裏切らない人たち
昨日は玲香に連れられて一日中街を歩いた……。
髪を切ったり服を買ったり映画を観たり、嫌な気持ちが全部吹き飛んだ。
ウジウジするのはやめにしよう。
父さんの件は俺たちだけがわかっていればいい。外野がとやかく言ってきても無視するだけだ。
愛梨ちゃんの事は忘れよう。
学校に登校すると、嫌な視線を感じる。
だけどそんなものは無視すればいい。おじいちゃんから習った健康法は身体だけじゃなく心も鍛えられる……はずだ。
教室に着くとなんとも言えない種類の視線が俺を刺す。
自分の机を見ると落書きがしてあった。
『犯罪者の子供』『消えろ』『クズ』『セクハラ野郎』
まるで子供のいたずらだ。どうだっていい。机を変えればいいだけだ。
一人ぼっちで席に座っていると色々な事が見えてくる。
クラスは平等に見えるけど、序列がはっきりとわかる。誰が決めたわけじゃないけど、みんな空気を読んでそれを感じ取っている。
ちなみに元々下層だった俺の序列は更に低くなって底辺のいじめ枠になっているんだろう。
最上位のリア充は中間層の奴らをイジったり、中間層は上に上がるためにリア充に媚を売ったり、騒いで自分をアピールする。
下層の人間は目立たないように大人しく生きる。時折、中間層からくるイジりを流して反抗しないようにする。そして、底辺を見下す――
女子の方が序列に敏感だ。何かするとあっという間に転落する。
愛梨ちゃんは見た目の華やかさと、気さくさがあったから誰からも好かれた。ときには愛梨ちゃんの優しさに勘違いする生徒も沢山いた。俺は絶対に勘違いしないように気をつけていたから大丈夫だ。もう嫌われているし……。
そんな愛梨ちゃんは最上位のリア充と言っていいだろう。だから、俺と愛梨ちゃんが一緒にいた事自体が間違いだったんだ。
初恋は実らない。……ん? なんだろう、何故か子供の時の玲香の事が浮かんできた。
正直、父さんの件があってから子供のときの記憶が薄れている。そういえば玲香も幼馴染なんだよな。六歳までは毎日一緒にいて――
そんな事を考えていると先生が入ってきた。その後ろには……え?
「早く席につけーー。静かにしろ!! あーーっ、知ってるやつもいると思うが、今日からこのクラスに転校生が来る。……それじゃあ自己紹介を頼む」
クラスにざわめきが起こる。
「はい、親の事情でこの学校に転入することになりました。坂下玲香と申します。よろしくお願いします!」
そこには俺の友達である玲香が制服姿で立っていたからだ。
ざわめきがより一層ひどくなる。
「やば、超かわいい」
「可愛すぎだろ……」
「少しきつそうだけど美人じゃん」
「真島さんとどっちが可愛かな?」
「俺……坂下さん派に変えるわ」
「ハーフなのか? 天使なのか……?」
先生が黒板を叩いて生徒たちに静かにするように注意する。
「あーっ、澤田、坂下からのご指名だ。昼休みにでも坂下を学校の案内しておいてくれ。坂下は澤田の後ろの席に座れ」
クラスメイトから怪訝な声が聞こえてきた。
玲香は騒ぎを気にせず俺の方へ向かってくる。
「いやっほー! 玲香が来てあげたよ!! へへん、これでいつも一緒に居られるね!」
「おいおい、本当かよ。まあいいか……、あとで案内してやるよ」
俺たちは軽口を叩きながらお互いの手をパチンと叩き笑いあった。
俺たちの様子にクラスメイトは更に困惑をしていた。
いや、俺に友達が居てもいいだろ。
「へっ、澤田の知り合いだと……」
「超仲良さそうじゃん」
「マジで坂下さんってやばくね? 澤田に騙されているんじゃね?」
「おいおいおいおい、どういうことだってばよ!?」
「陰キャキモ」
「また犯罪?」
玲香の眉間にシワが寄っているのがわかった。
俺は玲香が口を開く前に腕を取って座らせた。
「気にすんなここは日本だ。俺はもう気にしない事にしたからさ」
「……そ、そう。あんたがそう言うなら……」
玲香はなぜか恥ずかしそうに自分の制服を触っている。
いつも会う時はパンツスタイルが多いからスカートは珍しい。
「制服似合ってんな。とにかく転入おめでとう。おめでとうでいいのか?」
「ふ、ふん、あ、ありがと。下がスースーして落ち着かないわよ」
こうして俺のクラスに玲香がやってきた。
理由なんてわからないけど、俺は心から歓迎する事ができた。
「はぁぁぁぁぁ……、超うざいんだけど。マジで」
「仕方ないだろ? お前は転校生で目立つからさ。他のクラスの奴らまでお前を見に来てるしな」
「見世物じゃないっつーの」
「明日には落ち着くだろ。それよりも飯食おうぜ」
「うん、俊樹はいつも一人ご飯たべているの?」
「あーー、前は友達と食べてたけど色々あって今は今日は一人かな。で、案内するけどどうする?」
