どっち?
この遊園地のお化け屋敷は乗り物の乗ってアトラクションを楽しむタイプである。
比較的空いているため俺たちはそんなに待たずに乗ることができた。
俺の両隣には玲香と愛梨ちゃんが座っている。
玲香は暗いところが怖いのか先程よりも強く俺の腕を掴んでいる。
「わ、私お化け屋敷って初めてなのよ。……べ、別に怖いわけじゃないからね」
「ここのお化け屋敷は子供でも楽しめる作りだから安心してね」
「べ、別に怖いって言ってないわ!」
明らかに怖がっている玲香を安心させるために俺は玲香に手を重ねる。
玲香は小さく『あっ……』と呟く。
少しは震えが止まったみたいだ。良かった。
「ねえねえ玲香ちゃん、あそこ見て! ゾンビさんがいるよ!! あははっ、なんか黒いモヤも見えるね!」
「え、ええっ!? ど、どこ!? ゾンビなんて見えないわよ!」
「んとね、あっ、壁に赤黒いシミもあるよ!!」
「ひゃっ!?」
愛梨ちゃんはどうやらお化け屋敷が得意らしい。そういえば体験型のお化け屋敷を一人でクリアした事があったな。あの時に付き合っていた彼氏は愛梨ちゃんを置いて途中で脱落していたような……。
……愛梨ちゃんの歴代彼氏たち。昔は自分の中の嫉妬が抑えられなかったけど、愛梨ちゃんの事が少し分かった今では、自分がどうにかもっと支えてあげられれば良かったと少し後悔している。
愛梨ちゃんにとって彼氏というものは世間一般と違う。
愛情に飢えていた愛梨ちゃんにとって精神を安定させるために必要だったんだ。
「ちょ、ちょ、ちょ、超怖いって!! と、俊樹、あれぶん殴っていい!!」
「駄目だよ玲香!! あっ、立ち上がったら危ないよ!」
「ひえ!?
立ち上がった玲香の身体を押さえる。……普段から一緒に組手をして身体は触れ合っているけど、今日はなんだか恥ずかしい。
俺はドキドキしながら腰の手を回す。怖がっている玲香を抱きしめるようになだめるのであった。
「えへへっ、私も玲香ちゃんの事慰めるね」
余裕の愛梨ちゃんも玲香に抱きついてきた……。
「ふわわわぁぁぁぁーーーー!!!! お、落ちるよーー!!!」
「あははっ!!! わーーーいっ!! 楽しーーー!!!」
「玲香っ!!! 動いたら逆に危ないって!!! 坂下親父さんのジャイアントスイングの方が怖いでしょーー!!!」
玲香にとってジェットコースターも初めての経験であった。
玲香は子供の頃から坂下親父さんの仕事の手伝いで海外を転々をしていた。
同学年がしているような遊びをほとんどしたことがなかったんだ。
俺と映画に行った時もワクワクとドキドキで凄く緊張していたらしい。
そんな玲香が凄く可愛く思えた。
玲香はベンチでぐったりしている。愛梨ちゃんが横に座って手で仰いで風を送っている。
「ふわ……、遊園地って結構激しいんだね。Gには慣れているはずなのに……」
「玲香、大丈夫? 次はあんまり激しくない乗り物にしようか?」
「うん、私あれ乗りたい」
ベンチに座っている玲香はメリーゴーランドを指さした。
あれならそんなに激しくない。
「じゃあ次はあれにしよう」
「トシ君、もう少し休んでからにしようよ。私も少し疲れちゃったもん」
「そうだな、じゃあ俺飲み物でも買ってくるよ」
俺はそう言って近くにある売店まで行くことにした。
二人は仲良く寄り添って手を振って見送ってくれた。
「――えっと、売店は地図だと……、あそこか」
ベンチから売店までは意外と距離があった。地図は頭の中に叩き込んである。生活する上で基本的な事だ。
歩きながら俺はスマホを確認する。中島さんからメッセージが入っていた。
昼ごはんの待ち合わせ場所と時間の連絡だ。それと、とても楽しく過ごしている事が書いてあった。
「良かった。お似合いの二人だもんな。……しかし早川は本当に鈍感なんだから、まったく」
早川は自分が有名人になっても変わらなかった。街中で女性に声をかけられても、いくら褒められようとも、絶対勘違いをしないようにしているらしい。
本人曰く、自分がモテるはずがない。
男の俺から見ても早川はとてもかっこよくなったのにな。
まあ、いつも隣にいる平野君と平塚先輩がイケメンすぎるっていうのもあるしね。
俺は中島さんに了承の返事をして売店へと急ぐ。
こじんまりした売店には玲香が好きなレモネードと愛梨ちゃんが好きなコーラが置いてある。俺はお茶にしよう。
「すみませーん、注文いいですか……」
「はい、いらっしゃいませ!! ご注文ですか? ……むむ、さ、澤田ではないか!?」
何故か売店の店員さんがリー先輩であった……。
なんでここにいるかわからないけど、非常に気まずい。俺はリー先輩の腹をぶん殴って気絶させちゃったんだ。しかも喧嘩買ってやる的な啖呵を吐いたような気が……。
タンクトップにエプロン姿のリー先輩も非常に気まずい顔をしていた。ん? 頬がほんのり桜色になっている?
