イケメン


「……早川のスマホ返し忘れちゃった。玲香、俺ちょっと早川のクラスに行ってくるよ」

「ちょ、待ってよ。私も行くわよ。だって、教室で一人だと面倒じゃないの」


 教室にいるクラスメイトたちは俺がいない時を見計らって玲香に話しかけようとする。

 流石にトイレや体育の授業までは玲香と一緒に居られない。

 女子からはグループに入るよう誘われて、男子からはスマホの連絡先を聞かれる。

 玲香は冷たく返事を返すだけだから、少し心配だ。


「……そうだな、一緒に行こうか。でも、あいつ嫌がるんだよな、俺が早川の教室に行くのを」

「ふーん、でもスマホが無いと不便でしょ? 友達ならさっさと渡した方がいいわよね」


 早川のスマホの後ろには家族のプリクラが貼られてあった。俺と早川はあまり家族の話をしないけど、これを見ると本当に仲が良い家族に思える。

 早川が友達と話している姿を見たことないけど、いつも明るくて楽しそうに格闘技の話や妹さんの話をする。

 もしかしたら俺が知らないだけでクラスでは俺にみたいにボッチじゃないんだろうな。


「二組だよね、早く行こ!!」


 俺は玲香と一緒に早川のクラスへと向かった。






 知らないクラスに行くと緊張する。このクラスには早川しか友達がいない。

 そう言えば愛梨ちゃ……、真島さんの友達のヒカリさんがこのクラスだけど、俺はヒカリさんとほとんど話した事ない。


 廊下から教室の中を除くと、早川は一人で本を読んでいた。

 俺は入り口で友達と喋っているヒカリさんと目が合う。


「あれ? どうしたの澤田君。あっ、もしかして早川君に用事があるのかな? 私、呼んで来ようか? えへへ」


 真島さんとヒカリさんは中学からの友達だ。今は違うクラスだけど一番の仲良しって言っていた。ヒカリさんも真島さんと一緒でクラスのリア充グループに所属していた。きっとこのクラスでもリア充グループなんだろうな。


