第10話 へそ曲がって商人



 ザンメングを出発してから2日



 西へ移動し、次の町『ルアープ』へ辿り着いた。



 ルアープは河に面した町で、平地には2階建ての建物が立ち並び、小高い山々には要塞の様な大きな建物が建っている。いずれもミント色の屋根、白い壁で造られている。入り組んだ道の途中途中に広場があり、独特な町の造りをしていた。広場や山には、多くの草木が生い茂り、涼しげな雰囲気を町に纏わせている。


 河には舟を停める停留所があり、漁をするための舟、向こう岸まで渡るための舟などが多数停まっていた。


 

 旭達はまず町のギルドに向かっていた。


(また資金が底をつきそうだ……。資金を集めないと)


 テューナがいつも大食いするせいで貯蓄できないため、食糧はいつもジリ貧。おかげで資金が貯まらない状態にある。エナジードリンクのおかげでへたっていないのが唯一の救いだ。


(それに、パントラを冒険者登録させておかないとな)


 国外に出るのに、身分証明ができる冒険者カードが無いと不利になりそうなので、この町のギルドで作っておくことにした。ただでさえ悪目立ちしているのに、身分不明というのは怪しまれる。


 色々考えている旭の後ろで鳥を咀嚼しているテューナ、山羊に乗っているパントラは退屈そうにしていた。



 しばらく歩いて、ルアープのギルドに到着した。


 施設の建物の並びにあり、小綺麗な3階建ての石造りの建物で、一軒家3つ分の横幅を有している。両隣に建物があるせいで、狭苦しく見える。


 旭は山羊をギルドの前に停めた。


「それじゃあ入るけど、くれぐれもトラブルを起こすなよ」

「絡んでこなければ何もしない」

「不敬でなければよい」


 テューナとパントラに釘を刺すが、返事に不安になる旭だった。


 扉を開けて中に入ると、お決まりのギルドのレイアウトになっていた。何人か冒険者がいたが、気にせず受付へ向かう。


「何か御用でしょうか?」


 可愛らしい受付嬢が対応してくれる。


「この女性に冒険者カードを作ってもらいたいんですが……」

「冒険者登録ですね! かしこまりました!?」


 受付嬢はパントラを見て一瞬肩を震わせたが、すぐに平静を取り戻し、業務を遂行する。


「ではこちらの木板に必要事項を……」

「家来、代わりに書くのじゃ」

「いや自分で書きなよ」

「余の知っている字体と違う。これから覚える故、代わりに書くのじゃ」

「へいへい……」


 パントラの代わりに旭が記入し、受付嬢に渡す。名前と性別はちゃんと書いたが、年齢はどうするか迷った。


「いくつ?」

「20としておけ」

「はい」


 20に見えなくもないので、20と書いた。


 記入した木板を受付嬢に渡す。


「はい、ありがとうございます」


 受付嬢は木板を奥にいる別の職員に渡した。


「作成までお時間がかかりますので、しばらくお待ちください」

「受付嬢さん、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「何でしょうか?」

「この町にマソップっていう商人がいるはずなんですけど、知らないですか?」


 マソップという名前を聞いた受付嬢の表情が、曇る。


「……お知り合いなんですか?」

「いえ、知り合いじゃないですけど。ちょっと御用がありまして……」

「それは、お気の毒に……」


 受付嬢は憐れむような表情で旭を見る。


「……何か問題が?」


 旭は受付嬢の反応が気になり、質問する。受付嬢は躊躇いつつも、質問に答える。


「その、マソップさんはですね、この町では有名な屁理屈なんです」

「屁理屈、ですか」

「はい。それも極度の」

「マジすか……」


 思わずタメ語が出てしまう。これから会う予定の人間が、極度の屁理屈と聞いて複雑な心境にならない人間はいないだろう。旭は今、その状態だ。


 だが、


