家族みたいな存在


 散々泣いた後、俺はご飯を食べて深い眠りについた。



 ……何やら家の中が騒がしくて俺は眠りから目覚める。

 寝ぼけながら居間に行くと、そこにはおじいちゃんの友達たちが集まっていた。


『おお、トシ! 大きくなったな!! 俺の玲香よりもでけえじゃねえかよ!』

『男だから当たり前でしょ!? ていうか、親父、飲み過ぎだっての!! あ、あの俊樹、久しぶり……元気だった?』

『へい、トシ、元気か? ははっ、元気がねえって聞いたからきたんだけどな』

『おうおう、親父そっくりのナイス・ガイになってるな? これなら同級生は放っておかないだろ?』

『少し細いが引き締まってる。ふむ、悪くない。俺の部隊に来るか?』


 ここで喋っている言語は英語ばかりだ。たまにロシア語も交じる……。みんな日本語を喋れるけど、母国語の方が気楽に話せる。

 俺も英語で言葉を返す。


『ああ、元気だぜ。色々あって落ち込んだけど、寝たらスッキリしたぞ。うん? 玲香、どうしたんだ? 顔が赤いぞ』


『う、うっさい、あんたなんで連絡しないのよ! いっつも隣の家の女の子と遊んでばかりでさ!』


『す、すまん、インターナショナルスクールが忙しいかと思って……』


 玲香が一歩俺に近寄る。Tシャツとハーフパンツというラフな格好だが、非常に目のやり場に困る。

 玲香は俺の子供の頃の幼馴染である。俺が六歳になるまでは毎日のように遊んでいたが、家の事情があって日本を離れていた。それでも年に一度は会う仲だ。

 玲香と話していると子供の時の喋り方に戻る。


 いつも元気でちょっと意地悪だけど俺の大事な友だちだ。

 ……それにしても酒臭い。


「おじいちゃん……酒飲ませたの?」


「……わしが若い頃は15歳で酒を飲んで」

「いや、いつの話なの! ほ、ほら、玲香、落ち着いてね。水のも」

「……ねえねえ、あんたさー、マジで連絡なくて寂しくて……でも顔見たら安心したわ……。ていうか、あんたずっと暗かったから……しんぱい、してたのよ……ふがっ、ふがが……すぴー」