「案内? 必要ないよ。地形は全部頭に叩き込んであるもん」
「まあそうだよな。じゃあ教室で飯食うか?」
玲香は俺から離れようとしない。クラスメイトは俺が居ない時を見計らって玲香に話しかけようとする。さっき廊下に出たら玲香は他のクラスの生徒に囲まれてしまった……。
「そうね、教室が一番静かそうだし……」
俺たちはお弁当を広げてご飯を食べ始めた。
クラスメイトの陰口が聞こえてくる。俺も玲香も耳が良い方だ。すぐにわかる。
「ていうか、なんなのあれ?」
「マジで犯罪者って知らないんじゃない」
「誰か教えてあげなきゃ」
「あれじゃあ友達できないよ」
「友達は選ばなきゃね〜」
「ていうか、あいつイキってね? 口調変わりすぎだろ」
「髪型もイキりやがってさ。マジむかつくわ」
そう言えば俺は玲香といると昔の口調に戻る。
まあいいか、そっちの方が弱々しく思われないだろう。愛梨ちゃんは優しそうな人が好きだって言っていたから俺は優しい言葉使いをしていた。
もう愛梨ちゃんの事は忘れるんだ。
玲香が手に持っているスプーンを壊しそうな勢いで力を込めていた。
「玲香、気にするな。俺がはっきりしなかった責任もあるんだから」
「あ、あんたがそう言うなら……、ていうか、マジで陰湿すぎじゃない? 本当にこの子たちって17歳なの?」
「日本だとそんなもんだろ? ほら、早く食べて――ん?」
教室に俺の元友達である早川がキョロキョロしながら入ってきた。
早川は俺と同じで陰キャとして認識されている。他のクラスに入るなんて絶対しない。目立つ行動は陰キャにとって最悪を招く。
早川と目が合った。早川は頭を掻きながら俺に近づいてきた。
玲香がスプーンを構えようとする。俺はそれをやんわりと止めて早川が喋り出すまで待つことにした。
「……俊樹、俺……昨日怒ったのってさ……、ぶっちゃけ犯罪者の息子なんてどうでもいいんだわ。あの時、お前俺が噂を信じていると思ってただろ? その態度にムカついたんだよ。……だけどさ、ごめん、俺の態度も悪かった。……また俺と仲直りしてくんねえか?」
俺は箸を落としそうになった。
早川は犯罪者の息子という噂をどうでもいいと一蹴した。俺の態度にムカついただけ?
なんだか笑いたくなってきた。
「ああ、俺も悪かった。だってさ、誰も信じてなかったと思ったんだよ」
「あん? 馬鹿野郎!! てめえは俺の友達だろ? 俺の親父だってアル中でパチンカスのクズで超貧乏だっての。ったく……、ん? ところでそこの女子は?」
「なんだ知らないのか? 転校生の坂下玲香だ。俺の幼馴染でもある」
「ふーん、あんまり可愛くねえな。……やっぱジャイ子が一番可愛いよな〜」
早川はうちのクラスの合田幸子さんの方を熱い視線で見ていた。
玲香の眉間がピクピクしていた。俺は口パクで玲香に伝える。
『こいつは……太めでケバくてゴリラ顔の女の子が好きなんだ……。その、すまん』
『う、うん、俊樹の友達ならギリ許せる……かな?』
早川は視線を教室の入口へと向ける。
そこには中島萌が入り口に立っていた。
「あっ、きたきた。流石に上級生のクラスだと入りづれえよな……。うおぉ!? 躊躇なく入りやがった」
中島さんはまっすぐ俺の方を見つめながら歩いてくる。
その顔からは怒っているように見えた。泣いているようにも見えた。
「バカバカバカ! 先輩のバカ!! なんで話を聞いてくれなかったの? わ、私、噂なんて……。ひぐっ」
俺の肩をポカポカと殴る中島さん。
なんだかとても懐かしいやり取りに感じられた。
「中島さん……、ごめんね。俺の事嫌いになったと思ったんだよ。……うん、俺が間違っていたみたいだね」
「わ、私が先輩の事嫌いっていつ言ったんですか! ……もう、アイス奢ってくれるなら許してあげるけどさ」
「わかった、わかった。今度一緒に食べような」
そこで玲香が口を挟んできた。
「ふ、ふーん、可愛い後輩ね。……俊樹、あんた実はモテモテなの? まあいいわ、あんたは私にもアイス奢りなさい。ずっと会えなかったバツよ」
中島さんは玲香をポカンとした顔で見つめていた。
「ふえ? な、な、な、超絶美少女!? あわわわ、あわわわわ」
「えっと、中島さんだっけ? 俊樹の友達なら私も友達ね。これからよろしくね」
中島さんは俺と玲香の顔を何度も見る。
そして、恥ずかしそうに頷いた。
良かった、嫌な事も沢山あったけど、平穏な学校生活が送れそうだ。
……でも忘れちゃ駄目だ。俺は平塚先輩にはめられて犯罪者の息子っていうレッテルを張られている。
……もしも、この先俺の友達が俺のせいで嫌な思いをしたら――
俺は心に強く誓った。もう隠す事なんてしない。
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