友達は似てしまう
「ねえねえ私の歯磨きどこにあるの!? ち、遅刻しちゃうわよ!!」
「新しいのすぐ出すから待てよ!? 髪は俺が梳かしてやるから。もう、制服の裾が出てるぞ……」
「だ、だって、寝坊しちゃったから……」
昨日はみんなでアイスを食べた後ゲームセンターで遊んでから別れた。
とても有意義な時間を過ごせた。前は愛梨ちゃんと一緒に帰る必要があったから、早川と遊ぶ事も無かった。
玲香はなぜか俺の家に一緒に帰宅した。
理由を聞くと――
『はっ? おじいちゃんから聞いてないの? 私、今日から下宿するわよ。ここだと学校近いしね』
そんな話は一切聞いていない。……まあ玲香だから全然構わないけどさ。
昨日は玲香と夜遅くまで喋っていたから寝るのが遅くなってしまった……。
というわけで、いつもよりも騒々しい朝を過ごす事になった。
いつもよりも遅めの登校時間。ずっと愛梨ちゃんと登校していたから変な気分だ。
玲香は転入二日目だから周りの生徒からの視線がすごい。
「ていうか、グチグチ噂されるのってあんまり気分良くないわね……」
「玲香は可愛いから仕方ないって」
「う、うっさい!! 私の事じゃなくてあんたの事言ってんのよ」
確かに耳を澄ませると玲香の話題だけじゃなくて、俺の事を言っている生徒も多かった。
「あいつが澤田だろ。マジで平塚先輩が負けたのか?」
「ただの陰キャじゃん」
「平塚が弱かっただけじゃね? あんなへなちょこパンチでダウンするって笑えんよ」
「……ふーん、意外とかっこよくない」
「えー、ふみちゃん趣味悪いって」
「どうせあいつも裏で悪い事してんだろ。一組の真島さんを脅して付き合おうとしてたんだろ」
噂って不思議だよね。嘘か本当かわからないのに、さも本当のように喋る。
でも、俺には信じてくれる友達がいるからどうでもいい。
俺たちは早足に教室へと向かった。
「俊樹っ!! お前遅いぞ! ちょっとこっち来いよ」
廊下の途中で早川に声をかけられた。
早川は俺たちに向かって手招きをする。何やら妙に焦っていた。
「どうしたんだ? 教科書でも忘れたのか?」
「ちげーよ! ほら、昨日の喧嘩あるだろ? なんでか知れねえけどあの時の動画が出回ってんだよ……。俺も動画撮ったけど、あれは向こうから喧嘩売ってきた証拠で撮っただけでどこにもアップロードしてねえんだ」
「ちょっと見せなさいよ」
玲香がそう言いながら早川に近づく。
「ば、ばかっ!? 女は近寄んなって!! こっからでも見えるだろ」
「はっ? 差別しないで頂戴。あんたなに恥ずかしがってんの? 小学生なの?」
「はいはい、喧嘩しない。俺がスマホ持つから大人しく動画観ようね」
早川のスマホに映し出されていたのは昨日の喧嘩の光景であった。
しかも綺麗に編集されていた。愛梨ちゃんとのいざこざとかは綺麗さっぱりカットされている。字幕とコメントまで付いていた。
「ねえ、このコメントってなによ」
「これはアンダーグラウンドファイトのサイトの動画なんだよ。PIKOPIKO動画みたいに視聴者が好きなコメントを書けるんだ。……やべえぞ、俊樹、お前学校で有名人になっちゃってるんだよ!?」
コメントには『平塚ざまぁww』『マジ素人に負けてんじゃん』『ばか、こいつ素人じゃねえぞ』『新星キタ?』『手打ちパンチ乙』『学校で喧嘩って……底辺校だな』『相手の動きキモくない?』『これは実戦システマでござる』『おっ、将軍おつかれっす!』『将軍キターー!』『解説よろ』
「ほ、本人の許可とってないよ……。うーん、考えても仕方ない。とりあえず過去の事は忘れるよ」
「おい、昨日の事だろ!? ったく、俊樹が気にしねえならいいけどよ。面倒な事にならなきゃいけどな……、じゃあ、俺は教室に戻るぜ」
早川はそう言って自分の教室へと入って行った。こころなしか嬉しそうな顔をしていた。
あいつが何を考えているかわからないけど、嬉しそうで良かった。
俺たちも自分たちの教室へと向かうことにした。
席に着くと視線が突き刺さる。色んな視線がごちゃまぜでなんとも言えない空気感であった。
そんな空気でも俺と玲香は気にせず会話をする。
「ねえ、俊樹さ、今週末空いてる? あ、あのさ、私親父から映画のチケットもらってさ……、い、一緒に行かない?」
「映画なんて久しぶりだな。もちろん一緒に行くぞ! あっ、早川とか中島さんも呼んだ方がいいのかな?」
玲香が小さくため息を吐いた。
「はぁ……、まあ仕方ないわね。……十年だもんね」
「玲香? な、なにか駄目な事言ったかな? ご、ごめんね」
「ん、いいのよ。これは私の心の問題よ。そうね、みんなで遊んだ方が楽しいもんね! あとで誘ってみよう。……はぁ……私は十五年間なのよ…………」
十五年間? 俺と出会って年月の事言ってるのか? そうか、もうそんなに経つんだ。
子供の頃は男の子と間違えちゃって怒られたり、外で一杯遊んだな。懐かしい。
やっぱり玲香と一緒にいると一番落ち着く。
……愛梨ちゃんとの思い出は俺の中でもう残っていない。もう二度と関わらない。
それにしても、玲香は子供の頃に比べて大きくなったな。身長もそうだけど、女の子っぽくなった。それに、いまさらだけど凄く可愛らしい女の子だ。そんな事を考えていたら少し恥ずかしくなってしまった。
「あんた何見てんのよ? ちょ、恥ずかしいでしょ」
