第11話 語って夢へ



「ちょりあ!!」


 旭は白依頼の雑用として、町の広場の掃除をしていた。


 ブラシで石の花壇を擦り、草むしりもして広場全体を綺麗にしていく。その傍で山羊がむしった草を食べていた。


 エナジードリンクの力を借りて集中力とやる気を高め、一気に終わらせてみせた。


 掃除を完了させたのは、30分するかしないかだ。


「これでどうですか?」


 依頼人である役人が広場の状態を見て、綺麗になったのを確認した。


「……はい、確認しました。これで依頼は完了です。お疲れ様でした」


 役人は旭に依頼完了書を渡す。


「ありがとうございます!」


 旭は完了書を受け取り、ギルドへと向かう。その後を山羊が付いて行った。



 ◆◆◆



 ギルドから報酬を受け取った旭は、今日の宿代分は確保できて良かったと胸をなでおろした。


 仕事を終えた旭は、山羊を連れて町を歩いて行く。


(テューナとパントラは討伐に行ってくれたけど、上手くやってるかなあ……。やっぱり俺がパントラを監視してた方が……)


 色々と考えるが、今更後悔しても遅いので、気持ちを切り替える。


(今更過去の事をあーだこーだ考えても仕方ない。切り替えて、俺がやるべき事をやろう!)


 旭は早速、マソップのいる家へと向かう。



 しかし、マソップは一向に相手にしてくれなかった。


 こんなやりとりを、すでに7日も繰り返しているのだ。



 ◆◆◆



 8日目



 旭は依頼を終え、ギルドで報酬を受け取っていた。


「こちらが報酬になります。お受け取り下さい」

「ありがとうございます」


 お礼を言って、受け取った銀と花の硬貨7枚を袋に入れた。


「…………まだマソップさんの所に行ってるんですか?」

「はい。どうしても必要な情報ですので」


 笑顔で答える旭に、受付嬢は心配そうな表情をする。


「そこまでする理由は、何なんですか?」


 毎日怒鳴られ、嫌な目に合っているにも関わらず会いに行くのは、何か理由がなければできないことだ。受付嬢はそれが気になった。


 旭は突然の質問に驚きつつも、


「そうですね。俺の叶えたい夢のため、です」

「夢、ですか」

「はい。どうしても叶えたい、夢です」


 真っすぐに答える旭を見て、どれだけ強い意志で言っているのか、それがハッキリと分かる。


 受付嬢は、その夢を知りたくなった。


「それは、どんな―――」


 最後まで言い切る前に、受付嬢と旭の間、カウンターにドスン!! と、熊の首が落ちてきた。


「討伐依頼の魔物、シェルベアーの首だ。依頼完了書代わりに持って来たぞ」

「テューナ、お前……」


 旭は後ろから来たテューナを振り向いて睨む。テューナの後ろには、パントラがいた。



 この7日で、テューナのレベルが上がり『銅級』に昇級した。


 レベル種別は赤だけだが、それでも銅級に上がるには十分な功績だった。おかげで実入りの良い討伐依頼を受けれるようになったのだ。


 ただ、残った肉を全て食べてしまう癖は治らなかった。



 テューナの持って来たシェルベアーの首に怖じ気づきながらも、業務を遂行する。


「か、かしこまりました。少々お待ちください……!」


 奥にいる男性職員に協力を仰ぎ、シェルベアーの首を持って行ってもらった後、テューナに銀と剣5枚が報酬として渡された。傍にいた旭は自身の稼ぎの少なさに悲観していた。


 テューナは受け取った報酬を袋に入れる。


「で、今日も行くのか?」


 袋に入れながら、旭に尋ねる。


「もちろん。絶対諦めないぞ」

「……そうか」

「これ家来! 雑種! 余を無視して話を進めるでない!!」


 そこへ、パントラが割り込んでくる。


「毎日毎日騙されて働かせられてる身にもなってほしいものじゃ! 労え!」

「はいはい」


 旭はパントラの肩を揉んだりして労う。


「そう、それでよいのじゃ」


 満足げなパントラに聞こえないギリギリの所で、テューナと会話を始める。


「(で、相変わらずあの方法で仕事させてるのか?)」

「(女王のくせにそんなこともできないのかと煽れば意地で手伝ってくれるのは変わらずだ)」

「(そうですか……)」


 溜息をつきながら、パントラの全身をほぐしていく。


「……お主、パントラには随分と甘いな」

「そうか?」


 とぼける旭だったが、


(殺されかけたからとは言えないなあ。死の恐怖には抗えないよ……)