「……それでも会わないといけない用があるので、居場所を教えてくれませんか」


 目的のために、そんな事を気にしてられない。諦める訳にはいかないのだ。


 真面目な表情で尋ねる旭に驚きつつも、真剣であることを悟った受付嬢は


「……マソップさんはここから北に行ったメルベル山の中腹にある一軒家に住んでます。他に何も無いので、すぐに分かると思います」

「分かりました。教えていただきありがとうございます」


 旭は微笑んでお礼を言った。


「2人共、目的の場所が……」


 振り返って次に向かう場所を知らせようとする。が、


「なあ姉ちゃん。俺達とパーティー組もうぜ」

「良かったら晩飯もおごるぜ?」

「冒険者じゃなくて個人的に付き合うのもいいぜ」


 テューナとパントラは、ここのギルドの若い男の冒険者たちに絡まれていた。2人の表情は明らかに良くない。


(あ、マズイ)


 旭はトラブルになる前に止めようと動くが、


「そなたら、誰に向かってその様な口を叩いておる?」


 先にパントラの口が動いた。ここから先の展開が読めた旭は再び受付嬢の方へ戻る。


「すいません、ちょっと荒れます」

「あ、はい」


 受付嬢は連れにちょっかいをかけられたから小競り合いでも起きるのだろうと思い、冒険者間ではよくある事だったのでただ返事をするだけだった。


 パントラは近くにあったテーブルの上に乗る。


「余こそは絶世の美女!! 女王パントラじゃ!! 跪け!!」


 声高らかに言い放つパントラに、冒険者達は呆気に取られていた。パントラは構わず言葉を続ける。


「雑種風情の戯言に付き合う程暇では無い。失せるのじゃ」

「何だと……!!」


 パントラの言葉に腹が立った冒険者の一人が、パントラに掴みかかろうとズカズカ近付いていく。


「ちょっと美人だからって調子に乗るなよ!!」

「不敬な雑種……。死刑」


 パントラの足の筋肉が、急激に膨張する。それぞれの筋肉のパーツが分かる程膨らみ、凶悪さが増していく。


 近付いてくる冒険者が足の攻撃範囲に入ったのを視認し、足を少し浮かせた。


 刹那、パントラの蹴りが炸裂する。


 ボッ!!! という空気の衝撃波の音が響き、残像すら見えない程の速さで冒険者の顔側面を蹴り飛ばす。


 直撃と同時に斜め下に蹴り飛ばされた冒険者の頭は、一瞬で床にめり込み、釣られる形で身体が宙を舞った。床の木材には小規模のクレーターが作られ、バキィイ!! という破壊音を響かせて砕けた。


 こんな一撃を喰らって普通の人間が無事なわけは無く、すぐさま気絶してしまった。


 旭はその様子を見て


(蹴りが得意とは思っていたけど、あの威力は聞いてないぞ……!?)


 背筋が凍っていた。


 もしミイラの状態で今の威力の蹴りを放たれていたら、間違いなく両手が吹き飛んでいただろう。想像するだけで恐ろしい。


 パントラはめり込んだ冒険者を見下しながら


「これでも余を敬わないとのたまうか?」

「てめえ!!」


 仲間の冒険者もパントラに襲い掛かる。


「馬鹿な雑種じゃ」


 パントラは手から幽霊を呼び出し、


「ふん!」


 投げて襲い来る冒険者達にすり抜けさせる。


 幽霊の直撃を受けた冒険者達は低体温症に陥り、その場で倒れた。


「こういう訳です」

「きゅ、救急班んんん!」


 受付嬢は慌てて治療できる人を探しに行ってしまった。


 パントラは全滅した冒険者を見下した後、テーブルに腰掛け旭に蹴った足を突き出す。


「家来。汚れたから、拭くのじゃ」

「………………」


 旭は口をへの字にして黙りながら、綺麗な布で足を拭いてあげる。


 丁寧に、ムラや漏れが無いように拭いていく。


(まあ、役得だからいいんだけど)


 足を見つつ、パントラの腰布からチラリと見えるいやらしく太めの太腿が目の保養になる。こちらに来てから『そういう事』を楽しむ事ができなかったため、こういうご褒美ができたのは旭にとって束の間の娯楽だ。


