第24話 洗脳
そりゃあそうでしょう?
ここまでの話が全て事実だとすれば、そんな継承権だかで揉める以前に産み分けができる技能とやらを使って、目の前のこの女を男子として産めば良かっただけの話でしょ?
「産み分け法は自らには効果がないの。あと産み分け法は、……身ごもる確率を向上させるものでもないから」
身ごもる、と発する前にほんのわずかに躊躇を見せる。
あ、そういう部分には羞恥心が働くんだね。いや、そういう部分だけでも働く最低限の羞恥心は備えていたんだな。本当に良かった……。
なんて余計なことが脳裏をよぎってしまったけど、まあだいたい予想してた通りの理由だった。
ありがちだよね。自分には効果を発揮しない、なんだかすごいチート能力とかって。都合の良い、いや悪いのかな? 後付けの理由みたいに聞こえなくもないけど。本当なのかな?
「うん。とにかくすごい技能っていうことはわかった。けど、そんなすごい秘密を簡単に話しちゃっていいの?」
秘密なのかどうかは知らないけど、小学生の感想文みたいにすごいすごいと連発して語彙力を失ってしまうくらいには、心からすごいって感じている。本当だよ?
だからこその疑問だった。
そんな異国を含めたお世継ぎ問題を解決に導くほどの技能、普通なら国家機密みたいな扱いだったとしても不思議じゃない。まあ、国家機密ってものが具体的にどういうものなのかなんて知らないんだけど。なんかすごい秘密の事なんだよね、きっと。
さらにそもそもなんだけど、男性に対する拒絶反応のことを父親がちゃんと認識してたってことを聞き始めたはずなのに、どうしていつの間にか余所のお宅の本家末家論争を聞かされているんだろう?
「ずっと子供の頃、初めて御父様のお仕事のことを聞かされた時、私はとっても誇らしかったわ。私の御父様は世のため人のためになる大切で特別なお仕事をしているんだって。もちろん口止めはされたけれど我慢できなくて、その頃に近所で友達だった男の子に一度だけ話してしまったの」
我慢が出来ないのはずっと子供の頃からなんだな……。まあ今それはいいとしよう。
ずっと子供の頃っていうのがどれくらい前のことを言っているのかわからなかったけど、その頃は普通に男の子と友達だったりしたんだな。ということはまだ拒絶反応が起こる前のことなんだろう。
しかしまあ、父親を誇らしく思うなんてボクには気持ちいいほど欠落している感情だった。素直に感心してしまう。でもボクに限らず、世の多くの高校生は両親をこれほどまでに誇らしくなんて思っていないのが普通じゃない? 仮に思っていたとしても言葉として口に出すなんてことあり得ないでしょ? コイツに至ってはもはや崇拝の域に達してるよ。
「話したけれど、信じてもらえなかったわ。むしろ自慢たらしいとまで言われたわ」
ああ……、まあ、そうかもしれない。子供は素直だからね。
そしてその素直さは無自覚ゆえに鋭い刃にもなる。
自分が興味を引かれない眉唾物な話を意気揚々とされたところで、伝わらないだけならまだしも鬱陶しささえ感じても不思議じゃないだろう。
しかもずっと子供の頃ってことは、いまほどきちんと要領よく話が出来ていたかさえ怪しい。
「ショックだった……。はっきりと覚えてるわ、昨日ことのように。やりきれない悲しさと悔しい気持ちで泣きながら家に帰って……、吐いたわ」
吐いたのかよ。
ほんといっつも吐いてるな。
……まさかそれが男に対して拒絶反応を起こす原因なのかな?
いやいや、いくらなんでも安易過ぎるよね。小さい子供がしゃくり上げるように泣きじゃくって吐き気を催すなんて、なくもない話だろうし。
「それでも気持ちが治まらなくて、泣きながら御父様に理解してもらえなかったことを話したら、信じるはずがないって優しく諭されたわ」
口止めされてたのに喋ったことを怒られなかっただけ良かっただろう。
あの親父さん、ボクに向けての笑顔とかすっごい優しそうだったもんな。きっといい人なんだろうな。対お嬢さん用のスマイルだった点は解せないんだけど。
「愚鈍な凡骨に我が高尚な技能が理解できるはずがない、汚らわしい下賤の男の嘲笑など聞き入れるに値しない! って諭されたわ」
……ん?
あれ、聞き間違いかな?
なんかおかしなこと言いはじめてない?
けれど、至って真剣な眼差しで語り続ける表情は憂いを帯びて、とても冗談や嘘を口にしているようには見えない。
「どこの馬の骨ともわからない醜悪な男共と関わるべきではない! 目に入れても痛くない、自分の命よりも大切な愛娘に軽々しく近寄る粗野な男共に二度と心を開いてはならない! って、そんな風に御父様は私を元気付けてくれたわ」
ええ……、元気付けてるのそれ……?