 玲香はそのまま俺にもたりかかって寝てしまった……。

 玲香の親父さんである坂下さんは、それがとてもおもしろいのか大笑いしながら写真を取っていた。


『トシ、親父さんの事を学校で言われたんだろ? ったく、近ごろのガキはなんでもすぐに調べやがんな。あいつは俺達の大事な友達だったんだよ』


 坂下さんは優しい顔つきで玲香の頭を撫でる。

 他の友だちも同意するようにうなずく。


『俺も親父さんに命を助けられた。まだ恩返しも出来ていないのにいなくなりやがって……』

『俺もだ。彼が居なかったら俺たちはここにいない……』

『あいつはすごいやつだ。どんな苦しいときも笑って切り抜けて……、くそっ、しんみりしちまったじゃねえかよ』


 おじいちゃんが俺の方に大きな手をのせる。


「……俊樹」


「うん、おじいちゃん、大丈夫だよ。俺もわかってる。父さんは本当は犯罪者じゃないって。……俺達がわかっていればいいんだ、そうだよね?」


 おじいちゃんの手のひらの力が強くなる。

 そして、一升瓶を取り出して豪快に飲み始めた。

 いかつい顔で全身に傷があって熊みたいなおじいちゃん。俺はそんなおじいちゃんが大好きだ。


 そっか、俺にはこんな大切な人たちがいるんだ。

 愛梨ちゃんとの事は全部忘れて……。


 坂下さんが少し真剣な顔で俺に言ってきた。


『トシ、お前のガールフレンドだったマシマの事だが……。今話しても大丈夫か?』


『うん、もう大丈夫。愛梨ちゃんは好きだったけど、もう全部忘れることにしたよ』


 簡単に諦められるならこの10年間のどこかで諦めが付いていたはずだ。

 胸が痛い。だけど、今回は本当に諦めるんだ。全部忘れるんだ。あれはもう振られたんだ。だから思い出なんて捨てちゃえばいい。昔みたいに合理的に考えればいいんだ。

 そんな事を思うと少し心が軽くなってきた。


『……そうか、なら俺からは何も言わん。お前も酒を飲め! 日本の酒はうまいぞ!!』


『……へい、ダディ、トシの事いじめないの!! この筋肉ダルマ!!』


 俺は起き上がった玲香をなだめることにした。

 仲間と過ごす時間はとても楽しい。俺の中にあった嫌な気持ちが吹き飛んでしまった。







「ねえトシ、あんたさ、本当に大丈夫? ……ずっと好きだったんでしょ」


 大人たちが酔いつぶれて俺は玲香二人で、外で風を当たりながら話していた。

 もう大丈夫。なんだか子供の頃の親父の事を思い出した。親父はとてもカッコ良かった。

 俺にとってヒーローだった。俺が六歳の頃いなくなって、その後愛梨ちゃんと出会った。


「もう忘れた。振られたしね」


 10年想っていた感情が一日二日でなくなるわけない。だけど、忘れた方がいいこともあるんだ。これが大人になるってことだろうな。


「そう……、ならさ、あんた明日も学校さぼりなよ」

「ん? 玲香も明日学校じゃないのか?」

「わ、私は特別休暇中よ! それに遊んだ方が気晴らしになるしさ。よし、あんたをイメチェンしよう」

「そうだな、そうしようか。……ははっ、なんだか玲香と話していると子供の頃の自分に戻ったみたいだよ」

「そうよ、あんたガキの頃はもっとやんちゃでチビで……、今は身長だけ高くなって大人しくなっちゃって……」

「なんかそんな風になっちゃったんだよな。暗くて地味で友達もいなくてクラスで一人ぼっちでさ」

「でも私の前だと昔のあんたで居てくれる」

「……だって気を使わなくていいだろ?」

「うん……」

「あんた、これからどうするの?」

「うん? 俺は……」


 これからどうする、か。……愛梨ちゃんとは仲違いをして、学校では嫌われものになって、クラスでは友達もいなくて一人ぼっち。


「おじいちゃんや玲香たちが居てくれて、平穏に過ごせればいいかな」


「……バカッ、は、恥ずかしい事言ってんじゃないわよ……」


 玲香はふくれっ面をしながらそっぽを向いていしまった。俺はそれがなんだか可愛らしくて思わず頭を撫でてしまった。


「……こ、子供じゃないのよ!? ま、まったく……、ま、まあ明日のデートで奢ってくれたら許してあげるけどね」


「デ、デート!? そ、そうなのか?」

「あ、ちが……わ、なくないけど……。いいから気にしないの! ていうか、あんたさ、愛梨ちゃんだっけ? あの子の事忘れるんなら自分を隠さず生きなさいっての!」

「俺を隠さず……」

「そうよ、あんた超頭いいのになんであんな高校に入学してんのよ。それに身体は細いけど、あんた体重は超重たいでしょ? どんだけ絞って鍛えてんのよ」


 自分では隠していたつもりはなかった。俺の生活は全て愛梨ちゃん中心で回っていた。

 愛梨ちゃんに合わせてテストの点を取っていた。全てを愛梨ちゃんに合わせていた。

 ……あれ、なんだろう。心が凄く広く感じる。こんな感覚は初めてだ。すごく自由な気分になってきた。

 別に愛梨ちゃんが俺を縛っていたわけじゃない。だけど『同じ学校に入ろうね!』『あれれ? トシ君も運動苦手なんだね』『わわ、トシ君と趣味がぴったりだね』『トシ君すごい、食べ物の趣味も完璧だよ』『ふふふ、私達なんか似たもの同士だね』


 自分のことながら寒気が走った。俺はいつの間にか何か恐ろしい事をしていた気分になった。


「ったく、今頃気がついたって顔してるわね……。あっ」


「あ、ああ、なんかやばいな。……ん」





 玲香の視線の先を見ると、そこには二人で親密に歩いている男女がいた。

 すぐに誰かわかった。

 先輩と愛梨ちゃん。手を繋いで楽しそうに歩いている。

 そして玄関前で軽いハグをしてから別れた。


「……俊樹」


 玲香が心配そうな声をかけてくれる。少し吐き気がしそうだったけど、思ったよりも大丈夫だった。

 多分隣に玲香がいたからだろう。それに俺は元々合理的な人間だったはずだ。愛梨ちゃんには振られた。二度と顔を見せないでと言われた。

 そこに愛情も感情も感じられなかった。だから、俺が気にする必要はない。

 ……そっか、俺はこんな男だったんだ。中々昔の事だから思い出せない。


 愛梨ちゃんが俺たちに気がついた。

 何故か眉間にシワをよせて玲香を睨みつけて、何やら言葉を吐き捨てて自分の家へと入っていった。

 俺も玲香も唇の動きで大体の言葉がわかる……。

 今の言葉は……『この泥棒猫――』であった。

 俺の玲香の間に一拍の沈黙が流れる。


「け、結構大丈夫なものだな。俺たちも家に入ろうぜ」


「そ、そう、だね。うん、明日の計画をねろうよ!」


 愛梨ちゃんの表情が少し気になったけど、俺はもう気にしないようにして家へと入った。



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