第7話 拒絶反応

 その後、生徒指導室に場所を移して対応に追われる先生たちの会話の内容で、あの女子生徒の名前が瀬尾せお悠理ゆうりだとわかった。


 ゆうり、可愛らしい名前。よく似合っていると思う。


 それなのに、なんということだろう。


 見た目も名前も完全に女子生徒と疑う余地もないはずなのに、本人が叫んだ通りにどうやら本当に男子生徒だという。


 ……あんな可愛らしい見た目で?


 岡林おかばやし先生と別の生徒指導の先生から、「致し方ない勘違いと不慮の事故が重なってしまったとはいえ、一歩間違えば男子と女子の不純な行為と咎められても仕方ない。謹慎等の重い処分は今回は免除とするが、厳重注意および来週月曜からの三日間、校舎周りの清掃作業をすること」と言い付けられた。


 言い渡された指導の内容なんて正直どうでもよく、私は瀬尾悠理が男だという事実にとにかく驚きを隠せなかった。


 そして、そんな驚きと同時にある疑問が浮かび上がる。


 私は、男の瀬尾悠理を、誤認だったとはいえ、――事実として触れた。


 にもかかわらず拒絶反応が起こらなかった。


 そう、私には男性に対してのみ起こる、かなりひどい拒絶反応があった。


 もうわかってもらえると思うけれど、男性相手に触れても、触れられても条件反射的に吐き気を催す。

 場合によっては、触れられなくても側に近寄られるだけで気持ち悪くなり、震えが止まらなくなり、最終的には吐いてしまう。

 試したことはないけれど、目隠しをして触れられても反応する自信がある。


 ――だからこそ。


 事故と勘違いであったけれど、一時的にとはいえ瀬尾悠理に触れるどころか、馬乗りに覆い被さっても平気だったのだ。結果的には吐いてしまったのだけれど、こんなことは本来だったら絶対にあり得ない。


 そこで、極めて当たり前な一つの見解が生まれる。


 もしかすると瀬尾悠理は本当は女の子で、何かのっぴきならない事情の末に性別を偽って男のフリをしているんじゃないだろうか?


 実家の屋敷でお手伝いをしてくれているタケお婆ちゃんの娘さんが集めていた古い漫画を、小学生の頃にいくつか読ませてもらったことがある。その全てを覚えているわけではないけれど、確か女の子が男の姿になるみたいなお話がいくつかあった。


 これはまさしく、そういうことなんじゃないかな?


 私の生まれ育った田舎では聞いたこともないけれど、私が知らないだけでこれだけ人で溢れかえっている都会だったら、そんな特殊な事情を抱えた子の一人や二人くらい普通に存在していても不思議じゃないのでは? だからこそ漫画の題材になったりしてるんじゃないのだろうか?


 保健室での件は、瀬尾悠理がいきなり大声で「男だ!」なんて叫ぶものだから、その単語の響きに驚いてしまい私の体質が誤反応してしまったんじゃないだろうか……?


 うん。きっとそうだ。


 これ以上は無理ってほどにつじつまが合ってしまった。


 もう、間違いない。そうとしか考えられない。


 衝撃的だった入学初日を終えて帰宅すると、学校からの電話連絡で私が早速問題を起こしたことを知って、ずっと待ち続けていたはつゑ御婆様に、

「節お嬢様っ! あぁ、よくぞご無事で……、婆やは心配で心配で……」

 と、実の娘を出迎えるみたいに玄関先で縋り付いて泣かれてしまった。


 謝罪しつつなだめながらも、私の頭は瀬尾悠理のことでいっぱいだった。


 帰路につきながら思案を続け、この時には私の決心はすでに固まっていた。


 ――こうなったら真相を調べるよりほかない。


 瀬尾悠理がじつはやっぱり女の子なのだとしたら、拒絶反応が起こらなかったのは何ら不思議ではなく正常だったということになる。

 であれば何も問題はないし、何事か男装しなければならない事情があるのだろうが私の与り知ることじゃない。話はそこで終わりだ。


 しかしやはり、奇跡的にあんな可愛らしい見た目なだけで瀬尾悠理が本当の本当に男の子だったとして、にもかかわらず、あれだけベタベタ触れたのにすぐに拒絶反応が起こらなかったのだとすると、やはりそれは大問題だ。


 いや大問題というよりはむしろ、わざわざ居候してまで都会にやって来た目的を成し遂げる好機となるかもしれないのだ。


 これはもう、月曜日の学校で確かめてみるしかない。


 おあつらえ向きに月曜からは、瀬尾悠理と二人で校舎周りの清掃作業だ。

 慌てずとも確かめる時間はたっぷりと用意されている。


 入学初日からやらかして最悪なスタートを切ってしまったと思ったけれど、もしかすると意外にも最高のスタートだったのかもしれない。


 あとは上り調子になるだけに違いないと、月曜からの学校にうきうき思いを馳せながら私は眠りについた。

 

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