第34話


 玲香と想いを伝えあった後、俺たちは本音で語り合った。

 俺も玲香も不器用な人間だ。心に思っている事をどうやって言葉にすればいいかわからなかったんだ。

 でも、今は二人の心が通じ合っている。


 玲香と話すことによって子供の頃の記憶が鮮明に思い出すことができる。

 いつもそばにいた玲香。父さんの件も俺は思い出すことができた……。


 だけど、今は父さんの事よりも愛梨ちゃんを向き合う事が先だ。


「あっ、早川から連絡だ……。みんなレストランの前にいるって」

「うん、わかった……なんか緊張するわ……」


 俺たちはレストランへと目指した。





 レストランの前には目を赤く腫らした早川、それに中島が寄り添うように立っていた。

 二人を見守っている平野がいて。平塚先輩と愛梨ちゃんは笑顔を見せながら朗らかに話をしていた。

 ……二人とも早川に内緒じゃなかったの?

 俺に気がついた平塚先輩が手を振ってきた。


「俊樹氏! こっちですぞ! お腹ペコペコなので早く食べよう!」

「トシ君、こっちこっち! あれれ? 二人仲良しだよ。お手々繋いでるよ! えへへ、みんな仲良しで嬉しいな」


 愛梨ちゃんの純真な笑顔が少し痛かった。

 俺たちはそのまま予約された席へと向かい夕食を楽しむ事にした。


「早川先輩、これ食べる? 超美味しいよ!」

「ば、ばか野郎! 自分で食べれるわ!」

「平野氏? この二人は進展あったのか?」

「あん? 知らねえよ。ちっとは仲良くなっただけだろ? おい、醤油取れよ」

「あれれ〜、あそこにリー先輩がいるよ? キレイなお姉さんと一緒だよ」

「愛梨ちゃんよそ見するとこぼしちゃうって。リー先輩は放っておこうね」


 こんな風に食卓を囲むのはお祖父ちゃんたちとしかしたことがなかった。

 同年代とこんなに楽しい食卓を囲むのは初めてであった。

 愛梨ちゃんも笑っている。邪気の無い笑顔の愛梨ちゃんは可愛らしかった。


「もう、俊樹また愛梨ちゃんの事見てる。可愛いから仕方ないけどね」

「うん、愛梨ちゃんは可愛い幼馴染だよ」

「ん? トシ君が可愛いって言ってくれたの? ありがとう! えへへ、でもね、玲香ちゃんも可愛いよ」

「そうだね、玲香は凄く可愛いよ」


 俺の隣に座っている玲香は恥ずかしそうに肉を頬張る。

 見てて気持ちの良い食べっぷりだ。

 俺は愛梨ちゃんに後で話があることを伝える必要がある。


「ねえ、愛梨ちゃん後で話があるんだけどいいかな?」


「ん? トシ君が話? 何かな? トシ君が玲香ちゃんと付き合った事かな?」


 俺の隣にいる玲香が肉を吹き出してしまった。俺も動揺してフォークを落としてしまう。


「愛梨ちゃん、なんで知ってるのかな……」

「そんなの見たらすぐにわかるもん! もう、当たり前だよ」


 愛梨ちゃんの言葉に周りのみんながざわつく。


「おい、早川今日は飲もうぜ」

「俺は未成年だから飲めねえよ!? ったく、まあなんだ、おめでとうだな」

「早川氏……大人になったな。そっか、俊樹氏は玲香殿と……」

「え、マジで? ねえねえ先輩、私全然知らなかったよ! てっきり愛梨ちゃんと寄りを戻すかと思っていたよ!」

「中島、このバカ!」


 愛梨ちゃんは自分の事を言われているのにキョトンとしていた。


「え? 私、トシ君の事大好きだけど、トシ君が幸せになってる姿を見てる方がもっと好きだもん。私じゃトシ君を幸せにできないしね」


「愛梨ちゃん……。うん、ちょうどいい機会だからみんなにも改めて話すよ」


 俺はさっき展望室での出来事をみんなに話した。といっても俺と玲香が付き合う事になったというシンプルな説明だ。


「というわけなんだ。……愛梨ちゃん、俺、玲香と付き合うよ」


「うん! トシ君が幸せならそれが一番だよ! あれ? 私トシ君に近づかないほうがいいのかな? だって、トシ君は私が彼氏ができた時、すっごく気を使っていたもん。……なんだろう? 胸がキュンとするよ……。あれれ? あれ?」


