イライラする
俺は愛梨ちゃんに背中を押され、俺は廊下に出た。
……愛梨ちゃん多分泣いてたな。
この休み時間に愛梨ちゃんの教室で何が起こったか俺にはわからない。知らない男子生徒が誰かに連れられて教室を出ていった。血の匂いがしたけど、教室にいた生徒たちは静かに自分の席へと座り始めていた。
愛梨ちゃんは穏やかな顔をしていた。何かを堪えているようにも見えた。あんな愛梨ちゃんの顔を見たことがない。
「あっ、俊樹、大丈夫だった?」
「玲香……、うん、なんて説明すればいいかな」
「いいわよ、俊樹。あとで昼休みにみんなで話そ」
「うん」
自分の教室に戻ると玲香が心配そうな顔で迎えてくれる。曇っている顔を玲香に見せたくなかった。どう説明していいか悩んだけど、また後で話せばいいと思った。
それでもさっきの愛梨ちゃんは少しおかしかった。なんというか、非常に人間味を感じられた。
玲香は自分の手を俺の背中に回して、心配そうに顔を覗き込む。
「本当に大丈夫? 保健室行く?」
もう授業の時間のはずだ。それなのに教室はガヤガヤとうるさかった。
玲香が俺の背中に手を回しているのをクラスメイトが子供みたいに茶化す。
そんな声は俺たちには届かない。
「先生まだ来ないのよ。あれっ、立花先生が来たよ」
玲香はそう言いながら首をかしげていた。
この時間は数学の授業だ。歴史の教師である立花先生が来るなんておかしい。
「……失礼、数学の浜辺先生は体調不良で早退されました。すみませんが、この時間は自習としてください。数学の勉強をする方はこのプリントを使ってください。他の勉強でも構いません。それでは、私は教壇にいますので質問はご自由に――」
立花先生はそう言いながら隅っこにある小さな椅子を広げて本を読み始めた。
クラスメイトは数学の授業が自習になって喜んでいる。
大人しく勉強をするものもいれば友達と喋っている生徒もいる。立花先生は騒いでも特に注意もしなかった。
俺と玲香は数学のプリントを解くことにした。
自習でも授業中だ。勉強するに越したことない。
しばらくすると、周りがくすくすと笑い始める。
俺に向かって消しゴムの破片や紙くずが投げられているからだ。
平塚先輩の件があって以来、日常的な光景だ。無視すればいいと思っていた。
だけど、胸の中がモヤモヤする。
後ろの方の席にいる山田が立ち上がった。
「せんせー、すんません。消しゴム落としちゃって。ちょっと拾います」
立花先生は一瞥するだけで無言である。山田はそれを了承と受け取る。
山田は俺のそばに近寄るといきなり腕を首に回してきた。
「愛梨ちゃんと仲直りできたからってお前の教室での立場は変わんねえよ。今朝は粋がりやがってよ。不意打ちでリー先輩を殴ったからって調子のってんじゃねえよ」
俺は玲香を手で制した。『大丈夫』と口パクで伝える。
「まっ、と言っても前よりは優しくしてやんよ。お前ボッチだから寂しいだろ? ははっ、ビビってんのか? なんとか言えって」
山田は俺の頭をバシバシと叩く。
俺は自分が受ける仕打ちを気にしなければいいと思っていた。
だけど、それが間違だったと気がついた。
だって、玲香が怒っている。俺が嫌な目にあって悲しんでいる。
愛梨ちゃんが俺のこんな姿を見たら、自分のせいだと思ってまた心が壊れてしまう。
「はぁ〜〜、友達になってやるからさ、お前今日愛梨ちゃん連れて俺たちと遊べよ。なんかあいつ一気に落ち目になっただろ? なら傷心のところを狙って俺が奪ってやるよ。どうせ誰とでも付き合う糞ビッチだろ、なあ、お前もムカついてるんだろ?」
「こいつっ!? 最低――」
「玲香……、大丈夫」
「で、でも……」
山田は続ける。
「こいつは可愛いけど気が強すぎるから駄目だ。マジでゴリラじゃねえかよ。どうせこいつも裏ではビッチなんだ……、おい、なんで立ち上がってんだ? 授業中だろ?」
考えることが沢山ある。俺は人の感情を察するのが苦手だ。愛梨ちゃんが俺の事を好きだったかなんてわからない。きっと友達としての好きだと思って今朝の発言をしたんだ。
