もういやだ
――頭が痛い……。
俺、山田にとって髪は命同然であった。薄毛を気にして日頃から育毛剤でケアを怠らない。
ドライヤーは軽い温風からの冷風を当てる。ワックスを使って髪を盛るようにセットする。
そんな大事な髪を引っ張られても気が回らないほどの恐怖に襲われていた。
ただの冗談のつもりだった。澤田の喧嘩動画を見たことはある。いくら強くても気が弱いこいつは絶対に暴力を振るわないと確信していた。可愛い女子といつも一緒にいるこいつにムカついていた。
「立花先生、すいません。山田を運んで頂いて」
「いえいえ、こちらこそ生徒の異変に気が付かなくて失礼しました」
こいつらは頭がおかしい。俺が澤田に凄んだ時、こいつは俺に近づいた。
気がついたら髪を引っ張られて身体は動かなくなり、視界が真っ暗になった。
最後に見た澤田の目は……簡単に人を殺しそうな目をしていた……。
本能が俺に告げた。……絶対に逆らっちゃいけないヤツだったんだ……。
しかも俺は暗所恐怖症である。
床やら段差やらに身体をぶつけられる。突然くる痛みと暗闇で恐怖で身体の震えが止まらなかった。それなのにコイツラはさも普通の事のように会話をしていた。こいつらは気が狂っている。
ガラガラッとドアが開く音が聞こえてきた。
長かった……地獄のような時間だった。きっと保健室にたどり着いたんだろう。
引きずられている俺は開放されると思っていた。そして澤田に全力で土下座しよう。
ここならクラスメイトも誰もいない。ましてや先生もいるんだ。謝って許してもらおう。プライドなんてさっきなくなった。
……保健室に入ってもいつまで経っても俺の髪は掴まれたままであった。どういう事だ?
「澤田、ところで君はこれからどうするつもりですか? 非公式とはいえアンダーグラウンドファイターを三人も叩きのめしました。この学校のファイター管理人としては由々しき事態です」
「……俺の方こそ先生に聞きたいです。愛梨ちゃんに近づいて何がしたかったんですか?」
――おいおい!? 早く俺を開放してくれよ!! なんで話し込んでんだよ……。
「ふぅ、真島さんですか……。友達の娘なんですよ。まあ私にとって本当の娘みたいなものです。彼女があれ以上壊れないようにバランスを取っていましたが……。真島さんが絶縁された以上、私は上の命令に従うだけです」
――痛っ!? なんで力入れるんだよ!! 俺の大事な髪がちぎれるだろ……。
「愛梨ちゃんが絶縁? ……先生教えて下さい。何を知っているんですか? 愛梨ちゃんの親は誰なんですか!? ――なんで俺はお前らから恨まれているんだ!! ……ん? ちょっとまて、今、愛梨ちゃんのお父さんの友達と言ったのか?」
「ええ、そうです。愛する娘(仮)の言うことは何でも聞いてあげます」
ガタンと大きな音が鳴った。
――ひぃぃいぃ!? な、何が起こってんだよ!? お、俺は関係ないだろ!? ちょ、なんか破片が痛い――
「…………お前が玲香を攫おうとしたのか」
「……さっきも言いましたが、真島さんは私にとって娘みたいなものです。それこそ目の中に入れても痛くありません。愛していてやまないです。……君がいなければ真島さんはこれ以上傷つきません。私が全力で上を説得して真島さんが良くなる方向に持っていきます。私が用意した家で、私が買ってあげた衣装で、私の手料理で、私が一緒にお風呂に入れてあげて――。君よりも私の方が真島さんの事を愛していますから」
「……もう黙れ――」
ガツンッという音が連続で鳴り響く。
俺の髪が何度も引っ張られる――
揺れが止まると立花先生が呟いた。
「やれやれ、こう見えても私は嫉妬心が強いです。……君の存在がどんなに目障りであったか……。――さて、ここからはアンダーグラウンドファイトのイベント戦の始まりです。私と真島さんの未来のための生贄になって下さい」
――立花先生ヤバくねえか? マジでロリコンって噂本当だったんだ。……そんな事よりも俺は早く脱出を。
手のしびれが少し良くなってきた。俺は手を動かして目隠しされていたモノをずらす。
――ひえ!?!?
澤田が血を流しながら凄まじい形相で先生を睨んでいた。
周りには知らない男たちが動画を回していた。な、なんだこりゃ!?
そう思った時、俺の髪がブチブチとちぎれる音が聞こえた。痛みなんてもう感じない。恐怖で麻痺している……。
俺は床に這いつくばり、二人の化け物の間に挟まれてしまった――
……
…………
………………
この日から俺、山田は二度と誰にも暴力を振るわないと誓った。
――俺が何を見たかって? 動画じゃ伝わらない本物の化け物同士の喧嘩だ。
いや、これは喧嘩じゃねえ。
まず拳が見えないんだ。俺は格闘技が好きで良く試合を観に行っている。
だけどな、そんなレベルじゃねえ。
軍隊格闘技って知ってるか? 俺も動画でしか見たことない。立花先生と澤田の打ち合いはまるで映画を観ているようであった。
保健室を破壊し尽くした二人は広い廊下へと転がるように飛び出した。
ヒグマみたいな体格の立花先生は澤田を圧倒していると思っていた。
血だらけの澤田は絶対死ぬと思った。顔面を壁にたたきつけられたんだぜ?
立花先生は懐から警棒のような武器を取り出した。
――だけどな、澤田はそこで笑ったんだ。
意味がわからなかった。だって死にそうになってんのに笑ってんだぞ?
漫画とかで殺気って表現があるじゃねえか。あれって本当にわかるんだな。
立花先生はマジで澤田を殺そうとしていた。
澤田は懐からボールペンを取り出す……。なんの変哲もないボールペンだ。
だけどな、それを持った瞬間澤田の雰囲気が変わったのが俺でもわかったんだ。
澤田の喧嘩は見たことがあった。平塚先輩や平野と戦ったヤツだ。
あの時はマジで手加減していたんだって初めてわかった。
俺は自分が間違っていた事に気がついた。
澤田をいじめていた自分を殴りつけたかった……。ガチの化け物は澤田の方だった。
『ふう、武器を使うのはお祖父ちゃん以来だ。……立花先生、生きてますか? 頑丈だから大丈夫ですよね? 玲香を攫おうとした罪はまだ終わってませんよ? ――ん? 山田何してるの? あっ、矯正しようと思ったんだ。そっか……、先に山田の方を終わらせるか。早くしないと玲香が心配しちゃう。今日は気合いを入れてお弁当を作ったしね』
そう言いながら近づいてきた澤田。
俺は恐怖でパニックになり、自分を何度も殴りつけた。何をされるかわかったもんじゃなかった。何かされる前に俺は気を失いたかった。
鼻水も涙が止まらない。下半身は漏らしてる。身体中の穴から汗が出ていた。
『安心して。山田の後はクラスメイトも矯正するから』
神に祈った事なんて無い。だけど、俺は初めて神に必死で祈りを捧げた――
二度といじめないから……、禿げてもいいから……、どうか、俺を……。
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