「あの」「澤田」
お互いの言葉が被ってしまって気まずさが倍増した気分だ……。ここにリー先輩がいるのは気にしないようにして早く注文しよう――
「ちょっと、リー君何してんのよ! お客様が困ってるじゃないの? さっきみたいに喧嘩売っちゃ駄目だからね!! もう」
お見合いしている俺たちに女性店員さんが口を挟んできた。見た目は女子大生くらいかな?
とても可愛らしくてほんわかした人だ。
「い、一色さん、こ、これは……、学校の後輩がたまたま来て……。ごほんっ、澤田、何が飲みたい? 俺が何でも奢ってやろう!! さあ生徒会長である俺に全部任せろ!!」
「え、ええ……、じゃあ、レモネードと――」
リー先輩は一色さんと呼ばれた女性店員さんをチラチラ見てなんとも至福な顔をしていた。
並々ならぬ好意を感じる……。
一色さんが手早くドリンクを作って持ってきてくれた。
「はい、後輩くん! リー君は学校でちゃんとやってる? この子ったらカンフーばっかで友達も作ろうとしないから心配なのよ……。本当はとっても良い子だから後輩くんも仲良くしてあげてね!」
すみません……、お腹ぶん殴っちゃいました……。
「はい、ちょっと自分勝手ですけど、親切な先輩ですよ。リー先輩、バイト頑張ってくださいね」
ご機嫌なリー先輩は俺にウィンクをする。
「澤田、流石我が友よ。お前が放ったワンインパンチは俺が求めていた理想であった。……さてはブルース・リィー師匠の映画を見ていたな? 俺が師匠と出会ったのは小学校の頃であった。貧弱で虐められていた俺はあの映画を見て衝撃を受け、独学で――――」
リー先輩は一色さんに頭をパコンと軽く叩かれる。
「この子話長いからね。友達待ってるんでしょ? 早く行きなさい」
俺は一色さんに頭を下げて売店から離れることにした……。
飲み物を持ちながらベンチへと向かう。
まさかリー先輩がここにいるなんて……。アルバイトかな? でもファイターとして上位にいるからお金に困ってないはず。しかもこんな遠いところで働いているなんて……。
うん、リー先輩のことは気にしないようにしよう。
俺も別にリー先輩に喧嘩を売ったわけじゃない。俺はアンダーグラウンドファイトからの喧嘩を買ったんだ。今日はそんな事を忘れて大事な友だちとこの非日常を楽しみたい。
ベンチが見えてきた。
よし、二人共どこにも行かずに大人しく待っててくれた。変な人に絡まれてないか心配だったんだ。二人共可愛いからね。
それに、この遊園地は意外とナンパをしている男の人を見かける。
「おーい、飲み物買ってきたよ!! レモネードとコーラだよ……、ね、ねえ、二人とも……」
二人はすごい剣幕で言い合いをしていた……。
え、な、なんで? さっきまで凄く楽しそうに話していたのに!?
「だから、私の方が俊樹との幼馴染歴が長いの!! 俊樹は絶対このグミが好きだからね!!」
「あははっ、玲香ちゃんそれは違うよ。トシ君は大人になってアーモンドチョコが好きだもん。ふふ、今日はおやつに沢山持ってきたもんね」
ああ、なんだ……。他愛もない言い合いだった。愛梨ちゃんが何かとんでもない事を言ったかと思ってドキドキしちゃったよ。
「うぅ……、それに俊樹は私と一緒にお風呂入ってたわよ!」
「トシ君は私の着替え手伝ってくれたもん!」
「それは私にもしてくれた!」
「じゃあじゃあっ……」
うん、早く止めよう……。これ以上は危険だ。やっぱりとんでもない事になりそうだ。
「はい、ジュースだよ。二人とも落ち着いてよ。俺はグミもチョコもどっちも好きだよ」
玲香と愛梨ちゃんは俺に気がついてジュースを受け取る。
「あっ、ご、ごめん……。つ、つい愛梨ちゃんと俊樹クイズになっちゃって……」
「うん、楽しかったよ! えへへ、でもわからなかった事があって……。トシ君はおっぱいがおっきい方がいいの? それともちっちゃい方が好きなの?」
「…………ッ」
玲香? なんで止めないの? 俺の答えを待ってるのか!?
二人は俺が喋るのを待っていた。小ぶりで形の良い玲香と大きな胸を持つ愛梨ちゃん……。
俺が答えに困っていると騒々しい足音が聞こえてきた。
「おうおう、可愛い子二人も連れてずりいじゃん。なあ、こんなひょろっちいヤツ置いて俺たちと遊ぼうぜ」
チャラい男二人組が俺たちの前に現れた。
よし、質問を有耶無耶にして二人を連れて逃げよう。
そう思った瞬間――
玲香の肩を触ろうとしたヒゲ男が、玲香から肘打ちからの裏拳を食らって崩れ落ちる。
ゴミを蹴るようにヒゲ男の腹を蹴った……。
愛梨ちゃんの胸に触ろうとしたチャラ男が、愛梨ちゃんの合気道みたいな投げ技によって宙に舞う。愛梨ちゃんは地面に倒れた男を靴裏で踏みつけた……。愛梨ちゃん? もしかして強いの?
「ねえ、俊樹、どっちなの?」
「トシ君? 正直に答えてほしいな」
二人は俺にプレッシャーをかけながら近づいてきた……。
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