恋バナ
サウナの熱気が俺の身体を包み込む。
初めての経験だけど、非常に心地よい熱を感じる。
「俊樹氏、この広背筋を見てくれ。この男に負けないようにヒッティングマッスルを鍛え上げたんだ」
「うぜえな……。筋肉よりも瞬発力とタイミングがパンチの威力を決めるんじゃねか? クソ暑ちな」
俺は何故か平塚先輩と平野君に挟まれてサウナにいる。
早川が体調不良で部屋で休むことになった。中島さんが看病しているみたいだ。
……最後に見た早川の悲しそうな顔が心に刻まれている。
俺はポンコツだ。それを自覚している。
愛梨ちゃんとだけ過ごして、他の人と関わらずに過ごしていた。唯一友達になれたのが早川であった。だから人の気持ちがわからない。あの時早川が何を思ったか想像できない。
「俊樹氏? 無視は悲しいでござる……」
「あちいから少しは黙ってろや筋肉だるま」
「…………ねえ早川に好きな人っているの?」
饒舌な二人が押し黙る。
知っているけど言えない。そんな空気を感じた。
サウナの蒸気の音だけが聞こえてくる。
流石に暑さの限界が来たのか、俺たちは示し合わせたようにサウナ室を出る。
軽く身体を流して水風呂へと入るのであった。
「ふぅ……さっぱりするぜ。おい、澤田。てめえはもっと自分に自信を持ちやがれ。てめえは俺が認めた早川のダチだろ?」
「そうですぞ。クズな俺の目を覚ましてくれたのは俊樹氏だ」
火照った身体に水との間に膜を作るような不思議な感覚に覆われる。これが水風呂か……。
「って聞いてんのかよ!? くそっ、マジでてめえは……」
「俊樹氏は天然なところがあるからな。ふむ、どうやら俊樹氏は恋に悩んでいるようだ。ここは男女問わず百戦錬磨の俺が悩みを聞いてもいいでござるよ」
「てか、てめえはその口調をもう隠す気ねえのかよ!?」
水風呂から上がり備え付けの椅子でクールダウンをする。
冷えた身体が内側からほんわりと熱気が体中に伝わる。血液が急速に流れている気がする。
じんわりする感覚が気持ちいいな。
「平塚先輩って愛梨ちゃんの事まだ好きなの?」
「……あ〜〜、そ、それは……、正直、どんなにひどい……いや、癖がある女子でも、俺の初恋の人であるからな。今は好きじゃないと言ったら嘘になる。好きになるってそんなものだろう」
平塚先輩は意外にもまともに答えてくれた。……今でも愛梨ちゃんの事が心に残っているんだ。
「そっか、平野君は好きな人っているの?」
「俺の場合は特殊だな」
「え? や、やっぱり早川の事が……?」
「バカ違えよ!? 俺は女子が好きだってんだよ!! お前だって知ってんだろ? 俺が坂下に一目惚れしたってことをさ」
「あっ……わ、忘れてた」
平野君はため息を吐きながらも言葉を続ける。
「はぁ……ていうか、俺はお前にボコられた後、告ったよ。って知らねえか。おいっ……ちょっと待てや!? んだってパンプアップしてんだよ!! 傷跡が浮かび上がってんぞ!!」
別に怒ったわけじゃない。衝撃を受けただけだ。
玲香が誰かに告白される。想像もしたこともなかった。よくわからない感情が腹の中でのたうち回る。
「……速攻振られたけどな。初恋は叶わねえって本当だな。――おい、平塚って!? てめえ近寄んな!? なんで頭触ってくるんだ!! 慰めてるつもりか!?」
俺はいつも玲香と一緒にいる。それでも一緒じゃない時だってある。
玲香は可愛いから告白される事もあるだろう。頭の冷静な部分ではそう考えられる。
振られたという安心感とともに、奇妙な罪悪感が心に残った。
「ったく、そんな顔してんじゃねえよ。てめえは俺とボクシングで勝負して勝ったんだからもっと胸張れや」
「む、そう言えば俊樹氏もアンダーグラウンドファイターになったのか? 選手名簿に俊樹氏の名前があったような気が」
「えっ? 俺知らないよ。喧嘩買ったただけだし」