 ちゃんと理由があってパントラを甘やかしていた。


 ちなみに、


「あ、姉さん方!! お疲れ様です!!」

「「お疲れ様です!!」」


 テューナとパントラの戦闘力の高さにビビったのか認められたのか分からないが、この前の冒険者含め、この町の冒険者たちはテューナとパントラにやたらと腰が低くなった。



 しばらくパントラのマッサージをしてから、旭だけでマソップのところへ向かう。


 この7日の間で、怒鳴られて追い返されるのを始め、水をかけられたり、壺を投げつけられたり、剣で斬りかかれたりと、とにかく手ひどい歓迎をされていた。


 それでも懲りずに旭はマソップの家を訪ねた。


「マソップさん! いらっしゃいますか?」


 旭が尋ねると、扉が開く。マソップだ。


「また来たのか……! いい加減諦めろというのが分からんのか!!」

「こちらにも諦めきれない理由があります。どうか夜天の主に関する文献を見せて下さい。お願いします!」


 深々と頭を下げ、誠心誠意お願いする。


 マソップは下唇を噛み、決して折れない旭をどうやって追い返そうかと考えるが、この7日間で全てやり尽くしてしまった。これ以上方法が無い。


「ぬぐぐぐぐぐ……!!」


 頭を下げ続ける旭に悪意は無い。純粋な頼み事だ。


 無視を決め込もうとも思ったが、ここまでしっかりとした頼んでくる人間を無下にすることができなかった。前日までやってきた追い返しに罪悪感すら覚え始めている。


 それでも、マソップも引き下がらない。


「前にも言ったはずだ! そんな夢を追いかけて将来役に立つのか?! 腹が膨れるかと!? 無意味な事に費やす時間があるならもっと堅実的な事をしろ!!」


 マソップの言う事は確かに正論だ。旭の絶景を見に行く旅は、将来役に立つ可能性は限りなく低い。腹も膨れない。それなら確実にためになるであろう仕事に打ち込むのが正しいのだろう。



 しかし、旭は違う。



「確かに、おっしゃる通りです。将来役に立つかなんて分かりません。仕事をして日銭を稼ぐのが良いのも分かります」

「なら!」

「それでも!! 俺は俺の夢を追いかけたい!!」


 旭は、自分のしたいことを叫ぶ。


 自分の夢を追いかけたいと。


「無茶で無謀で馬鹿で愚かと言われても、俺は俺のやりたい事をしたい!!!  どんな困難が立ちはだかろうとも、絶対やり遂げると決めたんだ!! もし後悔するとしても、やらなかった後悔より、やった後悔で膝をつきたい!!!」


 心からの叫びと迫力に、マソップは呆気に取られていた。


「そんな、子供の様な我儘が通るか!」

「通してみせる!! それが俺の意志だ!!」


 旭の強い意志を、マソップにぶつける。真っ直ぐな言葉で、思いの丈を伝えた。


 マソップは旭がどこまでも本気なのだと、だから決して諦めないのだと理解した。


「……………………」


 口をつぐんで、沈黙する。


 そして、


「……ワシの負けだ。お前さんに何を言っても変わりそうにない」


 溜息交じりで降伏した。


 同時に、扉を開き、旭を招く。


「入れ。文献を読ませてやろう」


 旭はその言葉を聞いて、表情が明るくなる。


「ありがとうございます!!!」


 深々と頭を下げて、お礼を言うのだった。 



 ◆◆◆



 マソップの家の中は綺麗に整頓されており、生活感が無いくらい物が無い。


 最低限の家具と食器、目立つのは本がギッシリと入った棚くらいだ。



 旭が家の中を見渡していると、マソップは旭に椅子を出す。


「座れ。今から文献を出してやる」


 そう言って本棚を漁り始めた。その様子を旭は見ていて、違和感を覚えた。


(本がある……。この世界は木板ばかりだったから、久し振りに見たな)


 この世界ではまだ紙があまり普及していない。そのため木板を使って書いていたりしていた。


 マソップの本棚には、軽く100冊にも及ぶ本が収められている。相当な値段を費やして揃えたに違いない。


「……あった。これだ」


 マソップは一冊の本を手に取り、旭のもとに持ってくる。本の表紙には『夜空を渡る者』と題されていた。

「ありがとうございます。では早速……」


 早々に全部読んでしまおうとするが、


「貸してやる。期限は気にしなくていい」


 マソップから意外な言葉が出てきた。


「で、ですが、これって貴重な物では……?」


 旭は驚きながら質問する。


「そうだ。夜天の主を追った記録で、冊数は殆どない。だから貸してやる」


 次の瞬間、マソップは指を突き出した。


「だから必ず返しに来い。夜天の主を見つけてな」


 旭はその言葉を聞いて、


「はい!!」


 力強く答えた。



 本を懐にしまおうとした時、ドムトルから貰った小袋を見つけた。


(そういえば、ドムトルさんに貰ったこれ、結局使わなかったな……)