 愛梨ちゃんは俺に笑顔で話してくれた。だけど、口調とは裏腹に目から涙が流れていた。


「おかしいな? 全然悲しくないのに……。私、トシ君がいたのに、色んな人と付き合って……、トシ君はずっとこんな気持ちで……」


 玲香が愛梨ちゃんの背中に手を回す。


「愛梨ちゃんに彼氏ができた時、確かに俺は悲しかった。……だって愛梨ちゃんが大好きだったもんね。……愛梨ちゃんは今どんな気持ち?」


「ちょっと、俊樹」


 俺は玲香を手で制した。愛梨ちゃんの気持ちをちゃんと聞かなきゃいけない。愛梨ちゃんも俺も普通の日常を送っていなかった。圧倒的にお互いの気持ちを理解する事が足りていなかったんだ。


「んとね……、一人ぼっちになっちゃう。トシ君は私にとって……大好きで……、あれみたいで……」


「家族みたい?」


「あっ、そう! 私、家族と一緒にいた事なかったから、トシ君だけが私の家族だったの。だから……玲香ちゃんと付き合うのはすっごく嬉しいのに、私が一人ぼっちになっちゃうと思って……」


 俺はハンカチを取り出して愛梨ちゃんの涙を拭いてあげた。やっぱりそうだったんだ。愛梨ちゃんにとって俺は家族みたいな存在だったんだ。だから俺に固執していたんだ。


「お兄ちゃんみたいな感じ?」

「うーん、本当のパパみたいな感じ!」

「パ、パパか……。あのね愛梨ちゃん。俺は玲香と付き合ったとしても、愛梨ちゃんは大切な幼馴染なんだよ。いつか愛梨ちゃんの事を本当に好きになってくれる人ができて愛梨ちゃんに家族ができたらいいと思うけど、俺達の関係は変わらないよ。……幼馴染だ」


 愛梨ちゃんがその言葉を聞いて泣き止んだ。


「……トシ君、ほんと? えっと、話しかけてもいいの?」

「うん、もちろんだ」

「一緒に遊んでもいいの?」

「当たり前だろ」

「……と、友達のままでいて、いいの?」

「ああ、俺たちは幼馴染で友達だ」


 愛梨ちゃんは満面の笑みを向けた。その笑顔は邪気がなくて子供のように美しかった。

 そんな愛梨ちゃんの顔は初めてみた。


「えへへ、じゃあ玲香ちゃんは私のママみたいな感じね!! やった! 家族が増えたんだ!」


「え、ええ!? と、俊樹、どうしよう!? ……う、嬉しそうだからいいのかな?」

「うん、俺たちは愛梨ちゃんにとって家族みたいな存在。それでいいでしょ」

「……そうね。愛梨ちゃん、私からもお礼を言うね。俊樹とずっと一緒に居てくれてありがとう」


 いい感じの雰囲気で話がまとまりそうになった時、平塚先輩が何やらブツブツと呟いていた。


「……俺が……いつか、幸せに……、いや、俊樹氏を陰からサポートして……、ふむ、アンダーグラウンドの貯金で養って……」


 うん、無視しよう。


「っていうか澤田。お前アングラに喧嘩売ったじゃねえかよ」

「買っただけだよ」

「……一緒だろ!? お前、これからどうすんだよ。選手として登録されてっし、上層部に恨まれてんだろ? ってことは坂下も真島も危険なんじゃねえか?」


 そう、アンダーグラウンドファイト関係の件は終わっていない。これは愛梨ちゃんの父さんと密接に関わっている問題だ。

 流石平野君、言いにくい事を言ってくれた。


「それは問題ないよ。目的は明白だし、お祖父ちゃんと話して家族として戦う事に決めたからさ。……玲香はそれを覚悟してるし、愛梨ちゃんは否が応でも巻き込まれるからそばに居てくれるのが一番だしね」


