生徒会長



「ってことがあったんだよ。……澤田? 話きいてんのか?」


 今日は玲香が教室にいない。玲香のお父さんである坂下さんの職場に用事があって学校を用事休んだんだ。

 玲香がいないだけでぽっかりと心に穴が空いた気分だ。


「ああ、聞いているよ。平野君と平塚先輩と裸で抱き合ったって」

「ちげえよ!? スパーリングだっての!! 変態は平塚先輩だけにしてくれよ!! ったく……、坂下がいねえから気が抜けてんな」

「い、いや、そんな事ないよ……。れ、玲香が居なくても普通だよ」

「ふん、バレバレだってんだよ。……まあいいけどさ」


 早川がこのクラスにいると、クラスメイトの視線を集める。

 人気動画配信者として成功した早川は今では人気者であった。

 友達が人気者になるのは嬉しい事だ。平野君とも仲良しで良かった。


「じゃあ俺行くぜ。今日の放課後は一緒に帰ろうぜ!」

「うん、またね」


 早川が教室を出ると、今度は質の違う視線を浴びせられる。

 早川は自分を変えたが、俺は自分を変えるような行動をしていない。


 平塚先輩が放った言葉、俺の父さんが犯罪者という噂。

 平塚先輩は自分の発言が間違えだった、と学校中を回って誤解を解こうとした。

 その行動のおかげで、ほとんどの生徒は平塚先輩の言い分を信じてくれた。


 ……一部の生徒は違う。俺の事を犯罪者の息子だと思っている。

 うちの教室の生徒は玲香以外、それを信じている。


 平塚先輩に誰から俺の父さんの事を知ったか聞いたら――『生徒会長のリー先輩が、聞いてもいないのに俺に言ってきた』と答えてくれた。


 それにしてもおかしい。殆どの人が平塚先輩の言い分を信じているのに、このクラスは俺に敵意を剥き出しなんだろう。今日は玲香がいないからか特にそれを感じる。


 他人の事は気にしないでいいと思っていた。

 だけど、今は俺の隣に玲香が居てくれる。……玲香まで変な噂が立ったら申し訳ない。


 ……まさか真島さんが裏で何か手を回しているとは思わない。色んな事があって関わらないと決めたけど、あの子は幼馴染でずっと一緒に過ごしていた人だ。敵意を振りまく子ではない。あの子は悪気がなく、無自覚な悪意を振り撒く子だ。


