喧嘩の後は②


「おい、あいつら抱きしめ合ってんぞ? 俺、喧嘩売ってきていいか?」

「馬鹿野郎!! お前この前負けただろ!?」


 俺、早川理央は朝っぱらから俊樹と坂下がイチャイチャしている姿を見てしまった。

 あいつら登校中の生徒がくそほどいるのに何してやがるんだ……。

 なんだか、見てて逆に晴れ晴れする。照


 てか、俊樹……、真島が遠くから笑顔で超睨みつけてんぞ。……まあ何かあったら助けてやろう。

 真島の周りには取り巻きが沢山いた。他のクラスのリア充男女だ。陰キャにとっては非常に怖い存在だ。

 真島のSNSのフォロワー数は50万人。下手に敵に回したら恐ろしい事になる。

 学校の内も外も盤石の布陣の超リア充女子高生。まあ可愛いけど、なんだってみんなあいつ惚れるんだ?


 俺と平野は毎日一緒に登校していた。こいつは怪我をしているけど、見た目ほど重症じゃねえ。……俊樹がうまい事意識だけを刈り取るパンチを放っただとかどうとか。平野、お前一回転してぶっ倒されたよな? 意味わかんねえよ。肋骨にヒビ入ってんだろ……。


「あれは油断しただけだ。次は負けねえよ」

「そんな事いいから……、今日は動画撮影するんだろ? 俺、緊張してきた……」


 平野はアンダーグラウンドファイトをやめていない。金が必要だからだ。

 それに、あの時俊樹に負けたけど、何故か金が振り込まれていたらしい。

『……なるほど、澤田俊樹と戦え、としか命令がなかったな』


 と平野はブツブツ言っていた。

 なんにせよ、金の心配が少なくなるのは精神的に楽になる。

 俺は平野のアドバイスによってバイト以外で金を稼ぐ方法を考えついた。


 それは――


「なあ、本当にこんな企画でいいのかよ」

「アンダーグラウンドファイトのサイトは暴力的なものばかりじゃねえか。問題ないはずだ。それに反響がすごかっただろ」


 ひ弱ないじめられっ子の俺が強くなる過程を動画でアップする、という内容であった。

 正直どこにでもあるような話だが、第一弾、第二弾の俺たちの動画は凄まじい反響があった。まだ収益化されてねえけど、俺の一ヶ月のバイト代を軽く上回りやがった。ほとんどイケメン平野のおかげだけどな。


『きゃーー、裸の男よ!!』『平野君、尊い』『平野君をもっと!!』『運動神経悪すぎじゃね?』『いじめられてそうな顔』『平野の腰巾着か』『てか、これって平野のチャンネル』『……僕、早川を応援したい』『俺もこいつの気持ちわかるわ』『キモいから仕方ないっしょ』『平野氏、鍛え上げるでござる』『あれ? 将軍がいるよ!』『解説よろ』


 俺が上半身ハダカで平野にしごかれている動画と俺がいじめられている事を話す動画。

 ネットの海で自分の事を話すのは怖かったけど、これも金のためだ。

 お袋の入院費が稼げるならなんだってするぜ。妹にうまいもん食わせたいんだよ。

 親父には内緒だ。あいつがパチンカスに戻ったらぶっ殺してやる。


 好き勝手なコメントばかりだけど、なんだか見守られているみたいで嬉しかった。平野のコメントが多いけどな!


「おい、あいつら居たぞ。準備はいいか?」

「あ、ああ、い、いつでもダイジョブだぞ」


 今日は第三弾である、いじめっ子に立ち向かう動画を撮影する。

 喧嘩なんてまともにしたことねえ。どう鍛えても強くなれねえよ思ってた。

 大丈夫だ。平野のしごきに比べたらあいつらなんてくそほど怖くねえ。


 平野は俺の背中を撫でるようにそっと押した。触り方が気持ちわりいよ!?


「助けねえからな。ボコられたらまた挑戦すりゃいい」

「助けねえのかよ!! てか、もう動画回ってんのかよ!! くそっ、行ってくるぜ!」


『頑張れ!!』『ボコられてこい!』『先手必勝だ!』『もっと平野君と絡んで!』『俺達がついてるぜ!』


 これが俺の新しい日常。俊樹も大事なダチだけど、平野も俺のダチだ。

 少し頭がおかしいけど、本当は優しくて家族思いのいいやつだ。


 ま、本人にはぜってえそんな事言わねえけどな!!

 俺は平野から教わった『喧嘩の極意』を頭の中で反芻して、俺をいじめたクソ野郎へ向かって走り出した――




 *********




「な、なによ、これ……」


 川野ヒカリは焦っていた。

 クラスのリア充であるヒカリは友達が多い。その中でも特別なのは真島愛梨である。中学の時からの親友。その立ち位置に勝てる女子は誰もいない。


 クラスでは誰もヒカリに逆らえなかった。逆らったらキープ君である男子生徒たちが黙っていない。真島愛梨よりも劣るとはいえ、川野ヒカリは自分の容姿のレベルを理解しているずる賢い女であった。