(あんまり見ない方がいいんだけど、欲望には逆らえないな……)

「家来……」


 ハッとなり顔を上げると、パントラが眉をひそめていた。


「余の恥部を見て頬を緩めていいという許可は与えていないのじゃが?」

「すいません見とれてました!!」

「問答無用!!」


 旭は咄嗟に謝ったが、拭いていた足で踵落としを喰らわされた。



 ◆◆◆



 踵落としを喰らって気絶している間に冒険者カードが完成し、パントラが倒した冒険者はギルドの治癒師に治療されながら搬送されていった。


 そして旭達はマソップのいるメルベル山の中腹へ向かう。


 山はそこまで高くなく、子供でも20分あれば登れる高さしかない。斜面も道が作られており、とても緩やかだ。道の周りには木々が生い茂っている。


「思いっ切り蹴ることは無いだろ……」

「死刑で無いだけマシと思え。愚か者」


 パントラはプリプリ怒りながら、山羊に乗って揺らされていた。


「……おい。あれじゃないか?」


 テューナの視線の先に、一軒家があった。


 生い茂った木々の中に庭付きのこじんまりとした小さな家が存在し、外見はとても寂れている。


 とても商人の家とは思えない風貌だった。


「これが、マソップさんの家……?」

「馬小屋の間違いだろ」

「失礼過ぎるわ!!」

「物置小屋じゃな」

「どっちにしろ失礼!!」


 テューナとパントラにツッコミを入れていると、家の扉が開いた。


「やかましいぞ!! 人の家の前で何をやっている?!」


 家から怒鳴り声を上げて出てきたのは、腰の曲がった老人だった。


 身なりは良いが、顔つきはとても険しく、睨むような表情をしている。白髪交じりのオールバックにした長髪も特徴的だ。


「こんな所まで来て騒ぎおって……! 嫌がらせか!!」

「ち、違うんです! マソップさんに御用があって来たんです!!」

「ワシに用だと?」


 老人、マソップは旭を睨みながら近づいて来る。


「はい! マソップさんが持っている夜天の主の文献を読みたくて来まして……!」


 旭は身振り手振りでどうしても読まして欲しい事をアピールする。


 マソップはジッと旭を睨み続ける。


「…………読んでどうする?」

「天海の島へ行きたいんです。夜天の主がいる絶景の島、それを見てみたいんです」


 マソップは真剣な表情で語る旭に対し、ギリギリと歯ぎしりをする。そして、


「くだらん」

「はい?」


 小さく言葉を吐き捨てた後、旭に食って掛かる。


「くだらないと言ったんだ!! 夢で腹が膨れるか?! 絶景を見て何を得られる?! そんな戯言言っている暇があるなら真っ当な仕事にでも付け!!」

「そ、それは……!」

「言い訳は聞かん!! 帰れ!!」


 マソップはズカズカと家に戻り、扉を思いっ切り閉めて閉じ籠ってしまった。


 残された旭達は、呆然と取り残された。


「どうする? まだ粘るか?」

「……いや、今無理に頼んでも意固地になるだけだ。今日の所は一度下がろう」

「諦めないのじゃな、家来は」


 パントラの言葉に、旭はニッと笑い


「諦める気はないよ。これだけは譲れないからな」


 何度でもマソップに頼み込む姿勢を見せた。


「それより、宿代を稼がないとな……。何か実入りの良い依頼があればいいんだけど……」

「討伐は我輩に任せろ」

「討伐対象を食うなよ」

「分かっている。首だけ残して後は捨てたと胡麻化して食う」

「腹でばれるわ!」

「余のために働くのじゃ」

「パントラも働け!!」


 3人と一匹は山を下りながら明日の生活の資金を稼ぐことを考えるのだった。




 マソップは一人、家の中で一冊の本を見ていた。


「夢など、何の価値も無いわ……」


 険しい表情で呟きながら、本を掴む力を強めるのだった。



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