遊園地
都心から電車で一時間。凄く便利な立地にあるサマーソルトアイランドは大人気のテーマパークである。確か外国人の英雄をモチーフにした遊園地だ。銅像が園内のど真ん中に鎮座している。流石に最大手のディスティニーランドのムッキーの人気には負けるけど、それでも休日は混雑していた。
「うわぁぁーー!! 私、遊園地って全然来たことないのよねーー! 俊樹、写真撮ろ!!」
「ははっ、玲香走ったら危ないよ」
待ちに待った週末が訪れたんだ。
今週は色々あった……。愛梨ちゃんの件や、立花先生の件……。
立花先生は恐ろしく強かった。素手のレベルはお祖父ちゃんよりも少し劣るくらいで達人レベルと言っていいだろう。特殊な格闘技というか、実戦に近い軍隊格闘術の使い手であった。容赦なく急所を狙ってきて明らかに俺を殺しに来ていた。
胸にボールペンを入れておいて良かった。元々山田の矯正用で使おうと思っていたものだ。
どんな物でも武器になる。武器があれば俺は素手のお祖父ちゃんと互角に戦えるんだ。
喧嘩の後、山田の性格を矯正しようとした時、立花先生は意識を取り戻した。『授業に行かなければいけません。……澤田、歩きながら話します……』と言って、血だらけのまま廊下を歩いた。俺は山田を放っておいて立花先生に付き添う。
そして、俺は立花先生から愛梨ちゃんの立ち位置や生い立ちを聞いてしまった。立花先生でも把握していない事もあるみたいだけど、おおよその事は聞くことができた。
愛梨ちゃんは勘当された。帰る家がない……。それなのに愛梨ちゃんは俺たちとのんびりと昼ごはんを食べていた。俺が愛梨ちゃんの状況を問いただすと――
『――ん? トシ君心配してくれるの? えへへ、ありがとう。うん、心配しないでね。さっき新しいマンション見つけたから今日からそこに住むよ』
『え? お、お金は?』
『役員報酬で一杯もらってたし、子供の頃に沢山買った仮想通貨を売ったから一杯あるよ! お手伝いさんは監視役で何もしてくれなかったから家事も全部できるよ!』
ひとまず愛梨ちゃんは大丈夫そうで良かった。それでも、時折陰りが見える。それはそうだ。実のお父さんに捨てられたんだから……。
正直、その昼休みは愛梨ちゃんの状況確認とアンダーグラウンドファイトの内情について聞くだけで終わってしまった。愛梨ちゃんは自分の中に生まれた普通の感情を持て余しているのか、しきりにみんなと話したがっていた。
愛梨ちゃんを一人にしておくと何をしでかすかわからない。玲香の提案もあり、愛梨ちゃんも週末のサマーソルトに同行することとなった。
この状況で遊んでていいのか、って思ったけど俺たちは普通の学生だ。
沢山友達と遊んで、勉強して、心を穏やかに過ごせればいいと思った。
ちなみに昼休み後に教室に戻ると、クラスメイトたちは背筋を正して席に着いていた。
その後、俺がいじめられることは一切なかった。
というわけで、俺と玲香、愛梨ちゃん、早川と中島の五人でサマーソルトに入場したのであった。
「いやー、なんか俊樹と中島と遊ぶのって久しぶりだな!! 前はよく三人で遊んでたじゃねえか? ははっ、こいつは俊樹にベタベタしてたしな」
「ちょ、早川先輩頭触らないでよ! それにベタベタなんてしてないし!」
さっそく早川たちがイチャイチャし始めた。中島の顔はデレデレである。最近は川野ヒカリが早川に何度も匂わせ発言をしていた。鈍感な早川はそれに気が付かない。川野ヒカリの登場と、平野と早川の距離感の近さに焦った中島は前よりも積極的に早川と接している。
今だって早川の服を掴んで離さない。
「んだよ、お前歩きづらいっての」