玲香は俺に優しい。それこそ勘違いしそうになるほどだ。
……俺にとって二人は大事な幼馴染。
沸騰しそうになる頭を無理やり抑えようとする。冷静に考えたら山田はきっと頭がおかしいんだ。病気の類だと思う。こんな暴言をクラスメイトに吐くなんて狂気の沙汰だ。
「立花先生、山田を保健室へ連れて行ってもいいですか?」
立花先生がパタンッと本を閉じて俺を見つめる。
「なぜですか? どこか具合が悪いのですか?」
「はい、性格と頭と顔が悪いです」
「そうですか、それなら仕方ないですね。あっ、先生は澤田に個人的な話があるので保健室まで付き添います。よろしいですか?」
「問題ありません」
ちょうどよかった。俺も立花先生に聞きたい事があったんだ。
簡潔な問答の後、教室は湧き上がる。
教室からはひどい暴言が飛び交う。
陰キャである俺が山田をイジった、いじめをチクる卑怯者だ。また暴力を振るうんだ。犯罪者の息子だから山田も刺されちゃう、って――
別にイジったわけじゃない。本当の事を言ったまでだ。
少数だけど笑っていない生徒もいる。
きっとみんな隠して生きているんだろう。俺も隠して生きていたんだ。
自分がいじめられなければそれでいい。
山田は身体を震わせ激昂して俺の胸ぐらを掴んできた――
「て、てめえ俺の事を馬鹿にしやがったな!? ふざけんじゃねえぞ! あん? なんだその目は? お前俺を殴るのか? ここは学校だぞ、俺の親は教育委員会の職員だぞ! 俺に暴力振るうのか? てめえ格闘技やってんだろ? ほら、殴ってみろよ。先生があそこにいるんだぞ? ほらほらほら、殴れよ!」
「ちょっと静かにしてね。やっぱり病気なんだね。クラスメイトにそんな暴言を吐くなんて頭おかしいよ。……ねえ、他の人もそう思うよね? だって、俺が何をした? 何もしてないでしょ? 俺はただ平穏に生活したいだけなのに、なんで攻撃しようとするんだ?」
クラスメイトたちは俺の言葉を聞き流している。嘲笑と罵声が飛び交う。
やっぱり駄目なんだ……話しても理解し合えないんだね。
俺は山田に一歩近づいた。山田は身体をビクつかせる。
「……そっか、俺はお祖父ちゃんから精神異常者の矯正を習った事があるから、とりあえず山田から矯正するとしよう。愛梨ちゃんや俺の事を馬鹿にしていたけど、みんなも頭がおかしいんだね……後で矯正するから少しまっててね」
「う、うっせえよ――」
俺は山田の髪をそっと掴んだ。お祖父ちゃんに教わった運び方だ。こうすると勝手に動いてくれる。それでも抜け出そうと暴れる山田。暴れれば暴れるほど髪が手に食い込んで毛が抜ける。軽く背中のツボを押したら静かになった。お祖父ちゃん直伝の鎮静作用があるツボだ。
立花先生が俺の後を付いてきて一言物申す。
「澤田っ。ちょっと待ちなさい。……廊下は静かに歩いてください。他のクラスに迷惑です」
「――がっ!?」
立花先生はそう言いながらって山田の口の中にタオルを押し込めて運ぶのを手伝ってくれた。ついでに視界も塞ぎたい。そう思ったら、立花先生がネクタイで山田に目隠ししてくれた。うん、立花先生は人の連れて行き方よくわかっている。
保健室でみっちり話し合えばきっと山田の頭も良くなるだろう。
山田の身体はガクガクと震えていた。
「――ぐっぅぅぅ……!?」
「ああ、きつかった? 少し緩めるから……、ん? 山田? ここはトイレじゃないぞ。仕方ないな。そのまま引きずって運ぶから保健室で着替えればいいよ。小学生じゃないんだからちゃんとトイレに行きたいって言わないと」
山田の下半身が少し濡れていた。生理的なものは仕方ない。
また教室が騒がしくなるとおもったけど、何故か静寂に包まれていた。
さっきまでの喧騒が嘘のようであった。
俺は片手で玲香に手を振って教室を出た――
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