第31話 男らしさ
……なに言ってんだこの子? みたいな表情を見せるとばっかり思ってたけど、センパイはほんの一瞬、訝しむように眉を寄せただけだった。
そのうえ、予想に反してボクに興味を示したみたいで不躾にまじまじと見つめてくる。
いやほんと、チャラいくせにちっとも動じない。
ううん、もしかしてチャラいからこそ動じないのかな……。それとも弱体効果無効スキルでも発動してるのかな? 少しくらい狼狽えたりしてくれると助かるんだけどな……。
ボクの目の前までやってきてぐいっと顔を近付け、値踏みするみたいにしげしげと無遠慮に凝視してくるセンパイに、ボクの方が動じてしまいそうでぐっと歯を食いしばる。
「え、ほんとに男? はははっ、冗談でしょ?」
「いやあ、冗談だと思いたいのボクの方なんですけどね」
「あ、わかっちゃったぁ。あれでしょ、あれ。えーと、ボクっ娘ってやつ?」
「現実にいるわけないでしょ、そんな女」
「そっかなぁ? かわいいと思うけどなぁ、ボクっ娘」
精一杯込めてやったつもりのボクの悪態に気付いていないのか、そもそも小賢しすぎて悪態とさえ認識していないのか、センパイはちっとも気にする素振りの欠片も見せない。
それどころか、奇妙ではあるけど可愛らしい無害な小動物を目にしたみたいに、新鮮な驚きと物珍しさをない交ぜにした態度を隠そうともしない。
「……ほんとのほんとのほんっとーに男? からかってるんじゃなくって?」
あいかわらず軽薄な笑みを浮かべたままの顔を、鼻の頭がくっつきそうなほどにグイッと近付けてくる。浮かべている笑みの中にほんのわずかに侮蔑の色が混じっているのがわかる。
「ほんとのほんとのほんっとーに男ですよ。センパイ、しつこいって言われません?」
だからといって、ここでなよなよと顔を背けるわけにはいかない。さっきの悪態じゃわかりにくかったみたいだから、今度はわかりやすい悪態を吐いてやる。
それはそうと、チャラいやつ特有なのか知らないけど、この息がかかりそうなほどの距離感の近さってどうにかならないのかな? 威圧感に屈しないように何とか堪えて立ってるのがやっとなんだけど。
「あー、なるほどな。お前かよ、今年入ってきた女みたいな一年生の男って。うちのクラスの女子たちもやけに話題にして盛り上がってたわ」
二年生の間でもすでに話題になってたか、まあ時間の問題だから驚きはしないけど。
物珍しい存在って、どんなに人混みに紛れたところで嫌でも目立っちゃうからな。本人の意思が介入する余地すら与えずに。
おそらくは可愛い女の子向けのものだったのだろう、それまで纏っていた和やかな雰囲気からあまりにも華麗にくるりと手のひらを返し、センパイはさもつまらなそうに鼻を鳴らして見下してきた。
「しっかしまあ、見た目だけならまだしも声まで完全に女そのものだなぁ? どーしたんだよ遺伝子は仕事しなかったのかよ? 超ウケるんだけどぉー」
超ウケると自ら申告してるくせに全く笑っていない目で、隠す気なんてさらさらない険のある口調を容赦なくぶつけてくる。
そんな安い挑発は正直、聞き飽きてる。何年この見た目で生きてきてると思ってるんだ。
ただ、相手によってそんな風に態度を変えるのほんとに良くない。稀なケースではあっただろうけど、美少女だと思ってた子が男だってわかった途端にそこまで露骨に態度を変えるのは人としてどうかと思うよ?
