第14話 カメラ
このままではマズい。
その量にはいったん目を瞑るとして、食事をしてるだけでここまで悪目立ちするこの女からは距離を取らなくては。
朝、明らかに話の流れと勢いだけで思い付いた『良いこと』とやらに巻き込まれて、さらなる悪目立ちの憂き目に遭う前になんとしてでも退散しなくては。
昼休憩の終わりを告げるチャイムと共にそう固く誓ったはずなのに、最後の授業後のダッシュに失敗し、敢えなく補足されてしまった。
あいかわらずクラス中から注がれる痛いほどの視線に気が付いているのかいないのか、ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべている。
ああ、もう絶対にろくでもないこと言い始める顔をしている……。
「急いでいたみたいだけれど……、あっ、もしかしてお手洗い? 漏れちゃう!?」
「違うわよ! 子供じゃないんだから、そんな決壊ギリギリまで我慢するわけないでしょ!」
「だったら……、あっ、やっぱりお昼あれだけじゃ足らなかったんでしょう? 干し芋でよかったら、御婆様が持たせてくれたのがあるけれど?」
「干し芋っ!? いや、いらないから! スナック感覚でポケットから出さないで!?」
ポケットに手を突っ込んで取り出そうとするのを慌ててとどめる。チラッとしか見えなかったけれど、本当に干し芋がラップに包まれていた……。
「そう、だったら良いのだけれど。……あっ、まさか今日もこれからパパ活なの?」
「ああああああああああぁぁぁぁもうっ! 違うって言ってるでしょ!?」
間違いっぱなしの略語で、この女は無自覚に何度でもクラス中の視線を欲しいがままにする。
……やっぱり直前の予想通りに、ろくでもないことしか言わなかった。
しかし、どんなに予想を的中させたところで、こんな突拍子もない発言を取りなす手段など持ち合わせていないあたしは、諸悪の根源の手を引っ掴んで教室を飛び出すしかなかった。
「学校にまで持ってくるなんて本当にカメラが好きなのね」
飛び出した教室から背中に視線が突き立てられている気がするけれど、今さら振り返ったところでどうにもならない。
小さくため息を零して気にしないフリをしながら廊下を歩いていると、隣を付いて歩く諸悪の根源からそう指摘された。
カメラはいつでも出しておいて、思い付いた瞬間にシャッターを切れるようにしておくのが基本だ。大切に扱うばっかりに鞄の奥底に仕舞っていたのでは決定的瞬間を逃してしまう。
まあ、さすがに授業中にまで出していると問題ありそうなので我慢しているが、カメラを手に入れてからはずっと、登校時と放課後だけは必ず出すよう心掛けて癖にしている。
ただ、カメラが好きと言ってしまうと、いわゆるカメラ機材を買い漁るオタクっぽい印象を持たれそうで否定したくなる。
あたしは純粋に写真が撮りたいのだ。
撮りたいがゆえに、カメラは学校に持ってこなければ意味がない。
指摘してくるくらいなので興味はあるのだろう、
さすがに鬱陶しいので、肯定も否定もせずおもむろにカメラを向けてやる。
わかりきっていたし確かめる必要さえなかったけれど、オートで鼻先にピントを合わせたこの女は、ファインダー越しでもやっぱり抜群に綺麗だ。
あまりに突然レンズを向けられ、わずかに仰け反りながらもおそらくピースサインを作ろうとしてるのだろう、顔の側でわきわきと握りかけの手を不器用に動かしてみせる。
なんなのよそれ、スライダーでも投げる気なの……?
パシャっとシャッターを切る。
モニターに引き攣った笑顔でスライダーの握りを披露している惣引節が写し出される。いや、スライダーの握りなんて知らないんだけど。
「撮ったの? 見せて?」
「見せない。すぐ消すし」
「えー」
コントロールボタンを操作して、たったいま撮った写真データを消去、するフリをした。
本当は消してなんていない。
とことん迷惑を被り続けた一日だったのだ。こんなかわいらしい仕返しをしたくらいじゃバチは当たらないだろう。
なによりどんなに憎たらしかろうと、写真の中で不器用なピースサインを作って歪んだ笑顔を浮かべているこの女は、それでも曇り一つ見当たらない透き通るような美少女だった。
つくづく嫌になる。
あたしはとにかく可愛い人、美しい人の、最も綺麗に輝いている瞬間を切り抜きたくて仕方ないのだ。
だからこそ、カメラは絶対に学校に持ってこなければ意味がないのだ。
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