 だけど、ヒカリさんから何か嫌な空気を感じた。なんだこれは? 今まで感じなかった……、いや、俺が見ようとしなかった雰囲気だ。

 真島さんとそっくりな雰囲気を感じる。背筋がぞわっとした。

 真島さんに最後の別れを告げて、玲香の前で泣いてしまった時、俺は目が完全に目が冷めたんだ。見えなかったものが見え始めた。


 早川の名前を言った時、意地悪そうな顔をしていた。

 真島さんとそっくりな笑い方だ。


 ヒカリさんが早川を呼ぶ必要ない。別に教室に入るだけだ。


「必要ないよ。俺が自分で行く」


 俺がそう言うと、ヒカリさんは肩をすくめて残念そうな顔をした。

 早川に気があるのか? でも、真島さんから聞いたヒカリちゃんは超面食いだ。それこそ、平塚先輩並のイケメンじゃないと無理らしい。早川や俺では無理だ。


「玲香、教室入るよ」

「おっけー、早川のクラス見なきゃね」


 早川が自分の席で教科書を読んでいた。

 俺はまっすぐ早川のところに行こうとしたが、知らない女子生徒に話しかけられた。


「あ、あの、動画の『未知のニューファイター』さんですよね? きゃーーっ! 私、あの動画見てあなたのファンになりました!」

「うわ、本物だ!! 平塚先輩をボコった人だ」

「へぇ〜、結構イケてんじゃん。最後の蹴りが超しびれたじゃん」

「ちょ、顔がこわばってんよ。緊張してるの。超可愛い!!」

「ねえねえ、澤田は私の友達だからね〜」

「マジでヒカリ、超すごいじゃん!!」


 いくら周りが見えるようになったからって、緊張して知らない女子とは喋れない……。

 それに、俺はヒカリさんと友達じゃない。この娘たちからもあまり良い空気感を感じない。

 そんな事よりも早川の席に行きたい。


 俺が困っていると玲香が俺の手を引っ張って女子生徒たちの壁を突っ切った。


「はいはい、ごめんね〜。俊樹は早川に用があるのよ。そこ通してね〜」


 女子生徒たちは「はっ? 何様なの?」「身体触れてんじゃねえよ」「こいつ転校生じゃん」「ちょ、調子乗ってんの」と言っていたが、素直にどいてくれた。

 なぜなら玲香の形相が非常に怖かったからだ。玲香がひと睨みするだけで顔を背ける。


 女子同士で何か感じるものがあるんだろう。絶対逆らっちゃいけないって。




 早川が教科書を閉じてため息を吐いている時に、俺と目が合った。


「はっ? な、なんでこの教室にいんだよ!? と、俊樹……」


「スマホ忘れてたよ? ほら、いつも大切にしてるでしょ」


「あ、ありがとう。あっ、ろ、廊下に出て話そうぜ! 教室だと騒がしいだろ?」


 玲香が口を挟んできた。


「へー、ちゃんと勉強してんだ。偉いじゃん」

「う、うるせえよ! この時間しか勉強出来ねえんだよ! いいから廊下行くぞ」

「はいはい、早川って怒りやすいの?」

「はっ? そんな事――――あっ」


 早川の顔が青くなったような気がした。

 俺たちに近づいてくる男子生徒たち。あれはクラスカーストでもカースト外にいるヤンキーと呼ばれている奴らだ。

 クラスのリア充とつるむヤンキーもいたり、ボッチのヤンキーもいる。

 その生息地は様々だ。


 このヤンキーたちは若干ファッショナブルでモテを意識している。リア充系のヤンキーだろう。


「お、早川あれか、友達呼んだらいじめられねえと思ったのかよ。てか、こいつ犯罪者の反則ボッチじぇねえかよ!? ぷ、はははっ、笑わせんなよ。てめえ、平野が帰ってきたからって、いじりは終わんねえぞ。あいつフケやがったから戻って来ねえだろしな」


「とりあえずそっちの男も俺のパンチの試し打ちすっか」


「おい、待てよ。この娘……、超可愛くね? マジで早川の友達なのか?」


 早川は歯を食いしばって何かに耐えていた。

 俺は早川の表情を見て全てを理解した。俺に見せてくれた早川の明るさの裏にはとんでもない努力があったんだ。

 いままで早川が泣き言を言ったことなんてない。いつも楽しそうにしていた。


「ちょちょ、マジ可愛いぜ。早川の友達なんてもったいねえよ。なあ、俺達と遊ばね? 放課後カラオケ行こうぜ!! 早川も呼んでやるからさ――」


 俺はずっと真島さんとずっと一緒にいた。

 多分、他の人に比べて感覚が狂っている。友達がこんな状況だったのに今気づくなんて……。


 友達が悔しそうにしている。腹の底から黒いモノが流れ込む。

 俺は我慢出来ずに一歩前に出ようとした――が、早川が俺を遮る。


「俊樹、俺は大丈夫だ。こんなクズどもには負けねえよ。だから、抑えてくれよな。俺のせいで俊樹が問題起こしたら嫌だぜ?」


 精一杯の笑顔を俺たちに向ける早川……。

 わかってる。ここは早川の教室だ。俺たちがいつもここにいるわけじゃない。ここで何かしたら後で早川に嫌がらせが起きる。正直、不良と向き合うのは怖い。俺は一昨日まで陰キャでボッチだったんだ。


 それでも、それでも――



「――友達が嫌がってるのに黙ってられない」


 玲香の吐息が妙に近くに聞こえた。


「ふんっ、俊樹、あんた少しだけ昔に戻ったんじゃない? 悪くないわね。いいこというじゃない。こんなクズの不良どもは死ねばいいのよ」


「ク、クズだと? て、てめえ超可愛いからって調子乗ってんじゃねよ!! おら、こっちこいや――」


 不良の一人が玲香の手を掴もうとする。

 俺が動く前に玲香が一瞬で放った前蹴り。それは綺麗に顎をかすめ不良は床に倒れてしまった。

 不良の仲間は何が起こったか理解出来ていない。呆然と玲香を見ていた。


「なによ、あんたたちもやるの? てか、あんたらいじめの動画とか撮られてるんじゃないの? そんなものがあったら一発でアウトよ」


「玲香、後は俺がどうにかするから。玲香は女の子だから後ろに下がって」


「……女の子……………………ふふ、女の子……、うん、俊樹、私後ろに下がるわ」


「……あーーっ、もう、こんちくしょう。もっといじめがひどくなったら行動しようと思ってたんだよ。くそ、こいつらが闇討ちしてきたらどうすんだよ! 俺教室でぼっちなんだよ!!」


