第20話 自宅謹慎

 翌日のHR前、惣引そうびきは自宅謹慎になったらしいとクラス内で噂になっているようだった。

 

「ねぇーねぇーユリちゃーん、隣のクラスのソウインさんって謹慎になったってマジー?」


 ボクをユリちゃん呼ばわりすることが定着してしまった隣の席のギャル、周防すおうが登校してくるなり付け睫毛をバッサバッサとはためかせながら顔を近付けてきた。


 もうユリちゃんって呼ばれることをいちいち訂正する気も失せてしまったが、ソウインさんって誰だよ……? ギャルは漢字が読めないって本当だったんだな。


 確かに惣引って名字はなかなか珍しいとは思うけど、面白おかしく噂するんだったら名字くらいはちゃんと読んでやろうよ。もちろん、そんなこと口に出したりしないけど。


 それにどうしてボクに訊いてくるんだよ。

 ボクはあいつのマネージャーじゃないんだから事細かなスケジュールなんて知ってるわけないだろ。


「ねぇーねぇーユリちゃーん、ソウインさんってユリちゃんの着替え覗きに行って謹慎になったってマジー?」


 うーん、当たらずも遠からずってところかな。


 一限目が終わった休憩時間には少し情報の尾ひれが成長しているみたいだった。

 授業中も机の下でスマホを巧みに操って、ラインか何かで情報が常に飛び交っているのだろう。噂話には目がないもんな女子って。


 あとソウインさんじゃないってやり取りしてる仲間内の誰一人として気が付かないの?


「ねぇーねぇーユリちゃーん、ソウインさんってユリちゃんを女の子と思い込んで一緒に着替えようとしたってマジー?」


 二限目が終わった休憩時間には、情報の尾ひれ背びれがなかなかにゴージャスになってきた。


 うーん……、そろそろきちんと訂正した方がいいのかな?


 けど、こういうことって往々にして熱心に訂正しようとすればするほど誤解を招くんだよな。

 間違っても一緒に着替えてなんていないし、ソウインさんなんて生徒はいないって早く誰か気が付いてよ。


「ねぇーねぇーユリちゃーん、ソウインさんってユリちゃんに劣情を催して更衣室に突貫したってマジー?」


 三限目が終わった休憩時間にはついに情報の尾ひれ背びれだけじゃ飽き足らず、そもそも存在しないはずの立派な角まで携えていた。どうなってんの、未知の古代魚じゃん。


 そもそもなんなのその質問は?

 うんうんー、突貫されちゃったぁ! てへっ♪ って答えるのが正解なのかな?


 突貫はしてきたけど劣情を催してはいなかったと思う。惣引が催してたのは吐き気だけだし。


 さすがにそろそろ本当に訂正しないと次の休憩時間には、言葉にするのも躊躇われる淫靡な噂になってたりするのかな……?


 あとソウインさんって間違いはもう直らなさそうだな……。ボクのユリちゃんって不本意な呼び方がぜんぜん直らないくらいなんだし、ただでさえクラスが違ってると関わることも少ないから仕方ないのか。


「ねぇーねぇーユリちゃーん、あの噂だけどさー、ユリちゃん可愛すぎるし劣情を催すくらい仕方ないよねーってことで解決しちゃったー」


 えっ、なんで!?

 どうしてそんな雑な着地点を見つけちゃったの!?


 三限目と四限目の間のやり取りでどうしてみんなそれで納得しちゃったの!?


 尾ひれ背びれに立派な角まで生やした古代魚、なんであっさり放流しちゃったの!?

 誤解を誤解のまま勝手な見解で解決した気にならないで!?


「あとさー、ソウインさんじゃなくって惣引そうびきさんって名前だったわー。ウケるー!」


 ぜんぜんウケないよ!? ボクのことユリちゃんって間違えてるのはいまだに直らないのに、なんでそっちだけ最終的に正解にたどり着いたの!?


 なんなんだよマジであいつ……。

 どうやったら自宅謹慎でここにいないのに、噂だけでここまでボクに迷惑をかけることが出来るんだよ。


 しかもあいつが噂されるだけならまだしも、まるでコンビ扱いみたいにボクの名前まで噂に登り、話の流れからどうしたってボクの見た目の物珍しさに及んでしまう。


「なんかすごい美少女な男子がいるんだって!」

「あ、知ってる! もう完全に女の子にしか見えないって聞いた!」

「入学式で噂になってたヤツだろ? ちょっと見に行ってみようぜ!」

 等々……。


 そうやって、今までは噂だけ聞きかじっていたけれど、それ以上の興味を持ってはいなかった生徒たちが、否応なしに広まる噂に囃し立てられるみたいに好奇心を掻き立てられてしまった。


 あとは一人が手始めに見に行ってみようとするだけで、じゃあついでに俺もわたしもと、休憩時間のたびにわざわざ見学にやって来てうちの教室前の廊下が渋滞を起こす始末だった。


 そんな連中なんか一切取り合わずに無視するに限ると、これまでの人生でしっかり処世術として学んでいたのでもう慣れっこだったけれど、慣れているとはいえ不愉快であることに変わりはないから、廊下側にはなるべく顔を向けずにささやかな抵抗を示してやった。


 とまあ、そんな野次馬たちの話はどうでもいいとして、やっぱり気になるのは宇津木うづきのことだった。


 結論から言ってしまえば、宇津木はたぶんお咎めなし、だったのだと思われる。

 二限目の移動教室の時に、隣の教室前を通った際にチラッと姿を目にした。

 ちゃんと登校してるってことは、惣引みたいに自宅謹慎にはなっていないってことだ。


 昨日あの後、岡林先生に完全に現場を押さえられたため、言い逃れの余地もなく生徒指導室に強制連行された。入学後わずか三日間でここまで何度も訪れることになるとは思ってもいなかった生徒指導室は、もはや実家のような安心感を漂わせているみたいだった。


 もちろんあいつとは別室で改めて状況説明を求められ、宇津木はあいつに無理やり連れてこられていただけだと思うと擁護しておいた。


 思う、なんてぼかした言い方をしたけれど、ほぼ確信だった。

 実際に二人が友達同士なのか何かしらの利害関係の一致とかがあったのかはわからないけど、俯いて更衣室を出て行った宇津木の様子と、これまでのあいつの暴走っぷりを見ていれば簡単に想像もついてしまう。


 別室で同じく聞き取りを行われたはずのあいつが自宅謹慎になり宇津木が普通に登校してるってことは、ボクの証言が聞き入れられたか、あいつも同じ証言をしたってことだろう。


 落ち着くべき形に落ち着いたってわけだ。


 それが、良いか悪いかはさっぱりわからないんだけど。


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