 そんなヒカリは教室でスマホを見つめながら身体を震わせていた。

 ヒカリは真島ほどではないが、SNSのフォロワー数が多かった。その数は5万人。普通の高校生として、ヒカリの自己顕示欲を満足させるには十分であった。


 教室にはいつもヒカリのそばにいる男子たちがいない。

 早川をいじめていた男たちの事だ。


 ヒカリのスマホに映し出されていたのは、早川がいじめっ子に立ち向かっている姿であった。生放送である。


「あ、あいつこんな動画なんて……、ちょ、あんたたちなんで負けそうになってんのよ!!」


 動画の中の早川は控えめに言ってボロボロであった。

 雄叫びを上げながら、いじめっ子の腕を抑えながらひたすら右ストレートと放つ。

 殴られても蹴られても早川は止まらなかった。

 そして、ついにいじめっ子は降参をした。


 いじめっ子は動画の前で早川に謝り、自分たちは悪くない、命令されていじめただけだ、とほざく。


 動画内のコメントはすごい事になっていた。


『ちょ、女帝ってなによ』『マジで黒幕ってウケる』『ていうか、女の言うこと聞いていじめてたってダサくね?』『かわのひかりか、本名でちゃったね』『流石にアップされる動画は編集されるだろ』『生放送乙』『アンダーグラウンドファイトのサイトだし』『そうだな、いつもの炎上ネタだな』『……おい、愛梨ちゃんがとんでもねえこと呟いてんぞ!!』『愛梨ちゃんって誰だ?』『ツイッタランドの超人気女子高生だっての!』『おけ、イッてみる』『衝撃、早川氏嘘告白の被害者』『い、一年間だと?』『プレゼントがゴミ箱に……泣けてくるわ』『早川すまん、お前の事侮ってたわ。投げ銭やるわ』『愛梨ちゃんにこんな画像送った川野ってやつマジでキモいな』



「な、なんでこいつら私の名前出したのよ!? あのバカどもが!! ……愛梨? 愛梨が何したのよ? なんで私の事がバレてんのよ!!!」


 人間、切羽詰まると本性が知らず知らずのうちに出てしまう。

 川野ヒカリの豹変ぶりに教室の生徒は驚く。

 そして、動画を見ていた生徒はヒカリに嫌悪の視線を向けていた。


 ヒカリはスマホで真島愛梨のツイッタランドを確認する。

 手の震えがより一層ひどくなりスマホを落としてしまった。


「な、なによ、なんで愛梨が私の事裏切るのよ……」


 真島愛梨は早川の事を擁護しつつも、川野ヒカリの悪行を淡々と綴っていた。

 ヒカリが面白いネタとして愛梨に送った動画や写真も流れている。

 友達を止めたかった。どうしても止められなかった。いじめの事を話されて怖かった。ここで本当の事を言わないと、友達のためにならない。止められなかった私が一番悪い。


 一見、友達を貶めるような行動に見えるが、真島愛梨のフォロワーたちはそんな風な捉え方をしない。友達のために行動している愛梨が素晴らしい。勇気を出して告発した愛梨ちゃんは偉い。愛梨ちゃん可愛い。

 すべての行動が肯定される。


 結果、尋常じゃない被害を受ける川野ヒカリ。


「え、え、え、え、え、愛梨っぃぃいぃぃっぃ!!!!!!! だから私はあんたの事が大嫌いなのよ!!! あの糞女――」


「ヒカリちゃん、親友にそんな事言っちゃ駄目だよ」


 川野ヒカリの横に真島愛梨が立っていた。真島愛梨の横には筋肉隆々の上級生がいた。

 ヒカリは真島のほっぺたを平手打ちしようとするが、真島愛梨の取り巻きが川野を取り押さえようとした。


「この前も平手打ちしたもんね。私ね、暴力的な人は嫌いなの」


真島愛梨が川野ヒカリを見捨てた理由、それは自分に暴力を振るった事。あとは、単純に早川のチャンネルの今後の影響力と、川野ヒカリの今後の落ち目を考えて友人でいても得にならないと思っただけだ。


「あ、あれはあんたが平野君に迫るって言うから……、そ、それに謝ってでしょ!? あんたも許してくれたじゃん!」

「えへ、知ってるんだ、ヒカリが私の事をすっごく馬鹿にしたり、悪口言ってる事。ねえ、ヒカリって私の事嫌いでしょ?」

「……そ、そんな事ないわよ。ね、ねえ、愛梨ちゃん、あの動画の事を訂正して欲しいな……」


 真島愛梨は微笑む。捕食者が獲物を捉える時の目と同じだ。

 川野ヒカリは即座に土下座をする。本能で一番良い方法を理解していた。

 が、すでに遅かった。


「バイバイ、ヒカリちゃん、もう二度と私の前に現れないでね」





 川野ヒカリとその一味の悪行は全てネットの海に載せられてしまった。

 炎上は炎上を呼んでどんどんヒートアップする。


 だが、早川の新しい動画での言葉が炎上を止めるきっかけとなった。

 『ムカつくヤツでも人が苦しんでいる所は見たくねえよ。俺は過去の事は忘れて前に進むぜ。だから、みんなも川野の事は忘れてくれよ』


 川野は事件以来、クラスでハブにあってしまった。川野ヒカリの心は限界に近かった。

 そんな川野ヒカリに唯一話しかけていたのは――早川だけである。

 謝罪の場を作る提案をしたり、川野をいじめようとする生徒に注意をする。


 早川は川野ヒカリの事を好きでもなんでもない。むしろ憎い相手だ。それ以上に、ただ早川が優しかっただけであった。


 悪意の圧力に潰されそうになっていた川野ヒカリが早川の優しさを知ってしまった。

 

『な、なんでそんなに優しいのよ……。私、ひどい事したのに……』


 そんな川野ヒカリが早川に恋をするのは必然というものだ。


 ひどい事をした過去が川野ヒカリの心を更に苦しめる。

 後悔と罪悪感と恋心と真島愛梨の恐怖に悩まされながら川野ヒカリは今日も学校へと通う。


 自業自得である川野ヒカリは本当の恋は苦いものだと初めて知った――





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