 早川はそう言いながらスマホの動画を見せてきた。

 そこには暴行されている早川の姿があった……。

 不良たちはそれを見て青ざめていた。俺は心の中で驚いた。



 俺がいじめられたとしてもウジウジして殻に閉じこもるだけだ。

 こんな風に戦おうと思わなかっただろう。

 真島さんのことでウジウジ言っていた男だ。いじめにも立ち向かおうとはしなかったと思う。


「早川、お前すごく強いよ」

「はっ? 何いってんだよ。お前の方が超強えーだろ!?」

「い、いや、そういう意味じゃ……」

「ちょっと、黙ってて、あんたらあいつが見えないの?」


 玲香は不良が戦意喪失しても警戒心を解かなかった。なぜなら不良の後ろ方から歩いてくる男がいた。

 足運びと体幹から考えて明らかに尋常じゃないスキルの持ち主だ。それに凄くイケメンだ。


 早川が震えながら呟く。


「ひ、平野……君」


 平野と呼ばれた男は眉間にシワをよせて、倒れた不良をガシガシと踏みつけながら俺たちと向き合う。俺は玲香の前に立ちふさがる。玲香は絶対傷つけせない。俺の大事な友達なんだから。


 平野は震えながら真っ赤な顔で玲香に向かって口を開いた――



「――――な、なあ、き、君、な、な、名前を教えて、くれないか? ひ、ひ、一目惚れだ。――お、俺は平野聡、じゅ、十七歳。好きなものは、ボクシングと金稼ぎと妹。俺の理想の女の子は……ハイキックが似合う女の子……。……こ、交換日記からお願いしたい……」


 教室が一瞬で静かになった……。

 玲香が周りを見渡す。


「ふふぁっ!? わ、私? ちょ、意味分かんないんだけど!! ――ちょ、わ、私先に帰るわ! と、俊樹、後始末はよろしく」


「れ、玲香!? わ、わかった。また後で……。え、えっと、早川どうしよう」

「なんだってんだよ。この状況は……、なあ、俺もお前のクラスに転入したいんだが……」


 平野の顔は怒っていたんじゃないんのか? 恥ずかしくて顔を赤くしていたのか? クラスの女子生徒から悲鳴が聞こえる。


「な、なんで平野君が!!?」

「男が好きって噂じゃなかったの!」

「なんであんなビッチに……マジむかつく……」

「恥じらってる平野君ってやばいね。超可愛い」

「うん、ムカつくけどイケメンだわ……」

「レア顔見れたから許すわ……」

「……私、キックボクシング習うわ」


 平野が早川の肩を掴む。


「お前、あの娘と友達なのか……。よし、今から俺とお前は友達だ。俺は女子とまともに喋った事ねえんだよ……」

「はっ? し、知らねえよ!? お前アンダーグラウンドファイターだろ? マジで勘弁してくれよ……。それに、お前いつも女子に絡まれてるじゃねえかよ!? このクラスの女子は偽物かってんだよ!!」

「あん? マジで話した覚えはねえぞ。……クラスの女子はうざえから覚えてねえし」

「へ? あんだけ川野ヒカリと仲よくしてたのに?」

「誰だ? 川野ヒカリって。そんな事どうでもいい。お前、さっそく作戦会議を練ろうぜ」

「と、俊樹、助けてくれよ! てか、俺タメ口で話してんじゃん。……終わった」

「おい、ダチならタメ口でいいじゃねえか」


 二人の様子を見るとなんだか大丈夫そうだ。空気感でわかる。

 俺は早川に別れを告げて教室を出ることにした。玲香のフォローをしなくては。


 ……それにしてもこの平野が玲香に向かって『一目惚れ』って言った時、胸がモヤモヤした。……これってなんだろう。


 俺は首を振ってそれを忘れようとする。

 それにしても、気になった事がある。

 真島さんの友達であるヒカリさんが……、すごい形相で教室の壁を蹴りつけていた。

 その視線の先は、教室に帰った玲香の方向を睨みつけていた――


 ……あの人は真島さんと同じで……人間の悪意を煮詰めた人だと思う。


 それも真島さんみたいに天然の悪意じゃない。もっと自発的な嫌な悪意だ。




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