ホテルでは


「俊樹ーー!! これなら全然怖くないわよ!! 凄く楽しいーよー!!」

「あははっ、玲香ちゃん子供みたい! でも私も楽しー!」


 あの後、俺たちは玲香の希望であるメリーゴーランドへと向かった。

 ……色々疲れたから俺はメリーゴーランドには乗らずに外から写真を撮る事にした。


 玲香はおっかなびっくり馬にまたがり、子供みたいに目を輝かせている。

 そう言えば、俺は結局二人の質問に答えていない……。流石に答えに困っている俺を見て二人は威圧を消して優しい雰囲気に戻った。


 愛梨ちゃんと玲香は隣同士で馬にまたがる。メリーゴーランドには沢山の子供たちが楽しんでいた。


 俺は写真を撮りながら時折二人に手を振る。


 とても穏やかな時間である。少し前は愛梨ちゃんとは決別したと思っていた。俺の考えが浅かった事を思い知らされた。

 楽しそうにしている二人を見ると、俺は二人の幼馴染で本当に良かったと思える。


 俺に笑顔を向けて大きく手を振る愛梨ちゃん。

 そっか、俺はこんな愛梨ちゃんの事がずっと好きだったんだな。

 ふと立花先生の言葉を思い出す。


 ――真島愛梨は俺を苦しめるためだけに存在している。


 俺は頭を軽く振り払いそれを思い出さないようにする。

 今の愛梨ちゃんなら何があっても大丈夫だ。それに玲香もそばにいるんだ。


 だから、こんな日常がずっと続けばいいと思った――







 その後、早川たちと合流し、俺たちはみんなで昼食を取り再び園内を周った。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。


 夕方になると俺たちは予約していたサマーソルト直営のホテルへと移動する。

 流石に男女で部屋を分けたけど、普段とは違う日常に胸を高鳴らせていた。


「なあ俊樹、この後は飯食って温泉だろ? ちょっとゆっくりしようぜ! ……ていうかさ、俊樹ってどっちの事が好きなんだ?」


 部屋に着いた俺と早川は荷物を置いてお茶を一服していた。

 思わずお茶を吹き出しそうになってしまった。


「な、なに言ってんだよ!? 俺は、別に……」


「真島さんも随分としおらしくなってさ、前は大好きだったんだろ? ははっ、今は誰もいねえから恋バナくらいしてもいいだろ。てか、俺たちそんな話するの初めてだな!」


「た、たしかに……、早川と恋バナなんてするとは思わなかったよ」


「なっ! まあ、俺も金の心配が少なくなって精神的に余裕ができたからな。今まではそんな事考えてる暇無かったしな」


 早川は動画の収益を全て生活費と親御さんの入院費に当てているみたいだ。それでも前よりも自分に使えるお金があるらしい。高校生としては莫大な収入を得ているけど、早川の金銭感覚は変わっていない。


 早川は茶請けをバリバリと食べながらソファーに倒れ込む。


「はぁ〜、俺は恋愛ってよくわかんねえよ。……わかってんだよ、中島の気持ちも川野の気持ちもさ」


「え? は、早川?」


 俺は早川がただの鈍感な男だと思っていた。

 中島さんの好意にまったく気がついてないと思っていた。


「中島とはバイトが一緒でさ。しょっちゅうミスするあいつのフォローをしてたんだよ。……その頃から随分と積極的に話しかけられたんだけど、俺は自分が恋愛と無関係の人間だと思っていたからな」


 寝転がっている早川の顔が随分と大人びた雰囲気に見えた。

 俺は早川にストレートに聞いてみた。


「早川は中島さんの事はどう思っているの?」


「…………好きだ。だけど違えんだよ。なんつーか、妹に感じている気持ちに近いっつーか。……本当に好きになるっていう感情を知っちまったからな」


「早川、もしかして好きな人がいるの? も、もしかして平野君?」


「ば、ばかやろう!? なんでそこで平野が出てくんだよ!? ったく、相変わらずボケボケだな。喧嘩強くてもダメダメなところは変わんねえよな。――ったく、俺の話はいいからお前はどっちが好きなんだよ」