「はあぁぁ……、そんでなに? そんなふざけた見た目のくせに必死こいて割って入ってきてなに? 正義感振りかざしてカッコつけてるつもりなのかよ?」
やれやれと言わんばかりに大袈裟な身振りで両手を広げて首を振り、長いため息交じりに呆れかえって見せる。
別にふざけてこんな見た目してるわけじゃないよ? 成長の過程だよ? 日々、それなりに一生懸命に生きてきたつもりの結果なんだけどな……。
それにしても、疑いようもないほど舐めきっている相手への振る舞いだ。
ともすれば、相手として認識してもらえてるかさえ怪しいくらいだ。
「いいよなぁ、いやマジで。そんな見た目でよぉ。さぞ周りから持て囃されてイイ思いしてきたんだろ? どこ行ってもチヤホヤされてよぉ、自分は特別な選ばれた人間だとでも思い上がって勘違いしちゃってんだろぉ?」
イイ思いなんてするわけないだろ、どっから出てきたのその発想。
センパイが言ってるイイ思いが何を指してるのかさっぱりだけど、道を歩いてるだけですれ違うおばさんが飴をくれるくらいだよ? それだって特にイイ思いって認識はないし。
口で紡いでいる言葉のままの妬ましさなんて、たぶん微塵も思ってやしないのだろうセンパイの侮辱は止まらない。
「さっき、なんつったっけなぁ? ぢょっみゃてよっ! や、ちょっと違うなぁ? もっとキャンキャンした声だったよな、ちょっみゃーてーよーっ!!」
先ほどの噛み散らかしながら張り上げたボクの口調を、不自然に裏返らせた声で真似て見せながら、さぞツボにはまったのだろう、完全に小馬鹿にして嘲り笑う。
どれだけ挑発されようと、ボクには通用しない。
……いや、違うか。
正しくは、これほどまでに見下し、軽んじられ、ないがしろにされても、ボクはただジッと耐えることしか出来ない。
この程度の侮辱には慣れていると、自分自身に言い聞かせながら唇をきつく噛む。
けれど、そんなのは嘘だ。
――ボクは怖いんだ。
本当は怖くて怖くて仕方ないんだ。力を込めて必死で踏ん張っていないと、みっともないほどガクガク膝が震えてしまいそうなんだ。
どんなに軽薄な態度でチャラそうにしてても、目の前のこのセンパイはボクよりも頭一つ大きな見上げるほどの長身で、ボクとはぜんぜん違って男らしい体付きで、語尾を伸ばして粘ついた喋り方ではあるけれど低く男らしい声質で、とにかく全部がボクより男らしい。
本能で理解させられるレベルで、ボクは男としてこのセンパイに勝っている部分が一つとしてない。つまり、どうあってもこのセンパイに勝てない。
だから、そんな嘲笑なんてちっとも効かないフリをしながら、ただただジッと耐えることしか出来ない。
すっかり怖じ気づいて何も出来ないだけの自分を、こんな見た目のせいにして取り繕いながら誤魔化すことしか出来ない。
勝手にヒーロー面して飛び出してきたくせに、もともと腕に覚えがあるわけでもなく、見た目のまんま非力でちっぽけな存在でしかない。
ほんっとにカッコ悪いな……。
「なぁ? なーに黙ってんのぉ? なんとか言えよ?」
どこまでも無反応なボクの、ちっとも効いていないフリなんてたぶんバレてるんだろう。
「ハッ。女の腐ったみたいなやつって言葉、お前のためにあるんじゃねぇの? いやマジで」
容赦なくトドメを刺しに来る言葉だった。
どこまでも限りなく女の子みたいな見た目なのに本当は男で、そのじつ男らしい部分なんて何一つ持ち合わせていない。それはまさしく、言い得て妙な形容だろう。
――あ、ダメだ。もう立っていられないかもしれない。
膝から下の感覚が遠くなって、ぜんぜん自分のものじゃないみたいだ。
なんだか立ち眩みみたいに目の前が真っ暗になってグラグラ揺れているみたいだ。
なんて有り様なんだろう、情けないな……。
そんな諦めで心が折れかけそうになった時だった――
今にも膝から崩れて仰向けに倒れてしまいそうなボクの背中に、まるで綿毛が掠めるみたいに弱々しく、そっと手が添えられた。
本当にそっと触れてきた手の感触にハッとして足を踏ん張る。
大してボクと背格好も変わらないくせに、後ろで小さく震えてたはずの
そうだった、ボクはコイツを守っていたんだ。
なんだよ、なにしてるんだよ?
見るに見かねて、倒れてしまいそうだったボクを支えてくれたのか?
頼まれてもないのに勝手に助けに入ったくせに気を遣わせるなんて、なんなんだよ……。
けど、それよりも、あれ? 男に触れても平気なのかな?
あ、そうか。……ボクがちっとも男らしくないから平気なのか。散々、言い続けてたもんな。ボクには男を感じないって。
男を感じないから触れても平気なんだ。
なんだろう、これじゃあもう、どっちが助けられてるのかわからないな。
なんなんだろう、この状況。
こんなの笑い話にもならない。
あはははは……。
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