「べ、別にいいでしょ! ひ、平野君といつも抱き合ってるじゃん!」
「バカっ! あれはスパーリングだっての!?」
「ふーん、じゃ、じゃあ今日は私がかまってあげるから感謝してよね! あ、ねえ見て! カピパラさんのキグルミだよ!!」
「おう、なんだあれ? 超ブサイクじゃね……」
二人は俺たちに気にせず歩いて行ってしまった……。ちなみにさっきから気配を感じている。アンダーグラウンドファイト内部でゴタゴタがあって、平野君たちの試合が一週間延期されたのだ。今日も誘ったけれど『ああ、俺たちは別の用事があるからお前らで楽しめ』と言っていた。
……ゴリラの置物の影に誰か隠れている。俺と玲香は気が付かないふりをしているけど、明らかに変装している平野君と平塚先輩であった。
楽しそうだから気にしないようにしよう……。まあ、何かあったら心強いしね。
「おーーい、早川!! 昼ごはんは一緒に食べよう! それまでは二人で楽しんできなーー!!」
俺は早川に手を振って見送った。中島さんは真っ赤な顔をしながら頷いていた。早川はハテナ顔だったけど気にしないでおこう。なんだかいい感じの雰囲気だ。よし、俺たちもサマーソルトを楽しもう。
そう思って俺は玲香と愛梨ちゃんに向かい合った――
「愛梨ちゃんどこから回りたい?」
「んとね、私は動物園でカバさんを見たいの。でも玲香ちゃんの見たいところからでいいよ」
「じゃあ俊樹に決めてもらおうか?」
「うん!! トシ君はどこ行きたい?」
なんだか感慨深いものがあった。あの愛梨ちゃんが普通に人と接している。
本当に毒気がなくなった。その可愛らしさはまだまだ男子生徒を惑わすらしいけど、ことごとくお断りをしているようだ。とんでもない進歩であった。
それに今日の玲香は凄く可愛い。前のデートで買った服を着ている。
玲香は今日のサマーソルトを本当に楽しみにしていた。本に折り目が付くまで読み込んでいる。
俺は玲香が行きたがっていたところから周ることにした。
「じゃあ遊園地ゾーンに行こうか。初めは空いているお化け屋敷からにしようか」
そう言うと、玲香が俺の腕をさり気なく掴んでくる。俺の心臓がバクバクしているのがわかる。
「きょ、今日は、こ、子供の頃みたいに戻っていいでしょ? な、なら迷子にならないように掴まなきゃね……」
「あ、ああ、べ、別に構わないよ」
俺たちはカチコチになりながら遊園地ゾーンへと目指す。
愛梨ちゃんが俺たちを見て首を横に傾ける。そして、少し手を動かしたけど、その手は止まってしまった。
「えへへ、今日は誘ってくれてありがとね。トシ君には迷惑かけてばっかりだよ。いつかお礼するね」
そう言いながら手を後ろに回して俺たちの横を歩く。
玲香は愛梨ちゃんに柔らかい眼差しを向けた。
「私は俊樹と十五年間幼馴染だったけど、十年間は年に一度しか会えなかったわ。……愛梨ちゃんは十年間俊樹と幼馴染だったでしょ? ならさ――」
玲香は少し移動して、愛梨ちゃんの腕を取って俺の腕に絡ませた。
「今日は一緒に楽しもうね!!」
玲香は再びもう片方の俺の腕を掴む。鼻歌を歌って楽しそうであった。
愛梨ちゃんは俺の腕を掴みながら少し震えていた。それはしちゃいけない事を促されてどうしていいかわからない表情に見えた。
愛梨ちゃんは唇を噛み締めて小さく頷く。
「……う、ん。れいかちゃん……ありがと……」
何かを堪えているけど、それを必死に隠そうとしているのがわかった。
こうして俺たちはお化け屋敷へと向かうことにした。
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