「お、俺は……」


 心の中ではっきりと言える。玲香が好きだ。だけど、何故かこの場で口に出すことができなかった。

 その時、俺のスマホがブルブルと震えた。


「あっ、玲香からだ。えっと、ご飯食べる前にお風呂入りたいんだって」


「……そっか、じゃあ用意して行こうぜ!! お前の大好きな坂下も真島も待ってんぞ!」


「ば、ばかっ!! そ、そんなんじゃないって!!」


「ぐほっ!? てめえ恥ずかしいからっていきなり腹叩くんじゃねえっての!? 小学生かよ!?」


 俺は早川が一瞬だけ悲しそうな顔をしたのがわかった。それが何を意味するかわからなかった。





 *************





 小学生かよ……。

 俺、早川理央から見た澤田俊樹の印象だ。

 あいつは真島とずっと一緒に過ごしていた。傍から見たら付き合っているも同然であった。

 真島に彼氏がよくできるのは知っていた。

 周りの人間からしたら、どうせ俊樹のところに戻るって思っていた。


 真島は俊樹に依存していた。俊樹も真島に依存していた。そんな風に見えた。

 それが、平塚先輩の事件によって変わってしまった。


 俺にとって俊樹が目を覚まして視野を広げてくれた事が嬉しい。

 前よりも人間味が増して魅力的なヤツになっていった。


 ……俊樹のために転校してきた坂下玲香。


 俺は出会った瞬間、一目惚れして……失恋した。俊樹の事が大好きだって顔に思いっきり出てるじゃねえか。

 それまでは恋って感覚がわからかった。川野と仮初の恋人同士であったけど、恋に恋をしていたって感じだ。好きだけど恋ではない。


 坂下に出会って初めて恋というものがわかった。それと同時に坂下が恋をしていることも一瞬で理解した。


 多分、俊樹と坂下はすぐに付き合うんだろなって思った。

 なのに二人の関係は遅々として進まない。

 そこに真島がいるからだろう。ったく、あいつら全員小学生レベルの恋愛じゃねえかよ。


 心の片隅で俊樹が真島と付き合えばいいのに、と思う自分にヘドが出る。

 坂下が絶対俺の事を好きになるわけないとわかっているのに。


 俊樹や真島の過去に何があったか詳しく知らないし、知る必要もないと思っている。

 そんな事関係なくアイツラは俺の友達だ。


「早川? 準備できた? 早くしないと遅れるよ」

「おうっ、もうちょい荷物整理してから行くから先に行ってろよ! ロビーに行きゃいいんだろ?」

「了解、また後でね」


 俊樹の背中を見送りながら俺はため息を吐く。

 くそ、もっとシャキッしろよ。坂下の事が好きなんだろ? 早く告白して俺を諦めさせてくれ。


 でもな、俺は俊樹が大好きなんだよ。出会った頃は変なヤツだと思ったけど、こいつは真っ直ぐで純真なヤツだ。世界が敵になっても坂下と真島を守るんだろうな。

 喧嘩が強えなんて関係ねえ。ウジウジしてて気弱で見てて危なっかしくて、自分よりも友達を優先する優しいヤツで……。

 ――だから幸せになって欲しいんだよ。


 その時、ノックの音が聞こえてきた。

 自分が泣いてないか確認して、扉を開ける。


「せ、先輩? お、遅いから迎えに来ちゃった。……め、迷惑だった?」


 中島が所在なく立っていた。


「んっ、大丈夫だ。俺も準備してすぐ行くぜ!! ちょっと待ってろよ」


 俺はあまり顔を見られたくないから中島に背を向けて荷物の準備をしているフリをする。

 ふと、背中に温かい感触を感じた――


 中島が後ろから俺を抱きしめていた……。


「お、おい……」


 突然の事で俺の心臓が破裂しそうであった。な、何してんだこいつ!?

 女性に身体を触れたのなんて妹と手を繋いで遊びに行った時しかねえよ……。


「早川先輩……、初めて会った時はすっごくムカつく人だと思ってた。意地悪ばっかり言うし、下品だし、適当だし……、バイト掛け持ちしてて、ずっと働いてて、嫌な仕事も淡々とこなして、お母さんの件で大変なのにいつも笑顔でいてて、妹さんにも優しくて……、私は、私は、そんなあなたに……」


 中島の抱きしめている手が震えている。


「……先輩、もっと素直になっていいんですよ? ……玲香さんの事、好き、でしょ?」


 違うと言いたかった。好きになっちゃいけない人を好きになったんだ。俺の心の中で押し殺せばいいと思っていた。押し殺した感情が中島に指摘されて溢れ出てきそうであった。


「中島……」


「今だけはこうしてください、振り向かないでくださいね? 私もひどい顔してるから」


「……なんだって敬語なんだよ、くそ。なんだってそんなに優しいんだよ。……惚れちまったらどうすんだよ


 誰のせいで心臓がドキドキしてるかわかんらねえ。中島に坂下の事を指摘されたからか?

 それとも中島が妙に可愛く感じるからか? 

 ……くそっ。


「……私、ずっと待ってます。いつまでも先輩の事を……。だから――」


 中島は俺の顔を無理やり横に向けた。そして、俺の顔に近づく――

 口づけをされた。頭が混乱して何が起きたか理解できない。


 中島は俺からゆっくりと離れて泣いているような笑顔で俺を見つめる。


「これは前借りです……。先輩を絶対いつか好きにさせてみせるからね」


 その言葉には強い意志を込められていた――





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