 今も教室にいるクラスメイトは俺の陰口を叩いている。

「暴力男が――」「玲香ちゃんも不良らしいよ」「平塚先輩を手下にして――」「クズの子供だから――」「今度は早川君の腰巾着で」「調子乗ってるから」


 真島さんと一緒に居た時の俺とはもう違う。

 イジイジしていた自分は消し炭にした。昔みたいに合理的に考えられる。


 ……といっても、俺は何か行動したわけじゃない。ただ、平塚先輩と平野君と喧嘩をしただけだ。この教室で雰囲気がよくなるように行動したわけじゃない。


 早川と比べて俺は全然成長してないな。よし、俺も早川を見習って自分を見つめ直そう。

 目を瞑って過去を振り返ろうとした時――


「おい、澤田、生徒会長が呼んでるぞ。……返事しろよ、気持ちわりいな」


 悪意にまみれたクラスメイトからの声。

 葛藤が心の中で生まれる。強く出ていいのか、前みたいに大人しくしていたほうがいいのか? 俺は気にしないという選択肢を選んだ。


「ありがとう、山田くん」

「喋りかけんじゃねえよ。俺まで犯罪者だと思われるだろ」


 受け流す事は得意だ。呼吸をすればすぐに心は落ち着く。


 俺は廊下にいるであろう生徒会長の元まで向かう事にした。






 生徒会長である関口剛力せきぐちごうりき、通称リー先輩。もみあげが異常に長いのと切れ長の目が特徴的だ。

 夏でも冬でも上着を肩にかけて、上半身はタンクトップ一枚である。

 寒いと思うけど、筋肉量が多いから大丈夫なんだろうな。

 寡黙な人で正義感の塊。正直苦手なタイプだ。


「澤田俊樹、君は暴力事件を起こしたと聞いている。抵抗できない平塚君を気絶するまで殴ったと報告があった」


 流石の俺も驚いてしまった。

 平塚先輩の件は、アンダーグラウンドファイト絡みであった。しかも平塚先輩から喧嘩を売ってきたんだ。

 ……確かに暴力を振るったことは事実だ。だけど、あれは俺と平塚先輩の中で決着がついている出来事だ。


「ちょっとまってください、あの件は本人同士で話が――」


「本人? そんなものはどうでもいい。この学校で起きた事件は俺が裁く。……生徒会室へ来い」


 会長は人の話を聞かない。学校主任である立花先生と深いつながりがある。

 俺がどう言い訳しても俺が悪いという事になるのか?


 なんでこんなに学校というものは生活しにくい場所なんだ?

 冤罪ってこんなにも嫌な気持ちなんだな……。


 色んな嫌な気持ちになったことがある。真島さんに好きな人ができる度に俺の心は傷ついた。だけど、それは俺の自分勝手な感情だった。自分が耐えればいいだけの事だった。


 教室から向けられる敵意の視線。好奇心だけで俺を見てくる廊下にいる生徒たち。

 頭の固い生徒会長。


 ああ、そうだ、本当にウジウジ悩むのはやめだ。

 俺を掴もうとする生徒会長の手を払った――


「話ならここで聞きます。どんな処分がお望みなんですか?」


「……なるほどな、減点10だ。先輩に向かって歯向かうとは悪い生徒だ。だが、君の意志はどうでもいい。お願いだから生徒会室へ来てくれ」


 明らかにおかしい。まるで俺の喧嘩を咎めるというよりも、俺を生徒会室へ連行したいだけみたいだ。




「あっ、リー先輩! それにトシ君も一緒なんだね! ふふ、見てみて、今日はいつもと違うカチューシャしてるんだよ」


 俺たちの間に割って入ってきたのは真島さんであった。

 生徒会長であるリー先輩は顔を真っ赤にしながらそっぽを向く。


「……きょ、今日も可憐だ。……俺にとって眩しすぎて見ていられない」


 その物言いに背筋に寒気が走った……。

 自然な感じで真島さんはリー先輩にボディタッチをする。距離感の近さが激しすぎる。


「んもう、リー先輩も超かっこいいですよ! 今日ももみあげが決まってますね。……ふたりとも喧嘩してるんですか? 愛梨、暴力は嫌いだな……」


 そう言いながら今度は俺の方に近寄ってきた。

 俺の身体を抱きつこうとした真島さんを避ける。


「ええー、トシ君冷たいよ……。前はあんなに激しかったのに……。ねえ、私たち幼馴染なんだよ? もう変な事言わないからさ、昔みたいに友達に戻ろ……」


 ちらりとリー先輩を見たら歯を食いしばり涙を流していた。

 俺はやんわりと真島さんに告げる。


「いや、真島さん、俺たちはもう友達じゃないでしょ? 色々あったし、お互い話さない方が……」


「き、貴様……、愛梨さんの好意を無駄に……ゆ、許せん……」


「もー、リー先輩、落ち着いてくださいね! あっ、トシ君、今日のお昼一緒に食べようよ! 話したい事一杯あるし!」


 リー先輩が俺の手を掴む。


「澤田! 生徒会室に行くぞ! 俺のハートが壊れそうだ! 貴様には聞きたい事が沢山ある!!!」


 俺も真島さんの相手をするくらいならリー先輩の相手をした方が楽だ。


「わ、わかりました。自分で歩くので手を離してください」


 こうして俺は生徒会室へと移動するはめになった。もうすぐ授業が始まるけど大丈夫なのか?


「うん、行ってらっしゃい!! 気をつけてね、ふふっ……」


 真島さんの笑顔が妙に怖かった、あれは偽物の笑顔のときの真島さんだ――



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