第2話 美少女(偽)

 あ、そうそう、ボクの名前は瀬尾せお悠理ゆうり

 

 ……いま女みたいな名前だなぁって思っただろう?

 確かに字面だけ見てしまうと完全に女の子みたいだよね。よく言われるけど、この名前は原因じゃない。まあ原因の一翼は担ってるかもしれないけど。

 

「お前が男だなんて……、いや、わかってるんだ。わかってる。……けど、もしかしたら、あるいは、万が一、女ってこともあるんじゃないかって」

「いや、ぜんぜんわかってないじゃん! わずかな可能性に縋りすぎだよ!?」

「いやいやっ! わかってる! ちゃんと男だってわかってる。けどっ、そんな顔で見つめられるたびに、信じ続ける自信がどんどんなくなっていくんだ……」

「いや諦めないで!? 信じてよ!? ていうか、この三年間ボクと接してきて学校行事とかいろんなやり取りをしてきたよね!? ボク紛れもなく男だったでしょ!?」

「あぁ、体育の授業の着替えとか、……それはもう、……気が気じゃなかったっ!」

「そんなやり取りの話じゃないよっ!?」

「人の気も知らないで、ひょいひょい脱いで着替えたりしやがって……!」

「なんでボクが責められてるみたいになってるの!?」

「そんな顔も、……くそっ! ……なんて可愛いんだっ!!」


 やっぱりダメだ……。


 邪念を振り払うみたいに自分の頭を抱える三原みはらの性癖は、もう取り返しの付かないレベルまでねじ曲がってしまってるんだろう。邪念まるで振り払えてないし。

 

 きっとこうして往生際悪く必死に身振りを交えながら声を上げるボクの姿も、可愛らしい女の子がぷくーっと頬を膨らませて、無駄に愛くるしく駄々を捏ねているようにしか見えていないんだろう。


 その証拠に、頭を抱えながらもチラチラとボクに視線を寄越す三原の顔は、だんだんとだらしなく綻んでいっている。つまり喜んでいる。

 いや、あれは、ボクの素振りの一つ一つを噛み締めるように愛おしんでる顔だ……。


 わかってもらえたかな?


 自分でこんな言い方するのも嘆かわしいんだけど、ボクは見た目が完全に女だった。


 しかも、有り体に言って、えげつないくらいの美少女なのだ。


 説明不足かな? 「なんて恥ずかしげもなくずうずうしい言い草だ! 頭おかしいんじゃないの?」なんて思ったよね?

 

 普通はそうだと思う。

 けど、そもそも自分で自分を客観視するのは得意じゃないし、いかに自分の見た目がそんじょそこらの女の子たちでは、到底太刀打ち出来ないほどの美少女に見えるかなんて、好き好んで事細かに説明したくない。それはもう虚しくなるだけだから。


 だからこれくらいの説明で理解して欲しい。


 とにかくボクの見た目は、不本意ながらもとびきりの美少女なんだ。


「おい、もういいだろ? 次は俺の番だから早く変われよ」


 そう言いながら三原の肩を押して割り込んできたのは、もう一人の親友の福山ふくやまだった。


 ボクと三原と福山は、中学での学校行事のほとんどをいつも三人組で連れ立って行動していた。中学での思い出には必ず三原か福山、またはその両方の顔があった。ボクたちは気心の知れた仲良し三人組だった。


 ………………え、いま、次は俺の番って言った?


「あのよぉ、じつは俺もずっとお前のことが気になってたんだ。あっ、俺はこいつとは違って最初からお前のこと男だなんて見てなかったからな!」

「余計悪いわっ!」


 はやる気持ちを抑えきれない様子で三原を押し退けて、福山はポリポリと頬を掻きながらも何かに押し立てられるみたいに早口でまくし立てて告白してきた。


 どうして早口でまくし立ててきたのか、その理由は否応なくボクの目に飛び込んでくることとなった。

 

「なあ、まだかよ? 次は俺だぞ」

「列に並べよっ! おい、順番抜かすなよ!」

「一人5分ってルールだろ! 時間は守れよなっ!」

「がっつくなよ、みっともねえな!」


 そこに広がっていたのは我が目を疑う光景だった。


 福山の後ろには、中学卒業で違う高校に進学することになっている男友達たち、中にはほとんど面識のなかった者数名も含めて、ざっと20人くらいがひしめき合って列を作っていた。


 みっともなさを自覚する感性は持ち合わせてるくせに、列に並んでまで男に告白しようとする異常さには無自覚なんだな……。


 のちに、あえなく失恋して散っていった多くの者たちを悼んで『兵どもが夢の跡伝説』などと呼ばれるようになったらしいけれど、これは本編に関係ないから覚えなくてもいい。


 てゆうか、どうせなら男20人から言い寄られたボクの方を悼んでほしかった。


 まあ、ともかくこれくらいで異常性だけは十分に伝わったと思う。


 昨今は同性愛への理解だとか、性同一性障害の話題や偏見が頻繁に取り沙汰されたりしてるけれど、ボクが告白されていたのはそういった難しい類いの話じゃない。


 とにかく純粋に、ボクの見た目のせいで感情を乱されて正常な判断ができなくなった親友とその他大勢が、卒業式で別れを惜しんで焦燥感に駆られるまま暴走したってだけなんだ。だからこそ手に負えないんだけどね。


 とてつもなく単純明快な原因でしょ?


 ボクの見た目がどれほどの美少女っぷりなのかって部分を、ざっくりわかってもらえればそれでいい。ただの導入部分だし。

 あと補足だけど、三原と福山のことは覚えておかなくていい。もう出てこないから。


 これだけでも大概じゃないかなって思うんだけど、自分じゃどうすることもできない理不尽すぎるこの見た目が原因で、口にするのも躊躇われるひっどい目に遭うことになるんだ。


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