「お、おう。軽く言ってくれるじゃねえかよ」


「うん、だってお祖父ちゃんは俺が人質にされると思って愛梨ちゃんの父さんと争わなかったんだ」



 玲香と話して色々と思い出した記憶。俺はレストランに着く前にお祖父ちゃんと電話をした。もう俺を守らなくていい、俺も戦うという意思を伝えた。


 俺は玲香に甘えている愛梨ちゃんを見つめる。

 愛梨ちゃんの父さんがどんな人か知らない。愛梨ちゃんもほとんど会ったことがないらしい。

 ただ、思い出したのは――玲香をかばって死んだ父さん。倒れている俺。泣き叫ぶ玲香。

 俺がもっと強ければ――


 お祖父ちゃんが電話で少し語ってくれた。

 俺の母さんを巡って父さんと愛梨ちゃんの父さんが争っていた事。

 そして、母さんが死んだ時、愛梨ちゃんの父さんが怒り狂った事を……。


 父さんの正当防衛も母さんの死も不幸な出来事が重なっただけで誰も悪くない。

 それでも、愛梨ちゃんの父さんは、俺の父さんを許せなかった。


 時間がかかってもいい。俺はいつかケリをつけようと思う。


「だからね、俺は当分アンダーグラウンドファイターとして表で戦うよ。だって、愛梨ちゃんの父さんと会ったことある人ってほとんどいないんでしょ? ね、愛梨ちゃん」


「ん、パパはどこにいるかわからないよ。幹部でも滅多に会えないし、私以外の子供たちも沢山いるしね」


「俺はアンダーグラウンドファイトを上り詰めて愛梨ちゃんの父さんを探すよ。お祖父ちゃんとは裏で探りながら戦うつもりだよ」


 俺がそう言い切ると、何故か静寂が訪れた……。


 ……あれ? 玲香と愛梨ちゃん以外のみんなが微妙な顔をしていた。


 大きなため息を吐いた早川が俺の背中を強く叩いた。


「馬鹿野郎! 俺たちもお前の身内みたいなもんだろ!! お、俺だって一緒に戦うぜ! ……あれだ、動画を配信しながらアングラの内部を探れるし」

「あん? お前来月にアングラの入門試験受けっから。ファイターとして俺たちと一緒に探ろうぜ」

「はっ!? か、勝手に何してんだよ!!! 俺素人じゃねえかよ!!」

「うっせえな、お前は思ってるよりも強くなってんだよ。それに俺たちは金が必要だろ?」

「うっ、そ、そうだけどよ……。あーー、わかった、やってやんよ、くそ!」

「早川、鍛えてやんよ。とりあえず一つ星のチャンピオン目指せや」

「先輩応援するよ! えっと、私はマネージャーね!」


 平塚先輩が立ち上がって俺の目の前まで歩いてきた。

 そして、何故かひざまずいた。


「……俺は一生俊樹氏に付いていく。……それに愛梨ちゃんの父さんを一発ぶん殴りたいからな。帰ったらお祖父様の元で修行を励む」


「ひ、平塚先輩?」

 平塚先輩の愛梨ちゃんを見つめる視線がすごく真剣であった。

 そっか、初恋って言ってたもんね。冗談みたいな口調だけど気持ちが伝わってくる。


 愛梨ちゃんは平塚先輩に向けて微笑んでいた。



「はぁ……、みんな馬鹿だね。まあ俊樹の友達だしね」

「あはは……、嬉しいね。……でもさ、俺たちは学生なんだから一杯学校生活を楽しもうよ。アングラの事もあるけど、沢山問題あるし」


 愛梨ちゃんが学校でいじめられないか心配だ。

 本人が変わったとしても周りが愛梨ちゃんを受け入れないだろう。

 愛梨ちゃんの悪評は凄まじい。それに俺もクラスで虐められている。……山田は教育したから大丈夫だと思うけど、小さな悪意が積み重なれば大きな障壁になる。


 やることは沢山だ。


 玲香がそっと俺の手を繋いできた。

 俺も握り返す。

 この数ヶ月で俺も周りも変化していった。だけど唯一変わらないものがある。



「玲香、今度こそ君を守るよ」



 ずっと変わらず俺のそばにいてくれた玲香。

 俺はこの手を二度と離さないと心に誓った――





(完結)




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大好きな幼馴染に嫌われた陰キャな俺は隠して生きるのをやめようと思った うさこ @usako09

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