 旭は小袋を手の上に出す。


「ん? それは、ドムトルのか?」

「はい、そうです。知人だという証明になると……」

「見せてみろ」


 マソップに小袋を手渡し、小袋の口を開いて中を確認してもらう。


「……なるほど、そういう事か」


 何かに納得し、小袋の口を閉める。


「何故お前がワシの所に文献があるのを知っているのかは分かった。ドムトルの奴のせいだな」


 半分納得、半分呆れた表情で小袋を眺める。


「確かにこれはドムトルとの関係を証明するものだ。しかし、本当に必要になるのはもう少し先だ」


 マソップは旭に小袋を返し、


「そして、お前さんにどれだけ期待しているのかも、よく分かった」


 肩を軽く叩いてくれた。


「? そうですか……」


 不思議に思いながら、小袋の中身はとても意味がある物だと理解した。



 旭は長居するのも悪いと思い、マソップの家から早々に立ち去ることにした。


「すっかり長居してしまいましてすみません。これで失礼します」

「全くだ。これで静かになる」


 マソップは悪態をつきながらも、見送りに出てきた。


「…………そういえば名前を聞いていなかったな。お前、名前は何という?」

「今更ですか……」


 旭は呆れつつも、


「旭です。旅人の旭」

「旅人のアサヒ、か。よく覚えた」

「では、これで」


 この場を去ろうとする旭に


「待て。最後に一つ聞きたい」


 マソップが引き留める。


「何でしょうか?」

「諦めなかった理由は分かったが、ワシがちゃんと持っていると何故思えた? 捨ててしまったのでは、と思わなかったのか?」


 旭はその質問に、フッと笑ってしまった。


「それはありえませんよ、絶対に。だって……」


 庭の方を向きそこに広がる景色を見る。



「こんなにも絶景を好んでる人が、そんなことするはずないじゃないですか」



 旭の視線の先、そこにはルアープを一望できる景色が広がっていた。


 

 ルアープの建物と広場が組み合わさった独特な街並み、何度も曲がって町を渡る河、ところどころに存在する小高い山と、その上にある立派な建物達。


 それらが陽の光を浴びて、光と影で様々な模様を作り出し、一枚の絵画となっていた。


 

 その風景が、この庭から綺麗に見えていた。


 座って見下ろせるように柵となる壁は低く作られ、芝生で敷き詰められた庭は山から吹く風で心地よい囁きの様な音を奏でている。



 旭は庭と町の風景を眺める。


「この場所に家を建てたのは、この景色をいつでも見れるようにするため、ですよね? ここまでして景色を見ていたいという人が、そんな事をするとは思えなかったんです」

「………………」


 マソップは旭の推理に沈黙した。そして、小さくため息をつく。


「……そうか、最初から見透かされていたか……」

「?」

「なに、こっちの話だ。引き留めて悪かったな、気を付けて行ってくるといい」


 目を逸らしながら、旭を送り出す。旭はニッと笑い


「はい! 行ってきます!!」


 マソップに一時いっときの別れを告げて、走り出した。


 その背中を、マソップは見届けていた。


(アサヒ、お前なら辿り着けるかもしれんな。ワシが諦めた、天海の島に)


 自分が成しえなかった夢を静かに託し、その姿が見えなくなるまで見送ったのだった。



 ◆◆◆



 翌日 朝



 旭達は次の町へ向かう事にした。


 荷物をまとめ、ルアープの西側から出立するところだった。


「ここから更に西へ向かって国境を目指すぞ。途中の町で資金調達、物資補給をしながらだけど、10日程度あれば到着するはずだ」


 旭はギルドで買った国の大雑把な地図でルートをテューナとパントラに話す。


「ほうか。まあ我輩もお主の旅に同行すると決めた以上異論はない。好きにしろ」

「鳥を食いながら喋るな」

「余もそれで構わぬ。とっとと行くのじゃ」

「メ~~~~~」

「そっちはそっちでマイペースだな!?」


 2人と一匹に振り回されつつも、旭は気を取り直して


「それじゃあ、行こう!!」


 一行は、目的地を目指すのだった。




 しかし、彼らは気付いていない。


 彼らの後を追う、恐るべき怪物がいることに。



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