第23話 一子相伝

 いつまでも応接室の前で立ち話していては、他の生徒や教師たちが通りがかって面倒なことになるかもしれない。

 主に噂されたりとか。ただでさえ午前中のあらぬ噂にさらなる噂が重なっていく流れは、巻き込まれたボクにとって酷いものでしかなかったからさすがに学習してしまう。


 身振りで「更衣室に向かいながら話そう」と提案してゆるゆると歩き始めた。


 さーて、階段を上ってわりとすぐそこだけど長い道のりになりそうだな。


 夕日の差し込む廊下を歩きながら、あいつが話してくれた内容をざっくりまとめるとこうだ。


 あいつの父親は、先祖代々脈々と受け継がれる伝統技能の継承者であり、同時に次の世代へとその伝統技能を伝える師匠なのだそうだ。

 これまた師匠なんて単語を、この現代社会でリアルに耳にすることがあるとは思ってもなかったから驚いてしまった。本当なのかな?

 伝統技能と言ってはいるけれどいわゆる工芸職人のようなものではなく、師匠と言いはしても武道や茶道、華道といった流派がたくさん存在し多くの門下生を抱えている、いわゆる習い事みたいな類いのものでもないのだとか。


 さらに、その伝統技能は直系長子にのみ継承される一子相伝の秘技中の秘技らしい。


 さっきの師匠に続き一子相伝なんて仰々しい単語、いままではゲームとか世紀末の荒廃した世界とかだけの造語くらいに思ってたよ。

 おかげでまったく耳馴染みの薄い異国の言葉みたいに聞こえてしまった。本当なのかな?


「長子って『最初の子供』って意味だけど本来は男子に使われる言葉なの。でも私は一人っ子だから、女だとかは関係なく私が継承しないといけないの」


 事もなげに言い放つ姿は、決して強がりや諦めなどで自暴自棄に発せられたわけではなく、そうすることが自らの使命だと疑わない者の覚悟が色濃く滲んでいるように見えた。


「――産み分け法」


 ここまで淀みなく語っていたあいつが、そう口にした時だけわずかに言い淀んだ。


 けど、それもほんの一瞬のことで、わずかに窺うような素振りを見せただけで、何事もなかったみたいに再び語り始める。

 本来はもっと難しい技能名があるらしいけど、誰にでも理解できるように簡単に言ってしまえばそう呼ぶらしい。

 もちろん初めて聞く単語ではあったけど、まさしく読んで字の如く、産まれてくる子の性別の産み分けを可能にする技能なのだとか。


 至って真面目な澄んだ声でつらつらと語られる、あまりにも自分とはかけ離れまくった眉唾物な話にクラクラしてしまう。言葉として意味を持って耳に流れ込んではくるんだけどいまいち理解が追いつかない。


 要するに、男と女を産み分けられる技能ってことなのだろう。


 うん。……うん。


 ええっと、……それってつまり、すごいことなのかな?


「一つだけ、たとえ話をしてあげる」


 やっぱりそういう反応になるわよね、わかっていたわ。とでも言いたげに、ふぅっとごくごく小さく息を吐く。

 そして、これはあくまでも『たとえ話』だと入念な前置きをした上で話を続ける。


「世界中にはいろんな王様や貴族、神様の末裔なんてまことしやかに崇められる皇族なんて人たちがいるの。その中には王位とか皇位の継承が男子にのみ限られる、なんて決まり事があったりするのよ」


 ああ、なるほど。そこまで聞いたらさすがにボクでも理解が追いついた。


 どこかで待望の王子が誕生したとかで国を挙げてお祝いムードになっているとか、あまり興味もない国際ニュースとして目にしたことくらいはある。

 つまり、お世継ぎとして男の子の誕生が待ち望まれているところに確実に男の子を産ませることができる技能ってことだ。


 ……おいおい、それって、もしかしなくてもとんでもない技能なんじゃないの?


 こんな言い回し厨二病っぽくて使いたくないけど、それってもう完全に神の領域に踏み込んじゃってない? ……本当なのかな?


「理解、出来たみたいね」


 ボクからの訝しげな視線を冷めきった瞳で受け流し、返答を待つこともなく話を続ける。


 その産み分け法は本家筋でのみ代々継承されてきたけど、コイツの代でついに男子が産まれなかったためこのままでは継承権が分家に移ってしまうらしい。

 直系長子にのみ継承されるしきたりであるため、コイツ自身が女でありながらも特例として継承するに問題ないことを分家筋に証明しなければならないのだとか。


「私が継承できなかった場合、分家筋に権利が移って、以降は分家筋の直系長子に継承されていくから二度と本家筋には戻って来ないのよ」


 そして、継承権を維持するために御母様の勧めで本家筋寄りの分家の屋敷に居候を始め、住み慣れた田舎を離れてこの高校に通うことになったのだとか。


 なるほど。だからどこの中学出身のやつも惣引そうびきみさをって女子のことを知らなかったのか。

 得体の知れないミステリアスさに加えて、見た目だけならとんでもない美少女だからな。素性の知れない美少女なんて放っておけって方が無理だろう。噂の的になるのも頷ける。


 ただ、話の中でちょいちょい出てくる田舎っていうのはいったいどれほどの田舎を指して言ってるんだろう?

 いわゆる、一軒家が山奥にぽつんとしてるような限界集落みたいなものなのか、ただ単に故郷という意味合いで田舎と称しているのかは判別できなかった。


 ここまでの話だけでも思いもよらなかった内容と情報量で重くのしかかってくるみたいだったけど、ボクはもっと単純に思い浮かんだ疑問を口にすることにした。


「産み分けができる技能なのに、惣引は、その、女、なんだな……?」


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