します!!」

「……解説ありがとう」


 本人は相当危険な存在が目の前にいるから尋常じゃないくらい焦っているのだろうが、旭はそんな風に思っていないため、感情に差が出ていた。


「パントラって魔物の部類だったんだな……」

「「今更何を言ってるんだ???」」


 テューナとマカリーに何をとぼけたことを言っているんだと言わんばかりにツッコまれる旭だった。


 気を取り直して、旭はデミウルゴスに話を聞くことにする。


「で、何だって襲い掛かったんだ?」

『神殿ヲ守ル為デス。私ガゴースト二ナッタノモ、ソレガ理由デス』

「守るって、でもここは……」


 神殿は既に朽ち果て、巨大な遺跡となっていた。


『ソレデモ私ハ守ルノデス。ソレガ、私ノ存在意義ナノダカラ』


 何か含みのある言い方に引っ掛かったが、話が通じるのなら、交渉の余地がある。


「誰も立ち入らなければ、襲う事は無いんだな?」

『ソウトモ言エマス』

「分かった。一先ずギルドに報告して、神殿の立ち入りを禁止できるか聞いてみる」

『ソウシテ頂ケルノナラ』


 交渉も上手くいって、進展があったことに安堵する旭だった。


 そこに


「ねえ、いくつか聞いていい?」


 マカリーがデミウルゴスに質問する。


『何デショウ?』

「先に私達が来ていたのに、どうして襲って来なかったの?」

「それはパントラがいたからだろ」


 デミウルゴスの代わりに旭が答える。


「自分よりも強いパントラに攻撃を仕掛けて、返り討ちに合うのを恐れたんだろ。違うか?」


 旭はデミウルゴスの方を見て確認する。


 デミウルゴスは静かに頷く。


『左様デス。総合的ニ判断シテ、パントラサンガイルパーティーヲ攻撃スルノハ得策デハ無イト判断シタノデス。アサヒサンハ聡明デスネ』

「よせよ、照れるだろ」


 照れ隠しで笑う旭だったが、少し離れた所にいる弓使いは眉間にシワを寄せていた。


「え、なに? じゃあ私達が襲われたのって……」

『スッゴク弱カッタカラデス』


 ストレートに放たれた言葉がパウル達のパーティー全員に刺さり、図星だから言い返すこともできず、ショックで項垂れるしかなかった。


 マカリーは気にせず質問を再開する。


「アナタっていつからゴーストとして過ごしているの? 随分記憶が曖昧そうだけど」

『ツイ最近デス。覚エテイルコトハ、コノ神殿ヲ守ルコト、不届キ者ヲ排除スル事ダケデシテ、過去ノ事ハ、マダ何モ……』


 歯切れの悪い返答で、本当に覚えていないように見える。


「……そう、分かったわ。色々答えてくれてありがとうね」


 マカリーのお礼の言葉に、デミウルゴスは礼儀正しく頭を下げた。



 ◆◆◆



 それから旭達は、この事を報告するために、一度ローエントまで引き返した。



 パウル達も一緒に帰還し、ギルドに到着した後、コンヂートに簡潔に報告する。



「この馬鹿者共!! 何を考えているんだ!!!」



 報告を聞いて早々、コンヂートはパウルのパーティーに説教を始めた。


 説教の内容は割愛するが、どれだけ危険な事をしたのかというかなり真っ当な内容で、誰も反論できず、ただただ項垂れて反省していた。


 元凶のパウルはギルドの治療室で治療することになり、後日折檻されることとなった。


 

 小一時間みっちり怒った後、コンヂートは旭達との話を始める。


「すまなかったな。うちの若いのが出しゃばったせいでとんだ迷惑をかけた……」


 コンヂートは深々と頭を下げて謝罪する。


「顔を上げて下さいコンヂートさん。彼らがいなかったらデミウルゴスは出て来てくれませんでしたから、逆にありがたかったです」


 旭はなるべく敵を増やさない言い方で、コンヂートの頭を上げさせる。


「そう言ってくれるとありがたいよ……」

「それで、遺跡での件なんですが……」

「それなんだが、立入禁止にするのは難しいかもしれん」

「どうしてですか?」


 旭の質問に、コンヂートは難しい表情になる。


「あそこは一応教会の私有地なんだ。教会の土地に幽霊の魔物が定住しているなんて広まったら、面子が立たない。一刻も早く討伐しろと依頼を出すだろうな」

「そう、でしたか……」


 平和的に解決できるかと思っていたが、そう簡単にはいかないのだなと痛感する。


 だが、諦めるにはまだ早い。


(デミウルゴスを消滅させず、教会を納得させる方法は無いものか……)


 何とか打開策を考えるが、材料が足りな過ぎる。


(教会とデミウルゴスからもっと事情を聴かないと、折り合いをつけられない。まずは情報収集だ)


