第3話 入学式

 そして高校入学式当日。

 

 つつがなく粛々と進められ無事終わった入学式後、割り振られたクラスに移動しHRを終え、ボクは担任から職員室に呼び出され、保健室で見ず知らずの女子生徒に覆い被さられて床に倒れていた。

 

 話が急すぎて何を言っているのかわからないって?


 ボクも、特に後半は、自分でなにを言ってるのかさっぱりわけがわからないよ。


 気は進まないけれど、そこに至るまでの出来事を時系列順に説明するため時間ときを戻そう。

 

 とはいえ、どうなったも何も、キラキラを顔にぶっかけられたって事は冒頭言ったとおりだけれど。

 

 時系列順だなんて御大層な言い方するほどの回想シーンでもないし、さっさと始めよう。



 入学式の朝、中学の卒業式であんな目に遭ったこともあって、高校では絶対に同じ轍は踏まないようにする必要があった。


 中学の時の入学式でもそうだったけど、この見た目のせいで入学初日はほぼ間違いなく、

「え、……あの子って、男なの? 女なの?」

「貧しい家庭で、お兄さんのお下がりの制服を着てる妹さん、とか……?」

「あんな生き物を生み出すなんて、神様にも遊び心ってあるんだ……」


 などと、失礼極まりないことをヒソヒソと耳打ちしながら遠巻きに眺められるんだ。


 その後、クラスにだいたい一人は必ずいる、明るさだけが取り柄みたいな調子乗りの男子から馴れ馴れしく話しかけられて、面白半分にいいおもちゃ扱いされるんだ。


 まあ、それが親友だった三原みはらとの出会いだったんだけどね。

 ……あ、ごめん。もう出てこないっていたのに、なんだか未練がましいな。もう本当に出てこないから忘れてほしい。


 つまり、そういった流れから発展する友情は偽物だと身をもって経験した以上、そういう類いのやつに簡単に寄り付かれないようにしないといけない。


 この見た目が、ある朝いきなり男らしいゴリゴリのマッチョにでも変貌を遂げるなんてことが起こってくれれば一番理想的だったんだけど、そんなの不慮の事故から異世界に転生するレベルであり得ない。


 一応、卒業式の日の晩から、自室でこっそり腕立て伏せをして体を鍛える努力はしていた。


 結果として、小刻みに震えながら辛うじて三回は出来るようになった。

 けれど、腕立て後に荒い息遣いで床に突っ伏していると、デリカシーのない母親から、「えっちな吐息が漏れ聞こえるんだけど何してるの?」と、ノックもせずに部屋に押し入られ、恥ずかしいやら悔しいやらで断念した。


 そもそも、辛うじて三回程度ではどのみち入学式までにゴリマッチョ化は間に合わないし、せめて立ち振る舞いだけでも男らしく見えるように気を配ろうと心掛けるしかない。


 高校に入ってまでこの見た目をいじられ続けるなんてまっぴらごめんだったボクは、同じ中学からはほとんど誰も受験しない高校をわざわざ選んでいた。

 それでも、わずかに同じ中学出身のやつはいるけれど、圧倒的に初対面となる別の中学出身のやつばっかりだ。


 人間関係を一度リセットして、自分を変えるチャンスはここなんだ。


 そのために偏差値的にけっこうギリギリだったこの高校に、死ぬ気で勉強を頑張ってなんとか合格したんだ。


 そんなこんなで制服が真新しくなっただけで、見た目には何一つ変化などなかったわけだけど、気持ちだけは男らしく心機一転がんばるぞ! と、心の中で息巻いて入学式へ向かった。