「……お前、その度胸を恋愛でも使えよ。ったく、俺も名簿で見たぜ。四つ星ファイターで登録してあったぞ。まっ、どうせ立花の野郎の嫌がらせだろ? 後でスマホで確認してみろや」
「俊樹氏、そろそろ上がろう。俺はこの後、『ショーグンチャンネル』で恋バナトークでもする。気が向いたら観てほしい。平野もゲストとして出演する」
「はっ? 知らねえよ!?」
「う、うん、気が向いたらね」
こうして俺たち三人は温泉を出るのであった。
「ああーーっ!! もしかしてアングラの平野さんと平塚さんですか!?!? ちょーすごい!! 大ファンなんです!!」
温泉を出たけど玲香たちとの待ち合わせ時間まで少し間があった。
俺たち三人は温泉のラウンジで話し込んでいたら知らない女性に話しかけられた。
平塚先輩と平野君は慣れているのか適当に相槌を打ちながらやり過ごす。
「あれれ? この子って……、あっーー!! 澤田俊樹さんなのさ! 動画で特集になってたのさ。やっば、握手してもらえませんか! 超イケメンなの……」
女子大生くらいに見える女性は俺にぐいぐいと近づいてきた。
俺は女性に免疫がない。愛梨ちゃんと玲香だけが俺の知っている女子であった。
俺は陰キャだと思っていた。学校では殆どの生徒が俺に喋りかけない。俺からもわざわざ話そうとしない。
「え、誰々? あの子たち超イケメン揃いじゃない? 三人で遊んでるのかな?」
「超強いっての。私、動画全部みたもん!」
「高校生っぽくて可愛いー」
「うちらも声かけようよ! 一緒に写真取ってくれるかな?」
「インスタンのストーリーにあげちゃう?」
「あれれ? リー君の後輩君?」
「ちょっとあんたあの子たちの知り合い!? ていうかリー君ってカッコいいの?」
「もみあげ長いけど優しい人よ」
初めの女性をきっかけに、友達らしき女性たちが集まってきた。
学校でも感じるけど、女性が大勢集まると特殊な圧力が生まれる。非常に居心地が悪い。
俺が求めているのはこういうものではない。
大切な人と穏やかな日常を過ごしたいだけだ。
人によっては羨む状況かもしれないけど、今の俺には必要ない。
俺は有名人でも芸能人でもなんでもない。
普通の学生の澤田俊樹だ。人より少し強いのは健康のために運動しただけだ……。ん? 俺はなんで身体を鍛えていたんだ?
疑問が頭にこびり付くように残った。
ふと、俺が何故学校で陰キャというポジションにいるか理解した。
大切な友達以外どうでもいいと思っていたんだ。
ラウンジの入り口で浴衣姿の玲香と愛梨ちゃんが見えた。
「平塚先輩、あとはお願いします。俺、あんまり女性に興味ないみたいです……」
「――っ!? そ、それは……、よし、俺に任せろ!!」
女性たちの間をすり抜けて二人の元へと向かう。
二人が俺に気がついて手を振ってくれる。俺の顔は自然と笑顔になる。
「俊樹、おまたせ! なんかすごい人だかりだね? あれって平野君と平塚先輩?」
「うん、早川が心配で付いてきたみたいだよ」
「……平塚先輩……、そういえば私謝ってなかったかも。……トシ君、ちょっと先輩と話してもいいかな?」
愛梨ちゃんは上目遣いで俺を見つめる。……愛梨ちゃんはもう昔の愛梨ちゃんじゃない。もう大丈夫だ。
俺は愛梨ちゃんの背中を押してあげた。
「うん、ちゃんと話してきなよ。あとでご飯一緒に食べようね」
「うん! またね!!」
俺と玲香は愛梨ちゃんの背中を見送る。
玲香は少しもじもじしながら俺に寄り添う。
「え、えっと、と、俊樹、わ、私達は展望室へ行ってみない? 夜景が何もなくて綺麗らしいよ」
「ああ、玲香、一緒に行こう」
俺は自然に玲香の手を握る。恋愛の事はよくわからない事が多すぎるけど、一つわかる事がある。
俺にとって玲香は大切な人だ。
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