第33話 ピンチ
子供の頃、こんな見た目がたまらなく嫌で、とにかく男らしくなりたくて理髪店で丸刈りをオーダーしたら、幼い女の子がいじめを受けていると疑われ警察に通報を入れられた。
その後、通報を受けてやって来た婦警さんにどんなに説明しても信じてもらえず、連絡を受けて交番まで迎えに来た母親にビンタされた。
こんな女の子としか思えない声がたまらなく嫌で、喉を潰せば必然的に男らしい低い声になると思い、自宅でクッションに顔を埋めて大声を上げて喉が切れそうなくらい強制的に酷使していたら、近所から幼い女の子の虐待の悲鳴と間違えられ、通報を受けた児童相談所の職員数名が押し掛けてきた。
半泣きで事象を説明させられ、職員の前で母親にビンタされた。
母親に連れられて出かけたレストランで、もう単純に女子会ランチプランの人数合わせにされ、席に案内しようとした接客係に、ボクは女じゃない! と叫ぼうとした瞬間に、言うまでもなく母親にビンタされた。
どれだけ説明しても、警察からも児童相談所の職員からもボクは男だって信じてもらえなかった。
接客係に対しては弁解の余地さえ与えられず、女扱いされた誤解はついに解けないままだった。
いじめや虐待等の心配はないと、そっちの誤解だけは円満に解かれた。ランチプランもまあ美味しかった。
呆れ果ててぼんやりと中空を見つめる母親に、どれだけ言っても届かなかったあの絶望感。
言い訳にしかならないのかもしれない。
そもそも、そういう意味の絶望感とは違うのかもしれない。
あれだけの思いを
だからせめてもの償いとばかりにアイツを助けようと恩着せがましく思い上がり、言いたいことがある、伝えたいことがある、などと悲壮な自分に酔いながら勝手に飛び出したくせに、結局なんにも出来なかった挙げ句に当のアイツ本人に代弁されて助けられる本末転倒な始末。
そして今まさに、見苦しいにもほどがあるカッコ悪さでセンパイにがむしゃらにしがみ付いている。
それはもう、目も当てられないほど不格好だろう。見るに堪えないほど無様だろう。
――けど構うもんか。
不格好だろうが無様だろうが、絶対にアイツには指一本触れさせない。そう決めたんだ。絶対の絶対に。
それが信じることの証明になるのか、見当違いなことしてるのか、そんなのもう構いやしない。
……ボク、この戦いが終わったら、アイツに謝るんだ。
「あんまり図に乗るなよ?」
けれど、現実はいつだって無情なんだ。
ボクとセンパイにはあまりにも体格差がありすぎた。
渾身の力を込めていたはずなのに、わけもなく腕を振り払われ、逆にジャージの襟首を掴まれて締め上げられる。
ちくしょうっ、なんでだよ……。
わかりきっていることだけど、これが紛れもない現実なんだ。
どんなに悲壮感を漂わせようと、どんなに覚悟を決めて挑もうと、都合良く漫画みたいな爆発的な力が沸いてきたりなどするはずがない。
いくら御託を並べたところで、こんな見た目のボクが、こんな見た目通りになよなよしてる現実がコロッと好転なんてしない。
「言っとくけどな、お前の見た目がどんなだろうと俺は容赦なんてしないからな?」
低音で凄んで吐き捨てるセンパイはじつに男らしく、ここ一番の迫力はかなりのものだった。
……それに引き換え、ボクはなんて情けないんだ。
何が絶対の絶対にだ。ほんのついさっきの意気込みを維持することさえ出来ないじゃないか。
なんにもできない、なんにも役に立てない、そのうえセンパイの迫力に圧されて怖じ気づいて、やっぱり誰のことも守れない。
唯一、出来ていることといえば、掴まれた襟首から逃れようと苦し紛れにもがくことだけだ。
けれど、そんな風にもがいたことが功を奏したのか、爪先が浮きそうなほどギリギリと締め上げられていたジャージの方が耐えきれなくなり、ビリビリッとファスナーが破れて掴まれていたセンパイの腕から抜け出せた。
いや、抜け出せたのは結果的にそうなっただけで、正確にはどこまでも無様にもがいていたら勢い余って尻餅をついて苦痛に顔を歪めることになっただけだ。
正直、胸ぐらを掴まれた時点で身の毛がよだつほど怖かった。
さらに、お尻を強かに打ち付けたことによって完全に腰が抜けてしまった。
そんなボクに向かって、改めて掴みかかろうと見下ろしてくるセンパイと視線がぶつかる。
ヤバい、腰が抜けてぜんぜん足に力が入らない。お尻が痛すぎて涙目になってしまう。
なんだろうこれ、これほどまでに不遇なことってあるかな? もう、情けなさ過ぎてなんだか逆に笑えてくるんだけど? いや、ぜんぜん笑える状況じゃないんだけど。
ただ、それでもセンパイの怒りの標的がボクに移っただけマシかな。この間に惣引がさっさと逃げ出してくれれば情けないなりに役には立ったことになる。
ちょっとカッコ悪すぎる「ここは任せて先に行け」的な死亡フラグを立てながら、役に立った気になって、立たない腰で覚悟を決め、――静かに瞳を閉じる。
さあ、もうどうにでもしてくれていいよ。
もう何も怖くない。なんてことはぜんぜんないし正直めちゃめちゃ怖い。
瞳を閉じたのもカッコつけたわけじゃなく、ただただ怖かったからだし。
ああもうっ、うだうだ考えてるこの時間がぞわぞわしてやりきれない。
いっそ一思いにやってくれよ……。
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