「わ、わるい。れ、玲香が子供の頃に比べて大っきくなったな……って」
「はっ? 太ってるっていいたいの! 贅肉なんてないんだから! ほら、あんたなら触っていいから」
「れ、玲香、恥ずかしいからやめろって!! 太ったなんて思っていないぞ! ほら、先生来たぞ!!」
そんなやり取りが、先生が教室に来て注意されるまで続いた……。
***************
「おい、早くジュース買ってこいよ。使えねえ男だな」
「俺さ、格闘技習い始めたからパンチが超強くなったぜ。早川〜、お前で試してもいいか」
「顔殴んなよ。腹狙えよ。でさ、今度の合コンだけど――」
俺、
というよりもクソみたいな生徒が嫌いだ。男も女も関係ない。このクラスの奴らは大嫌いだ。
俺の家は貧乏だ。親父は昔はパチンカスでアル中のクズだった、今はちゃんと働いている。すげー死ぬ物狂いで働いている。お袋が倒れたからだ。俺は空いている時間にバイトをしている。そうしないとお袋の入院費が足りないからだ。妹の学費が足りないからだ。
親父はクズだった自分を後悔している。パチンコ代を全て貯金していれば家計はもっと楽になっていたって。だけど、過ぎた事はしゃーない。親父が変わっただけで嬉しかった。
貧乏だけど、苦しいけど、俺が頑張ればいいだけの話だ。
妹には金の心配をさせたくない。好きな洋服を着せてあげたい。普通の学校生活を送って欲しい。
学校をやめて働くって言っても親父は『絶対に高校は卒業しろ。そうしないと俺みたいに後悔するぞ』と言うだけだ。
……親父の気持ちはすごく伝わってくる。だから、俺は学校をちゃんと卒業して就職をするつもりだ。
だから、こんないじめなんて屁でもない。
くそみたいなガキに殴られても痛くない。お袋が倒れたときの心の痛みの方が辛かったんだから。
「おい、こいつ金持ってねえぞ。くそっ、マジで使えねえな」
「あー、マジむかつくわ。お前コンビニで万引きしてこいよ」
「こいつマジ震えてんよ」
学校なんてこんなもんだ。俺がいたぶられているのに誰も見向きもしない。
これが日常だ。誰も助けてくれない。……いや、他人にすがるのは間違っている。
自分が弱いって知っている。どんなに鍛えても強くなれない。
こいつらの言うことを聞かないだけの意地しかない。
俺が我慢すればコイツラが飽きて辞める。そしたら俺の勝ちだ。
コイツラはどうでもいい。肉体的な痛みはいくらでも耐えられる。
何も出来ない自分にムカつくから身体が震える。
「……なんだ、久しぶりに学校に来てみたらつまんねえことしてんな。なあ、俺と遊ぼうぜ」
その日のいじめは唐突に終わりを告げた。うちのクラスの不登校であった『
自分勝手で暴力的で何を考えているかわからないサイコパス平野。いやソシオパスかも知れねえ。
平野は俺をいじめていた生徒に腹パンをする。それだけでいじめていた生徒がうずくまる。
「あれ〜、じゃれてるだけだろ? まだ遊ぼうぜ。……ん、なんだてめえ、お前も遊ぶか?」
俺の腹に蹴りが突き刺さった。朝飯なんて食ってねえから何も吐く物がねえ。
俺はただ痛みに耐えた。
「おっはよーー! 愛梨に捕まって遅れちゃった。さゆりーっ、元気ーー。あっ!!! 平野君だ!! 平野君、平野君!! 一ヶ月ぶりだね〜」
「うぜえよ、来るんじゃねえよ」
「はいっ、えへへ!!」
サイコパスな平野だけど、その悪い雰囲気と超絶イケメンっぷりと……新進気鋭の天才アウトローボクサーとしてのアンダーグラウンドファイターの顔を持つ男。クラスの大半の女子は平野の事が好きだ。いい人ぶった皮を被った全身入れ墨の不良の平塚先輩よりも平野の方が人気がある。
皮肉な事に、平野がいるとクラス全員の男子が平野のおもちゃの対象になる。陰湿ないじめはない。ただの暴力だ。俺の心が休まる時でもあった。
俺はうずくまりながら平野に近寄る女子生徒を見つめた――
真島愛梨の友達である
初めての告白に舞い上がってしまった俺。必死で考えたデートコース。教室では恥ずかしいから喋らないでね、と言われて疑問にも思わなかった。付き合っている事は秘密ね、って言われた。バイトが忙しかったから予定が合わなくて、一ヶ月に一回しか会えなかった。
お金が無かったから奢れなかったけど、なけなしの金で必死で悩んだアクセサリーをプレゼントした。自分で作った手芸やドライフラワーをプレゼントした。
――クラスのゴミ箱に俺のプレゼントが全部捨てられていた。
まる一年。俺だけが付き合っていたと思っていた。
誰にも秘密と言われたから親友の俊樹にさえ言っていなかった。
『付き合ってるわけないじゃん。どれだけ長く騙せるか試してみたんだ。ごめんね、早川の事好きでもなんでもないよ、えへへ』
クラスメイト全員は俺が騙されているって知っていた。俺と付き合っているのに平野にすり寄るのがおかしいと思っていたけど、心のどこかで見ないフリをしていた。
教室は爆笑の渦に包まれた。
どんな暴力よりも俺の心を破壊し尽くした。
可愛い女の子が怖かった。学校の女の子に近寄りたくなかった。それでも、俊樹がいればそれでいいと思った。
俺はうずくまりながら今日のバイトの賃金の事を考えていた―――
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