 けれど、そんなボクの壮大な決意が表面に滲み出てくれることなんてあるはずなかった。当たり前だけど。


 入学式のため集められた講堂で、所定の位置のパイプ椅子に座ったボクの姿をチラチラと盗み見ながら、さっそく声を殺したヒソヒソ話が始まる。


 はぁ……、やっぱり始まったか。


 ただ、これはまだ想定の範囲内だ。ここで勢いに飲まれておろおろしてしまい、あっさり出鼻を挫かれたのが中学までのボクだ。


 高校生になったボクはもう、周りの反応を窺っておろおろしたりはしない。簡単に言ってしまえば、相手にしないでおくのが一番だ。


 ……とは言ったものの我ながら、それはさすがに逃げ腰過ぎでは? と考え至り、ちょっぴりおろおろしかけた矢先に、少し離れた後ろの席でなにやら騒ぎが起こっていた。


 なんだろうと騒ぎの方を仰ぎ見ると、ざわつく新入生の中から女性教師が一人の女子生徒を抱えるようにして講堂から出て行く姿が見えた。


 あー、全校集会とかのあるあるだよね。貧血か何かかな? 必要以上に悪目立ちしちゃう恥ずかしいやつだよね。

 でも、おかげでと言ってしまうと姑息な気がするけれど、うまい具合にボクへの興味がそちらに逸れている間に、耳をつんざくマイクノイズと共に入学式が始まってくれた。


 もちろん誰だか知らないけれど、このままそいつの話題で持ちきりになって、ボクに構うやつが現れなければ最高なんだけれどな。


 言わずもがな、当然そんな甘い考えが叶うはずなんてないんだけど。


 入学式後、指示された教室に入るなり、まあ普通にクラス中の視線がボクへと注がれた。漫画とかでよくある、ギューンと集中線が引かれてるアレの状態だ。


「えーっ! なになにー!? 式の間ずっと噂になってた子でしょー!! てかマジでチョー可愛いじゃん!!」


 集中線を遙か彼方へ吹き飛ばすような甲高い声を上げて、きっと中学時代はスクールカーストの最上位に在位していたであろうギャルっぽい風貌で、入学初日から制服を着崩した女子生徒数人に取り囲まれてしまった。


 完全に想定外だった。


 え、え? どうして? なにこれ?

 まずはヒソヒソと耳打ちしながら遠巻きに眺めるんじゃないの?

 もっと距離感を図りながら少しずつ詰めてくるんじゃないの?

 こんないきなりグイグイ来られるなんて予想してなかったよ?

 こっちの想定を超えて先走って来ないでくれる?

 あと、やっぱりボクが気付いてなかっただけで式の間ずっと噂になってたんだね……。


「えー、すっごーい! 見てよこれ、まつげチョー長いんだけどー!」

「ノーメイクでしょこれ!? マジヤバいんですけどー!?」

「ねっ、ねっ、写真撮っていい? いいよね!」ピコンッ!

 

 か、顔っ、ち、近いんですけどっ!?

 男なんだからメイクなんてするわけないでしょっ!?

 写真撮っていいって、撮りながら言うの意味なくないっ!?


 以上、ボクの受け答えは心の中でだけ響いていたので、きゃっきゃと騒いで大盛り上がりのギャルたちに届くはずなどなかった。


 あうあうとしどろもどろになりながら横目で男子生徒たちを見やると、ギャルたちの勢いに圧倒されて、教室の隅でヒソヒソと耳打ちしながら遠巻きに眺めているだけだった。


 ちょっとちょっと! 明るさだけが取り柄の調子乗り男子どこっ!? 早く馴れ馴れしく話しかけて来てよっ!? そっちの方がまだマシだよっ! 男子反応薄いよ、何やってんのっ!?


 あれだけいじられるのはごめんだと息巻いていたのに、助けを求めるみたいに投げかけたボクの視線を受け取ってくれる男子は結局現れなかった。


 そんな、餌を投げ込まれた猿山みたいに収拾のつかないギャルたちの大騒ぎを諫めたのは、教室にやって来た担任教師の多原たはらだった。

 年齢三十代前半くらいの中肉中背で特に目立った特徴のない教師だ。今日は入学式だからかっちりした背広姿だけれど、たぶん普段はよれよれになるまで着続けた吊しの背広に違いない。そうじゃなければジャージの上下だろう。そんな印象を醸し出してる。何の根拠もないけど。

 

 たぶん普段はよれよれの多原は、抑揚のない淡々とした口調で流れ作業みたいに連絡事項を伝え、ボクの心の中での悪態を感じ取ったのか、「あー、瀬尾せお。このあと職員室まで来てくれるか」と、最後に名指しで職員室に来るよう促してからあっさりとHRを終えた。

 

 ……なんてこった、心が読めるニュータイプなのか? よれよれのくせにっ!

 

「えー、ユリちゃんいきなり呼び出しとか超カワイソー!」


 隣の席のギャルが、口にしてるほどかわいそうだなんて思ってなさそうに、スマホをピコンと鳴らしてひらひら手を振りながら帰って行く。


 ちょっと待った、ボクの名前は悠理ゆうり。ゆ、う、り、だ!

 多原が生徒名簿読み上げた時にちゃんとボクのこと瀬尾悠理って言ったでしょ?

 しかもなんでナチュラルにちゃん付けで呼んでるの?

 あと、もはや確認もせずに写真撮るのやめて?


 などと、畳み掛けるみたいに心の中でいくら訴えたところで届くはずもない。


 ボクは途方に暮れて、隣の席のギャルが折り返して短くしたスカート丈をひるがえして去って行く後ろ姿を見送るしかなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る