 旭は問題解決のため、動くことにする。


「コンヂートさん、とりあえず教会への報告はもう少し待ってくれませんか?」

「と言うと?」

「まだ気になる事がありまして……、それを調べたいんです」


 コンヂートは旭の表情を見て、何か考えがある事を悟る。


「……分かった。期限まで時間はある。存分に調べてくるといい」

「ありがとうございます!」


 旭は頭を下げて感謝する。



 ◆◆◆



 旭達はギルドを出て、マッチョのシェフがいる店で話し合いを始める。


「とりあえず明日教会に行ってデミウルゴスについて調べてみる。元は神官っぽいし、何か分かるかもしれない」

「私も行くわ。何か隠してるかも」


 旭とマカリーは教会へ行くことにし、


「では我輩とパントラはデミウルゴスに話を聞いて来る。何かしら思い出したかもしれないからな」


 テューナとパントラはデミウルゴスの所へ行くことにした。


「余に仕事を勝手に押し付けるとは何事じゃ!! 不敬であるぞ!!」


 勝手に話が進んだことに異を唱えるパントラに対し、旭は


「そう言わずに、幽霊に詳しいのは女王パントラだけですから、何卒、お力をお貸し下さい。成功した暁には、何でも言う事を一つ聞きますので……」


 旭のお願いに、パントラはピクリと反応する。


「言うたな? その言葉、忘れるでないぞ」


 不敵な笑みを浮かべて、やる気を全開にするのだった。


((あんな事言って、大丈夫なのだろうか?))


 テューナとマカリーは、旭がとんでもない目に合う未来が容易に想像できた。


 旭はそんな事を想像もせず、パントラを丸め込めて良かったと安心していた。


「それじゃあ明日の朝から早速動く。頼んだぞ皆」

「任された」

「余に不可能はないのじゃ!!」

「もちろんよ!」


 各々役目を果たすべく、気合を入れるのだった。


 

 ◆◆◆



 翌日



 テューナとパントラ(山羊も付属)を見送った後、旭とマカリーは町の中心にある教会こと聖マルニエ教会へと赴いた。


 聖マルニエ教会の建物は、4つの塔が一つに合わせた構成にされており、大聖堂と呼ぶに相応しい佇まいをしている。町を囲む壁よりも高く、町のどんな建物よりも大きい。細部まで作り込まれた装飾と彫刻が、正面だけでもかなりの数が配置され、相当な力を入れて建てられたのがよく分かる。


 旭とマカリーは教会の正門前で見上げていた。正門も光が入るよう高く造られており、見上げると首が痛くなる。


「近くで見ると、本当にデカいな……」

「本当にね……」


 2人は正門を通って入ろうとした時だった。



 バイン!! ドシャ!!


 

「アイタ!?」


 旭の後ろから、マカリーの痛みによる声が聞こえた。


 振り返ると、マカリーが仰向けで倒れていた。後頭部を打ち、相当痛かったため、両手で押さえていた。


「大丈夫かマカリー!!?」

「いっっったい!? 何なのよもう!!」


 旭が引き返してマカリーを起こそうと手を伸ばした。


 伸ばした瞬間、ガン! と、正門を境に、見えない壁に手が当たった。


「痛い!!? 突き指した!!?」


 手をブンブン振った後、重傷になってないか確認する。変色していないので、一先ず大丈夫だった。


「しかし、何なんだこれ……?」


 見えない壁で分断され、旭は外に出れず、マカリーは中へ入れない状況になってしまった。


 何度か叩いてみるが、破壊できるか怪しい。


「それは私めの魔法壁でございます」


 旭は聖堂の中の方へ振り向く。


 そこには、神官の老人が立っていた。身なりからして、位の高い人物だと分かる。


 周囲には、修道服を着た信者が控えている。


 老人は会釈し


「初めまして冒険者の青年。私はここで神父をしている『グスタフ』という者です」


 丁寧に挨拶する。


「……初めまして、旭と申します」


 旭も冷静に挨拶を返す。


 グスタフはフエフエと笑いながら


「礼儀正しくてよろしい。参考にさせたいほどですぞ」


 旭の対応を称賛する。


 旭はグスタフを睨みながら


「ありがとうございます。それで、この壁をどうして作ったんですか?」


 グスタフに問う。


「簡単な話じゃ。彼女が魔物だからじゃ」


 その答えに、旭は思わず肩を小さく震わせる。


(まさか、見抜いたのか?)


 同時に、冷や汗が頬を伝う。


 今まで問題になっていなかったのが不思議なくらいだが、本来魔物は討伐の対象。友好的(?)なのが稀有なのだ。


 教会は魔物を忌み嫌う集団。見破る技術があってもおかしくはない。ましてや、その魔物と一緒にいた旭が何をされるか分からない。


 旭は身構えながら


「……どうしてそう思ったんです?」


 問いかける。


 フエフエと笑いながら、グスタフはマカリーを指差した。


「簡単な事ですぞ。何故なら……」


 グスタフの言葉に、旭は生唾を飲む。そして、理由を話す。



「そんな乳の大きな女性はおらぬじゃろ」



「ぶっ殺すぞジジイ!!!」


 胸で偏見を受けたマカリーがキレ始め、見えない壁を連続で蹴り始める。


「ほれ、あれだけ暴れるのが証拠ですぞ」

「流石に失礼が過ぎますよ」


 呆れた理由に一気に冷めてしまった旭だった。


 

