喧嘩の後は①
喧嘩は虚しいものだと思っていた。
だって殴り合って傷つけ合うんだよ? そんなのどっちが勝っても嫌でしょ。
それなのに平塚先輩と喧嘩した後、変な意味じゃなく妙に距離の近さを感じた。
平野君とボクシングで勝負をして、心が燃えるような気持ちになった。
……おじいちゃん以外でパンチをもらったのは久しぶりすぎて覚えていない。
パンチを食らう度に高揚していく自分がわかった。
おじいちゃんは昔から俺に言っていた。
『拳で殴り合えば心が通じ合う』
平野君の心はイマイチわからなかったけど、なんだか安らかな顔で早川の腕の中で眠っていたのが印象的だった。
あれから数日が過ぎた。
俺と玲香は何事もなくいつもどおり学校を登校する。
「俊樹の動画が超バズってるって。平野相手にボクシングで勝てるやつはいなかったからね。てか、なんでボクシングで勝負したの? システマだったら一瞬だったでしょ?」
「いやさ、俺がボクシングの構えをしたら平野君は嬉しそうな顔をしたんだ。だから俺もボクシングだけで勝負をしたかったんだ」
「ふーん、よくわかんないけど、いいじゃん」
「ああ、良かったよ」
あの後、よく知らない男たちが平野を車に乗せて走り去っていった。どうやら運営が病院に連れて行ったみたいだ。
俺は平野君があそこで待ち伏せしているって知っていた。
運営から俺にメッセージが来ていたんだ。どうやって俺のアドレスを知ったかはわからない。それに早川から平野君の様子がおかしいってメッセージも来ていた。
あまり話したこと無いけど、平野君は玲香絡みで俺に喧嘩を売ってきたわけじゃないってわかっていた。
「まあ昔の俊樹は喧嘩ばっかりだったしね」
「え? そうなの? 全然覚えてないんだけど……」
「そうね……、いつか思い出せるといいわね」
「喧嘩の記憶だったら思い出さない方がいいんじゃないか?」
「ん? でもね、私を守ってくれたんだもん。大事な思い出もあるしね。ふふっ、俊樹が思い出したらご褒美あげるわよ!」
玲香が俺に体当たりするように距離を縮めてきた。
甘い匂いが俺の鼻をくすぐる。とても安心できる匂いだ。
心の何かが癒やされる気分になる。
こんな日々が続けばいい。ふと、強烈な記憶が頭に駆け巡った――
泣いてる玲香におもちゃの指輪をつけている俺――。
ずっと大好きでいるよと誓いの口づけをしている二人。
「ちょっと、俊樹? 大丈夫? 顔が真っ赤よ……。保健室行く……?」
映像を切り取ったような俺の記憶の場面。
覚えていない。頭が痛い――俺はなんで子供の頃の記憶が曖昧なんだ?
……俺はなんで無条件に真島さんの事が好きになったんだ? 出会った時からずっと恋をしていたような気がした。初恋だと思っていた。
この感情はなんなんだ?
玲香はずっと子供の頃から遊んでいた。幼馴染だ。なのにその時の記憶が曖昧だ。
一年に一度会う従兄弟みたいな友達。心から信頼できる友達であり……。
「玲香ちゃん、もう離れないで……」
俺はその時、玲香を失う恐怖を感じた。何故かわからない。
玲香は俺の様子に息を飲んだ。そっと俺の身体に触れる。
それだけで恐怖心がどこかへ飛んでいってしまった。
「あんた昔の事……、ううん、なんでもない。玲香ちゃんか、懐かしいわね。……よしっ、昨日の夜のデートが台無しにされたから埋め合わせしてよね!」
玲香に触れられて段々と落ち着いてきた。
デートか……。
俺は玲香の手を握った。突然の事で玲香は驚いた。
「ほえ!? ちょ、俊樹、学校の生徒が一杯いるって!?」
「いいよ別に。なあ、玲香。俺、玲香が好きな猫カフェに行きたい。今日の放課後……その、俺と、デートしてくれないか……?」
「あ……、う、うん。もちろん大丈夫よ! ふふっ、俊樹から誘ってくれるなんて嬉しいじゃん」
「だって、玲香は俺にとって大事な……」
「ん? 大事な何よ!」
この感情をどう言えばいいかわからない。真島さんへの十年の想いを捨ててすぐに次の恋なんて出来ないと思っていた。
だけど、この想いは――ずっと昔から心にあった感情みたいだ。
思い出せなかったけど、俺は子供の頃――玲香に恋をしていたんだ。
そして、今、俺は再び玲香に……恋をしている。自分の気持を偽らない。
「ちょっと、俊樹、なんとか言いなさいよ!!」
「猫カフェ楽しみだね。あっ、早川たちは呼ばないからね」
「俊樹ーー!! もう、なんなのよ!! ふ、ふがっ!?」
俺は思わず玲香の身体を抱きしめたくなった。というよりも、抱きしめていた。
「あわっ!? と、俊樹……?」
これが本当の恋心なんだ。
胸が苦しくなるけど、甘酸っぱい気持ちになる。苦しけど一緒にいるだけで楽しくなる。
ただ胸が痛くなって暗い気持ちになるわけじゃない。あの時とは全く違う恋の気持ち。
「玲香、ありがとう……」
その言葉には色々な意味を込めていた――
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