第36話 方言
……また、やらかしてしまった。
翌日、生徒たちが登校してくるたびにコソコソと肩を竦めてやり過ごしながら、私は校門の前を行ったり来たりしながら、
本当に迂闊だった。
瀬尾くんだけならまだしも、たぶん、かのちーも見てたはずだ。
いや、瀬尾くんだけだったら良いって話でもない。それだけでも十分すぎるほど恥ずかしい。
昨日は自己嫌悪の真っ只中で体調不良だったけど、今日は今日で恥ずかしさのあまり顔が熱くて頭がクラクラしている。眩暈でふらついてしまいそうだ。
思い出すだけで顔全体が抑えようもなく熱くぽっぽと赤面してしまい、むしろ風邪でも引いてしまって高熱を発しているんじゃないかと疑いたくなるほどだった。
――細心の注意を払っていたはずなのに。
二年生の先輩に声をかけられて冷静さを失ってしまった上に、あんな緊迫した状況が重なったせいで頭が真っ白になって、うっかり堪えきれずに溢れ出してしまった。
御母様にも再三注意され続けてきたけれど、私は本当にそそっかしい。
高校合格が決まってからは、受験勉強よりもずっと気にかけて、間違ってもうっかりなんてことが起こらないよう、常に気を配って用心に用心を重ねていたのに。
それなのに、あんなに必死に練習したはずなのに、我慢出来ずに零れ出してしまった。
――地元の方言が。
丁寧な言葉遣いで、いつだって一拍おいて上品に、イントネーションには特に気を遣って、決して方言がバレてしまわないようにしてたのに。
……っ、う――
うああああああんんんんっ! もうっ、はぐいぃっ!!
ぶち頑張って標準語になろうとしとったのにっ!
あっ、いけん。またうっかり方言になっとる。
深呼吸、深呼吸。ふうぅ……
……うん。良し。
タケ婆ちゃんが「よその人にゃあケンカしとるみとぉに聞こえるんじゃと。
自分を飾り立てたいわけではなかった。けれど、都会でうまく生活していくためには、不必要に目立つ要素、しかもケンカしてるだなんて誤解を招くことは無い方が良いに決まってる。
じゃけえ――、だから、もうちぃとだけ――、もうちょっとだけ。
あぁ、また方言になっとるし。ごっちゃになるわ、ほんまに。
じゃけど、そがぁなことより、ちゃんと「ありがとう」って言うとらんかったよね?
言わんといけんわ。……あとついでに、もどしたんも謝らんと。
ほんま、なんも出来とらんわウチ……。
あぁもう、ほいでちぃと気ぃ抜いたら、はぁこれじゃあ。
言葉、……直して。直して。
けど、どがぁな顔して会うたらええんじゃろ?
ああー、ほらほら、いけんいけん。ほいじゃけど、ほんまにこれがケンカしよるみとぉに聞こえるんじゃろうか? 試しに使ぅてみたらどがぁな顔するんじゃろ?
あー、なに考えよるんじゃろほんまに。いけんよ、いけん。
……じゃけど、手伝うって言うたんじゃし。
ちいたぁ、出してもええんじゃろうか?
あぁ……、考えがまとまらん!
って、ちょい待って、来たっ――
遠くから見てもはっきりわかるほど小柄で華奢な体躯、どこをどう切り取ってみても男性にはとても見えない愛らしい顔を朝日にしかめながら歩いてくる。
たぶん、他の誰も変化なんて感じたりしないだろう。
けれど、私の目には昨日までとはほんの少しだけ違って見える彼の姿。
たった一週間ほどのめくるめく出来事のせいで、そんなほころびほどの変化を起こしたのは彼の方なのか、それとも私の方なのか。
――とりあえず。
こうやってわざわざ待っとったんじゃけえ、まず何から言おうか決めとかんと。
あぁ、ほらまた方言が……。
次からはちゃんと助けてって言おう思おとるんよ。
……ほりゃあ、次なんかありゃあせんほうがええんじゃろうけど。
あら、おはよう。偶然ね。今朝も可愛らしいわね。
……違う違う、これは一番ダメな気がする……。
ええっと、他には……、ああっ、もうそこまで来とるしっ! まだ何も考えとらんのにっ!
て、うわっ、目の前に来とる! な、なんか言わんと……!
うううぅぅぅ……っ、もうっ!!
「て、手伝うって自分が言うたんじゃけえねっ、覚悟しんさいよ……っ!」
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