めっちゃ気分を害して敵意をむき出しにしてるだけじゃないの?
しかも牙を剥いてる矛先が、技能の真偽を疑われたところじゃなくて明らかに娘が泣かされたところじゃん。命よりも大切な愛娘って言っちゃってるし。
「それから毎朝、毎晩、挨拶よりもずっとたくさん繰り返し言い聞かせられたわ。御父様のように偉大で勇ましい男以外はろくでもない屑の鬼畜ばかりだって」
うわぁ、毎朝毎晩かぁ……。想像しただけでしんどい……。
「卑しい男に近付かれたらその胸のむかつきを思い出せ、浅ましい男に触れられようものならその吐き気を思い起こせ。この世全ての男という男はお前を傷付ける。誰よりもお前を大切に思っている御父様だけを信じていればいい。って」
なんかDV男の言い分を聞かされてるみたいな気分になるわ……。
「……それで、それを丸ごと信じちゃったの?」
「まさか。『目に入れても痛くない』は、さすがに言い過ぎだと思ってるわ」
そこじゃないよ!?
それに、そこ以外は丸ごと信じちゃってるってこと!?
ダメだ。これっていわゆる『刷り込み』っていうやつなんじゃないの? 鳥の雛が卵から孵って初めて見た動くものを親と思い込むってやつ。
もっと的確に一言で言い表すなら、一種の洗脳だよこれ。
ていうか、コイツの男に対する拒絶反応の原因ってまさしく実の父親のせいでしょ、どう考えても。一人娘が大切なばっかりに溺愛っぷりが限界突破しちゃってるじゃん。箱入り娘って言えば聞こえはいいかもだけど、厳重にし過ぎたシワ寄せが本人に及んでるじゃん。
しかもあの親父、ボクに向かって『男性に対して過剰に反応しすぎて振る舞いが逸脱する傾向があってね』なんて言ってきたけど完全に原因は自分だし……。
ふむ、なるほどな。
なんだか頭を抱えたくなるけど、拒絶反応が父親の言い付けをきちんと守り通した結果って意味がようやくわかった。
その上、当のコイツ自身がそれに疑問を抱くこともなくむしろ誇らしいとさえ思い込んでる。
うん、コイツの言ってることが全て本当だとしたら、これは手に負えない。
「……御父様に、次に問題を起こしたら地元に連れて帰るって言われたわ。地元の高校に自宅から通えばいいって」
失礼な言い草かもしれないけど、過保護の極みだもんね親父さん。
大事な一人娘なんだから手の届くところに置いておきたいだろうし、それくらいのこと言ったとしてももうぜんぜん驚かないよ、うん。
地元っていうのはさっき説明してくれた田舎のことなんだろう。
なんだ、ちゃんと高校はあるんだ。やけに田舎を強調するけど最初に思い浮かべていたような限界集落ってことはなさそうだった。
でも、地元に高校があるならどうしてわざわざ自宅を出て、分家の屋敷に居候させてまで大事な大事な一人娘様を一端手放すようなことをしたんだろう?
四六時中、片時も側から離れずに、下手したら隣の席で一緒に授業受けて愛娘セコムしてそうなイメージなのに。
「私はまだ何も成し遂げていないのに、田舎に戻るわけにはいかないの。私のこの体質を、田舎から出てしっかり治してきなさいって、御母様がわざわざ分家筋に頭を下げてまわってくれたのに。最後の最後まで渋っていた御父様のことを説得までしてくれたのに……」
そういえばさっき『継承権を維持するために御母様の勧めで分家の屋敷に居候』って説明してたな。情報量があまりにも多過ぎるよ。
成し遂げる、か。拒絶反応の改善ってことだろうけど、あまりにも前途多難過ぎるよね……。
それに、たぶんだけど、病的なほどの溺愛っぷりのせいで娘の拒絶反応の原因が父親にあることを察してるんだよお母さん。それで、これ以上取り返しが付かなくなる前に根回ししてくれたってところだよ、きっと。
田舎から出ることが体質改善に繋がるどうこうはたぶん関係なくって、父親の呪縛を離れて洗脳から物理的な距離を置くための口実なんだろう。
……呪われた一族なんだとばっかり思ってたけど、どうやらお母さんだけは常識を失わずにいたみたいで、余所の家のトンチキ騒動ながらちょっぴり安心しちゃったよ。
それなのに、入学一週間ももたずに問題行動が原因で地元に強制送還って、唯一の常識人らしきお母さんの努力まるで報われないな……。
って、また問題を起こすことが決定事項みたいに言っちゃったけど、まあ起こすでしょ。だってあの
そんなことを勝手に決め付けながら、二人並んでお年寄りの散歩みたいに廊下を歩いていたものの、元々そんなに距離なんてなかったため更衣室前にたどり着いてしまった。
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