 

 数分後



 暴れ続けるマカリーを宥めた後、グスタフを説得してなんとかマカリーが魔物ではないと偽証した。


 

 グスタフは納得し、周囲にいた信者達を下げさせた後、頭を下げながら


「いやあ、本当に申し訳ない。わざわざ訪ねて来て下さったのにとんだ失礼を……」

「分かって頂けたなら十分です」


 背後でフーフー言ってるマカリーを落ち着かせながら、グスタフの案内で大聖堂の中、礼拝堂へ通してもらえた。


 礼拝堂はとても高いアーチ状の天井が特徴的で、壁に貼られたステンドグラスから入る陽の光によって、明るく開放的な空間となっている。


 ステンドグラスは枠で綺麗な模様が造られ、床に映る影に模様を作り出している。加えて、精密に造られた装飾と彫刻が多数配置され、荘厳な雰囲気となっている。


 3人は礼拝堂の長椅子に座る。


「さて、本日はどういったご用件で?」


 いきなり本題から聞いて来るグスタフに驚きつつも、旭は話を切り出す。


「……実はですね、ある人物についてお聞きしたく、こちらに来たんです」

「それは一体……?」

「デミウルゴス、という神官の方です。ご存じありませんか?」


 グスタフはデミウルゴスの名前を思い出そうとする。


「デミウルゴス……。確か、そんな名前の方がいらしたような……」


 唸りながら自身の記憶を辿る。そして、


「…………思い出しました。150年前にそのような神官がいらっしゃいました」

「本当ですか?!」

「ええ。町の外れにある神殿で神官をしていた者です。彼はマルニエ様を祀る神殿の神官長を務め、それはそれは熱心な崇拝者だったと記録が残っています」


 だが、グスタフの表情が曇る。


「ただ、神殿が修復不可能になるまで老朽化したので、場所を移すとなった時、彼は猛反対したのです。この神殿こそが唯一無二の聖地であると」

「それで、彼は一人残った、と」

「ええ。一人神殿に残り、死ぬまでマルニエ様を崇拝し続けたとのことです。教会は彼を名誉ある信者として記録に残しました。この事はマルニエ教会の者であれば誰でも知っていることなのです」

「そうでしたか……」


 旭は事の深刻さに頭を悩ませる。


 この話が本当なら、デミウルゴスの言っている意味が変わって来る。


 もしデミウルゴスが完全に記憶を取り戻せば、どんな影響を及ぼすか分からない。あれだけ巨大な幽霊と変貌した以上、その力は計り知れない。


「この話を聞いて来たということは、貴方達が神殿の依頼を受けて下さった方々ですかな?」

「……はい」


 旭の表情を見て、グスタフは旭の質問をしてきた意図を察した。


「その様子ですと、デミウルゴス様は……」

「……残念ながら、幽霊の魔物に」


 これ以上隠しても仕方が無いと悟り、旭はデミウルゴスの状態を伝える。グスタフは頭を押さえながら、


「薄々こうなるのではないかと、先代達も危惧しておったのじゃが、まさか私めの時に……」


 デミウルゴスの事を嘆いた。


 しばらく頭を押さえた後、顔を上げて旭に向ける。


「現れた以上仕方がありません。アサヒ殿、討伐を依頼してもよろしいか?」

「自分は構いません。ですが、青依頼の方の完了を認めてからでもいいですか? どうしても青の実績が必要でして……」

「構いません。ちょっと待っておくれ。文官に書類の準備を……」


 直後、外からズドォオン!! という重い衝撃音が響き渡る。


 教会の建物も揺れ、立ち上がろうとしたグスタフはよろけ、慌てて長椅子に捕まる。


「な、何事じゃ?!!」

「グスタフ神父、大変です!! 町の中に魔物が!!」

「何じゃと!!?」


 その知らせを聞いた旭は、とてつもなく嫌な予感を感じていた。


「まさか……!!?」


 旭、マカリー、グスタフは急いで外に出て状況を確認する。



 町中で、神殿で見た幽霊、デミウルゴスが暴れていた。



『COoOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!』


 冷気を口から吐きながら、両腕を振って前進しながら暴れまわっている。


「デミウルゴスさん!? どうしてここに!?」


 神殿にいるはずのデミウルゴスが、何故町中で暴れているのか、それはすぐに分かった。


「おお、アサヒ。まだ教会にいたか」


 テューナが山羊とパントラを両脇に抱え、デミウルゴスを連れて旭達の方へ走って来た。


 旭の嫌な予感が的中する。


「何したテューナ?!!」

「ウジウジ話を聞いても仕方ないと思って連れて来た!!」

「馬鹿!! シンプルに馬鹿!!!」

『誰ガ能無シジャゴラア!!!』

「そしてパントラァア!!!」

「何で余の事も怒るのじゃ!! 普通に会話したまでじゃ!!」


 2人に交渉をさせるのを、今後一切させまいと心に誓った旭だった。




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